少し抵抗があっても、少し不安でも、さっさと生で相手にぶつかってみたら、あっという間に解決したってこと、ある。
今日2回もそんなことがあったよ。
目の前にいる人を、嫌いになろうとするより、好きになろうとする人の方が多いんじゃないかな。
だから、直接会ったり、直接声をきいたほうがいいのかもね。
苦手だと思っている人ならなおさら。
いくら犬が嫌いだと豪語していたって、向かい合わなくちゃいけなくなって、その犬が目の前でしっぽをふって目をキラキラさせてたら、「あれ、かわいいのかもしれない」って思えてくるものなんじゃないかな。
当然トラウマがあるとか、そういう例外はあると思うけど。
メールやSNSってコミュニケーションの媒体がすべて機械だから。
筆圧や間の取り方や字の末尾に見えるものとか、そういう人間の生っぽい移ろいが伝わってくる手紙とも違う。
人間の生っぽさ、目の前に誰かがいる緊張感が失われがちなんだな。
私の発した言葉によって、相手の感情が、表情から空気から手つきから、瞬間瞬間、こちらにも伝染してくるんだよ。
そうすると、あ、もっと笑ってほしいな、もっと喜んでくれないかな、って普通思うものなんじゃないかな。
もっと悲しめよ、怒れよっていうのは、よっぽど強い愛情があって、それがバランス崩して反転しちゃったときしか現れない気がする。(これは大きな愛じゃなくて、自己愛が叫びあげてるとき。)よっぽどのときだよ。
言葉の内容に深みをつければつけるほど、本音を書けば書くほど、それがメールやSNSだと、生身が置き去りにされた感覚が強くなって、「相手には全く伝わっていないんじゃないか」っていう不安が増すのかな。
生身を機械に託したらだめね。自分が本能的に機械を信用してないんだ、きっと。
誰かに伝えたい大切な言葉を機械に託さないようにしよう。
機械に託した自分にも、「いくじなし」って小声でつぶやいてる気がする。
普段隠してる思いを外に出すのは、だいたい、恥ずかしいことが多いけど、それすらも伝わってしまえばいいんじゃ。
だね。