今日は、というより最近は、
人の別れというものについて焦点を当てて、 稽古をしています。
稽古というよりも、実験に近くて、
実験の繰り返しを通じて、僕らがどんなことを考えながら芝居をしているのか、
みたいなことばかり話しています。
自然それは気づくと生きていることそのものを探求する、みたいなことになっていて
ともするとまるで何かの啓発セミナーみたいになってしまいます。
そこをなんとか食い止めているのは、
たぶん、自分たち全員で内容を見極めているからなんだと思います。
もしこれで、リーダーが独りいて、それにみんながついてくるようだと、マジでやばいです。
この稽古を通じて面白いワークショップのカリキュラムが増えているような気がします。
そんなことより台本書けって感じもしますが。
いま、すごく全員で考えて作っている感じがします。
そこで見つけたいろんなことを本番の舞台で伝えることができたなら、
なんていうか、
みんな幸せになれるような気がします。
そういう芝居ができるような気がします。
で、肝心の別れの構造なんですけど、
いまいち僕の中でも見えてないところがあってなんともいえないのですが。
会いたいと思えば思うほど、さみしい、悲しい、っていう気持ちはあるみたいです。
あと、一点に集中すればするほど、別れの残酷さを見ることができるみたいな気がします。
なんというか、
別れというものは、つぼにはまるとものすごい破壊力をもつ、
まるで北斗の拳の技みたいです。
気づかないうちにひどくダメージを受けているというか。
あ、これはアレですけど、余談ですけど。
このブログのトップがラッセンだからって、別にラッセンが好きっていうんじゃなくて、
ほんと、まあ、いいか、みたいなノリなので、あまり気にしないでください。
むしろ、ラッセンだっさーっていう気分なんですよ、じつは。