今日も銀座で女子会。
いくつになっても、助け合う仲間でいられるのだろう、同級生の女子たちと集うのは励まされる。
様々なプランニング会議が催され、参加者一人一人のアドバイスやコメントをいいあう。
シングルライフを謳歌している私たち、いつまでも、”女”として充実してますます磨きをかけて
これから心も豊に生きていきたいって思うけれど、こんな便利すぎる世の中で、
女性としてのシアワセってどういう形なのかな。
5年も6年も7年も、いや、もしかしたらもっと、潜在意識の中で女一人で生きるたくましさを
身につけないといけないなと、自己洗脳をかけて生きてきた。
両親は、まともな結婚生活を送る幸せな家庭にうまれたわたしだけれど、
結婚ってなんだろうと思う。
この時代において必要なもの?
婚活というけれど、、、。
目標設定にむけて達成に向けて努力するのは、たのしいと思うけれど、
目標をどこにおいたらいいのかな。
理由はわかならないし、もしかしたら、20代前半までに影響をうけてきた男性たちに
反発(?)するかのように、もうがっかりしたくないとか、傷つきたくないからと思っているからか。
期待はずれな思いをさせられ疑心暗鬼にならないで済むためにか。
自立してこの社会できていくためなのだろうか、わからないけれど。
30代になると、自分の両足でたたないといけないからと、
必要以上に仁王立ちトレーニングしてきてしまう、ものだよね。
その中で、価値観も自分の経済力もどんどんかわっていくし。
子供を持つという以外に、婚姻関係をはっきりさせないといけない理由というのは、
あるのかななどと、いろいろ考えてしまう。
たまに。突然たつまきに巻き込まれて、恋をしてしまったりする時もあって、
男らしい人だったりすると、そんな時には。結婚したい、守られたい、と舞い上がってしまう
盲目の瞬間もたまにあるけれど。それはドラマクイーンの妄想であって、すぐにシャボン玉のように
そんな気持ちははかなくきえていく。
30女、両足で仁王立ちしてきたのに、急によりかかっていいよっていわれても、
片足をはずして、よりかかる練習をしないとできなくなるほど、
頼るためのトレーニングすら必要なくらい、タフな女になってしまっているのに、
今更、重心をずらすと、生活全体のバランスもくずれちゃう。
頼りたいけれど、頼っていいのか。
頼ったら、突然はしごをはずされたりもするし。
でかい太い柱にどっしりしがみつこうと思ったら、発砲スチロールみたいな軽い柱しかたてないやつだったりして。
年を経れば経るほど、たくましくなっていくこんな強い女性になっちゃって、
どんな期待はずれな場面にであうくらいなら、面倒だなと思ったりする。
かわいくないね。やれやれ、な感じ。
今どきの同年男性はいったいどういう風に今どきの女子をみているのだろう。
経済的に自立していてダブルインカムを好む人たちもだいぶ増えているみたいだけど。
でもそんなんだから、どっしりかまえて支えてくれる男子絵が減ってしまうんじゃないかと思う。
いつまでも、女子としておんなとしていきたいけど、
どうやって、男の人にまもられながら、そんな状態になれるの?
探求すればするほど、わからなくなる。
いつまでも女で生きるために、男化している気がするのは、私だけだろうか。