ある物語の彼女は、高校2年生になり、5月を迎えるとすぐに、仲間の先輩たちは引退しました。


一緒にやめるのかやめないのか、すごく悩んだけど、結局そんなこと悩んだうちには入らなくて、私はひとり、そこに残りました。



その頃には、新しい一年生が12人も、入って来ていたし。



先輩たちがしてくれたことを、この子たちにしなければならないと思った。
逆にまた、先輩たちがしてくれたいたことを、この子たちにもしてもらわなければと思った。


ひとりではどうにもならないのだ。年下だろうと、この子たちに年の差を感じさせないような対応をしてもらわないと、仲間にはなれないと思ったから。


なにより、私はその後輩たちを勝たせてあげたかった。

勝つということがどれほど大変で、どれほど尊いことか、教えてあげたかった。

そして勝つことで人生が変わるのだと。





引退していく先輩のうちの、特にお世話になった方から頂いた言葉。






「世界に一人の存在になって」







痺れたね。なにそれたまらないな。と、思った。



「中学で日本一という頂点を経験して、それから環境が変わって、学年一人でもこうしてみんなのために戦う選手は、世界に瑠嘉一人だよ」


と。



“特別”が好きな私は、世界に一人しかいない自分という境遇にすら心酔したんだと思う。




このまま続けて、新しい仲間を作って、勝ちを欲して、私は世界に一人の存在になろうと、つよくおもったの。










「瑠嘉」という名前を、この先輩たちからもらいました。



高校にいる間は、誰もが私を「瑠嘉」と呼びました。



コートネームといいます。部活の時の別の名前。全員につけられます。先輩の相談で決まるのです。


(私の憶測では、1年生スーパールーキー、流川楓からの響きから、このrukaという音がつけられたのではと思っています)




私はこの瑠嘉という名前がとても好きでした。そして誇らしかった。可愛いし、呼びやすいし、部活に関係ない人からも、るかちゃん と呼んでもらうように仕向けたりしました。



そして瑠嘉でいるときに、瑠嘉として書いた文章は、私に奇跡をもたらしたりもしました。

だから、部活が終わっても、高校を卒業しても、文章を書くときには瑠嘉でいようと、決めました。



そうすれば、私は私の中に生まれた瑠嘉から別れずにいられる。






ここ最近のブログで、ほぼ覚えていない高校時代を振り返ることができました。


もちろん、細かいことは何も覚えてないけど。部活以外のことは人も名前も出来事も、なーーんにも記憶にはないけど。

だから思い出せたのは、自分の感情だけだけど。



でも、それすら忘れる前に、思い出さないとね。

どうやったって、忘れるから。

大切なことも、大好きなことも、キラキラのときめきも、代え難い思い出も、忘れないと誓ったことも、苦しみも、しあわせも、絶対いつか忘れるから。


すべての瞬間と感情は一度きり。



だから本当に忘れたくないことは、何度も何度も、なぞらなければならない。

記憶をなぞる。インプット。アウトプット。インプット。



なぞり続ければ、それが真実のように思えてくるから。

少し違ってしまっていても、脚色されてしまっていても、記憶としてココロに残せるから。






これも、高校生のときに綴った言葉です。
タイトルが「R」とされる文章でした。
なんのRなのか、今の私にはわかりません。







R



もうないんだな...


考える度に目を伏せて、頭からぬぐい去る。



それでもよみがえる記憶。



誰のせいでもない。

ただ、自分が足りなかっただけ。

本当にそうなんだよ。


だけど思う。

後悔と共に、何度でも思う。



いやだ



と。


事はうまくいかないものだ。

これは昔私が仕掛けた伏線の帰り道。


すれ違うタイミングが、余計に背中を押して、何もない道で出逢ってしまった。



気が遠くなるほど長い道で、目印もなくて。



背景は、


白く、黒く、目に映る全てが立体感をなくしていた。


それでも進む。

きっと着く。


信じたとき、天井は青くなった。


空、だった。



予定ではもうすぐ着くらしい。

予定とは全然違ったけど。



背景は、


私、だった。

白でも黒でもなく、私だった。



だから決めた。

世界は突然だ。

絶対なんてどこにもない。


かぶりをふる。

空を仰ぐ。


足下に落ちる灰色の私。



お日さまが出た、証拠だった。








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byるか