妻と妻とそして・・・  

 

 

 

     久しぶりに航が遊びに来た。

     「おう、久しぶりだな。一人か?奥さんは?」

     「実はこの間離婚したんだよ。」

           「えっ、離婚?」

     航は離婚の経緯を話し始めた。

     奥さんが不妊症で

     医者から妊娠の可能性はほぼないと言われたという。

     それが理由だという。

     結婚したからには

     子供が欲しいと願うのは普通のことだ。

     しかし子供がいなくても

     円満にやっている夫婦も大勢いる。

     しかしそれが理由で離婚が決まったのなら

     仕方あるまい。

     夫婦の問題だ。

     「それは残念だったな。」

     「彼女は不良品だったんだよ。

     彼女は子供が産めないんだからね、

     それは女として不良品ってことだろう?」

     航は彼女を不良品だと言った。

     「不良品?

     おまえまさかその言葉を

     奥さんに言ったんじゃないだろうな?

     お前なあ、いくらなんでもそれはないだろう。」

     私は航が彼女に言った不良品という言葉に  

     無性に腹が立った。

     いくら何でも残酷すぎる。

     私は航の不思議なな思考回路、

     独創的な発言を庇うことに、限界を感じた。

     「僕もどちらかと言うと精子の数が

     若干少ないらしくてね、

     普通の人よりは

     子供を持てる確率は低いらしいんだ。

     彼女は子供を産めないけれど

     僕は相性のいいパートナーとなら

     十分に子供が持てるって

     医者が言っていたよ。

     やっぱり子供は欲しいからね。

     僕ね、菜々子を迎えに行こうと思うんだ。

     菜々子はあの頃僕の子を

     妊娠したかもしれないって言ってたからね。

     菜々子ならきっと僕の子供を産めるよ。」

     菜々子さんとヨリを戻したいという  

     航の気持ちは私としても嬉しいが

     しかし菜々子さんのことは

     航の言葉でいうところの

     「打ち据えて」だっただろう?

     妊娠したかもしれないっていう菜々子さんを

     今進んでいる縁談の邪魔になるからって

     打ち据えて捨てたんだろう?

     その時菜々子さんはどんな思いだったか

     考えてみろよ。

     しかもあれから2年も3年も経っている。

     「待ってるかなあ。待っているといいな。」

     「待っているさ。

     菜々子は僕を愛しているからね。

     絶対待っているよ。」

     航は自信満々の笑顔で言った。

     羨ましくはないけれど

     お前の自分中心主義のその考え方、見事だ。

     天晴れとしか言いようがない。

     頑張れよ。

     私は心の中でそう言いながら

     航を見送った。

 

        

         私はあいつに私自身も不妊症で

     子供を持てる可能性は極めて低いなんて

     言わないよ。

     友達でもそれは言わない。男のプライドだ。

     未入籍とはいえ最初の妻とはたった1日の結婚だった。

     正式な妻である彼女との結婚は

     わずか2年弱で終わった。

     それだけでも男のプライドが傷付く

     それに輪をかけて

     これ以上私も不妊症だなんて誰にも言えないよ。

     プライドだ。

     でも大丈夫だ。私には菜々子がいる。

     菜々子なら私の子供を産める。

     あれから2年ぶりくらいだろうか、 

     菜々子の住む懐かしい街にやってきた。

     街並みも街路樹もすべてがあの頃のままだ。

     何一つ変わっていない。

     菜々子の住むアパートもあの頃のままだ。

     しかし菜々子の部屋の窓にかかっていた

     水色のカーテンだけは

     ベージュと焦げ茶色のストライプに変わっていた。

     カーテンを変えたんだな。

     私はそう思った。

     2年前に来たときは窓の下から声を掛けたから

     部屋に入れてもらえず失敗してしまった。

     今度はあの頃のように直接部屋に行こう。

     そしていきなり部屋に入っていきなり抱きしめよう。

     そしていきなり結婚を申し込もう。

     私はそう決めていた。

     ドアをノックする。

     ドアの内側に人の気配を感じる。 

     菜々子だ。ドアの向こうに菜々子がいる。

     ドアが開くまでの 

     その何秒かのわずかな時間が

     とてつもなく長く感じられる。

     突然私が訪ねて来て

     菜々子はどんな顔をするだろう?

     菜々子はどんな表情で

     私を迎えてくれるのだろうか?

     一連のことは菜々子には悪かったと思っている。

     しかしどうしようもなかったんだ。

     流れがそうなっていたんだよ。

     でも今、私には君しかいない。

     私が本当に必要としていたのは君だったんだ。

     ようやくわかったよ。

     菜々子、帰って来なさい。

     緊張で心臓が破裂しそうだ。

     やがてガチャリと音がしてドアが開いた。

     ドアの中からは

     「何ですか?」と男が顔を出した。

     1年前からここに住んでいるという。

     私は全身に震えが走った。

     膝が震えて立っているのもやっとだ。

     特に顎に唇に震えが来て何もしゃべれない。

     菜々子はもう1年も前に

     ここを引き払ったという。

     菜々子はもうここにいない。

          信じられなかった。

     私の腕の中にいたはずの菜々子は

     消えてしまったというのか。

     私に何も告げずに姿を消すなんて

     酷いじゃないか。

     菜々子、あんまりだよ。

     せっかく迎えに来たというのに。

     どうしてもう少しだけ待っていなかったんだい?

     もう少しだけ待っていたら

     君は僕と結婚できたのに。

     

     菜々子、

     君は今どこにいるんだい?

     君は今何をしているんだい?

     君はこれでいいのかい?

     帰って来なさい、菜々子。

     君の居場所は私の腕の中なんだから。