そう言えば、ドラえもんってまだテレビでやっているんですよね。
もともとマンガ本ではありましたけど、テレビ放映が始まったのは確か私が小学校低学年の頃。
アニメって世代を超えて続くからすごいですよね。
ドラえもんに出てくる風景。
のび太の住んでいる家は、今から見ると古いけど、昔はよくあった日本家屋の一軒家。
団地住まいだった私から見ると贅沢でしたけど、決してお金持ちとは見えなかったですね。
そして、いつも遊び場になるのは土管のある空き地。
下町育ちの私の周りには立ち入り禁止の工場跡の空き地なんかがあって、そこに忍び込むのはわくわくしましたね。
のび太は勉強もスポーツもいまいちで、学校でもさえない生徒。
今ではどう描写されているかわかりませんが、生々しいのは「いじめ」ですね。
ガキ大将のジャイアンがいて、そこにぶら下がっていじめに加担するスネ夫。
いじめられるのは、従順で抵抗できないのび太ばかり。
そんな構図は、私が子供の頃いくらでもありましたし、それが子供の社会でした。
子供には子供の社会があって、クラスの中はいろんな性格の子供たちが一緒にされるから、そこに力の関係や子供なりの秩序ができるのです。
今考えれば、それは大人社会の縮図でした。
私は・・・・・おとなしくて、運動が苦手で、どんくさくて、目立たない子・・・・そう、もしかしたらのび太のような子だったのかもしれません。
クラスにいじめっ子はいたから・・・・分類すれば私はいじめられる方に入っていたのだと思います。
でも、子供の社会で精一杯やっていくには、自分がいじめられているなんて、みじんも認めたくなかったし、認めてしまったら自分がクラスという社会の最下層にいることになってしまう・・・・・
クラス内でいじめは毎日のようにあったし、どんなに理不尽なことを自分がされようとも、いじめを受けているなんて認めないようにしてましたね。
当然、親にも先生にも言いませんでした。
今思い返すと、学校を休むなんて許してくれなかったし、子供の小さな社会で生き抜いていくために必死だったのだと思います。
あれが今の社会だったらどうなのだろう・・・・・
自分は不登校になっていたかもしれないし、先生はいじめで親から糾弾されていたかもしれません。
そんな理不尽に耐えるのび太に、ドラえもんは救世主でした。
のび太のような私たちに、ドラえもんのような救世主がきっと助けに来てくれるんだよと、あのマンガは勇気づけてくれていたのだろうと思います。
ドラえもんなんていないのはわかっていたけど、私たちに夢を与えてくれたのは大きかったと思いますね。
そう言えば、しずかちゃんはそこそこのお嬢様で、勉強もできてかわいい。
クラスにはそんな子が一人はいて、実際にみんなの憧れでした。
何かにつけてしずかちゃんが風呂に入るところが出てきてしまうんですけど、昔のマンガってスケベでしたよね(笑)
私もそんな女の子を後ろからじっと眺めていたけど、私には高嶺の花。
自分とは仲良くなれる可能性はないから、女装に走ったのかもしれないですね。
今の自分があの頃から続いていると思うと、なんだか懐かしいような不思議な気分になるものです。
↓昭和は遠くなりにけり