平成という元号がもうすぐ終わりますね。
日本史の区切りで見ますと、明治以降は元号が一つの時代となっていますから、「平成時代」となるのでしょう。
いろんなことがここで一つの区切りとなりますので、平成における女装を振り返ってみます。
ちなみに、私個人のまったく私的な女装観であって、史学的な見地はありません(笑)
1.昭和63年~平成4年
私が初めて女装サロン(当時はたぶん女装クラブという呼称)に行ったのは、1988年のこと。
そう、和暦に直すと昭和63年で、当時の私は大学浪人生でした。
エリザベスの存在を知ったのは雑誌に掲載されていた取材記事で、当時は雑誌や夕刊紙の広告などでその存在を知った方が多いと思います。
エリザベスがあったのは神田岩本町で、岩本町駅の出口を出てすぐのところにあるビル一棟がすべてエリザベスでした。
私も雑誌記事で岩本町にあるとだけ知ったので、あの辺一帯を血眼になって探したのですけど、見つからず帰ろうとした時、駅前にあるのを見つけました。
ビルは細長いビルで、小さく「エリザベス」とだけ書かれた看板が出ていて、わかりにくくなっているんです。
10代の私が入れるような場所ではなかったのですけど、浪人が決まり、浪人を乗り切るには何かストレス解消をしておかないとと、居てもたってもいられず出かけたんです。
岩本町駅の通路や出口階段を何往復もして逡巡し、どれくらいの時が経ったかわかりませんが、意を決して中に入りました。
1階は何もなく、2階がショップになっていて、そこで女装用品が買えました。
ショップに誰もいなくなるのを見計らって、店員に「上に上がりたい」と声を掛け、サロンに上がるチケットと下着セット(つけまつげ入り)を購入しました。
4階がメイク室で、吹き抜けの5階がサロンになっていました。
私はあこがれていたセーラー服を着て、メイク、ウィッグと初の完全女装をして大満足でした。
そして、別の日にショップでセーラー服と丸襟ブラウスとジャンパースカートを購入し、自宅で隠し持っていました。
夜中、家族が寝静まると、セーラー服を着て勉強してましたね(笑)
あ、まだ昭和の時代の話ですから、早く平成に入らないと行けないですね(笑)
翌年の1月に昭和の時代が終わり、平成に入りました。
私も無事大学に受かり、平成とともに大学時代が始まりました。
大学に入ってからも、エリザベスには行っているんですが、そんなに何度も行った記憶がないのです。
自由な時間はたくさんありましたから、行こうと思えばいくらでも行けたはずなんですけど、そうしなかったのでしょうね。
やっと受験の苦しみから解放されて、自由に恋愛ができると思ったのに、私は女の子そのものよりもなぜか女装に興味が行く。
これは絶対おかしいし、矯正しなければならないと思っていました。
それで、エリザベスを意図的に遠ざけていたのかもしれません。
また、あの頃のエリザベスはベテランさんの世界で、たまに行くような若造の私は少々居づらいものがありました。
恥ずかしいので、エリザベスに行くたびにずっと「初めてです」と言っていたんですけど、ある日、当時メイクをしていたN島さんから「あんた前も来てたでしょ!」って怒られました(笑)
でも、それには訳があって、女装後の罪悪感で、毎回購入した下着や写真を駅のゴミ箱に捨てていたんです。
だから、毎回、初心者用の下着セットを購入する必要があって、「初めてです」って言い続けていたんです。
あの頃はまだ女装なんて受け入れられる世の中ではなかったし、女装=変態という構図でした。
それをどうしてもしたくなる自分は、なんとかしなくてはいけないと思ってましたね。
制服が好きでたまらなかったのですけど、もう一つ救われたのは、ブルセラショップの誕生でした。
まだ出始めの頃で、高田馬場にできた店が走りなんですけど、当時は無名校の制服ばかりで、数も少なかったんです。
でも、制服やブルマやスクール水着を男が堂々と買えるのは画期的で、ああ救われた~と思ったものです。
2.平成5年~平成9年
大学を卒業したのが平成5年で、同時に就職して地方勤務を言い渡されました。
初めての一人暮らしで、実家に隠し持っていた制服類をアパートに持って行ったんです。
そこからですね、女装が加速したのは。
あの頃の流行語が「24時間戦えますか」というくらいでしたから、本当に会社で使い倒されました。
でも、週に1回は休みがありましたので、思う存分女装ができる環境ができました。
そうすると、新しいアイテムが次々と欲しくなってきて、年2回の帰省のたびに、エリザベスやブルセラショップに寄っていました。
ネットはまだないし、一般の店で買うこともできませんでしたので、そこが私の女装用品の調達場所でしたね。
制服はどんどん増え、メイク道具やウィッグや靴もそろっていきました。
エリザベスはカタログ通販もやっていて、そこでもいろいろ購入しましたね。
エリザベスは雑誌「くいーん」や女装ビデオも制作していて、それらもたくさん持っていました。
メイク道具やウィッグを自分のものにした時は、これは相当どきどきしましたよ。
これを持ってしまったからには、私は来るところまで来てしまったのだと。
当時、エリザベス流の女装メイクで、男性感を抜くために最も力を入れていたのは、髭隠しなんです。
まず、徹底的に髭を隠すため、カバー力のあるファンデーションを塗りたくります。
使っていたのは、資生堂のスポッツカバーで、その上に三善のドーランとかでしたね。
エリザベスで売っている化粧品もそれと同じものでしたので、私も自己流メイクの際、それを使ってました。
ガッツリ髭は消えるんですけど、かなり舞台化粧風の厚化粧で、普通の女性の化粧とは違うんです。
でも、今でも私はそんな厚化粧が好きですよ(笑)
この頃も、自分が女装することについて何とかしなければいけないとは思っていましたが、仕事のストレスから、もう心理的に女装だけがはけ口になっていましたね。
誰にも気兼ねなく女装し放題で、私の女装は引き返しがつかなくなっていました。
あ、長くなってきたので、次回につづきます。
↓昭和からやっている人も多いですよ(笑)