25TLC主将のしゅんです。

 平素より徳島大学女子ラクロス部を応援してくださっている皆様、日頃より多大なるご支援とご声援をいただき、誠にありがとうございます。今後とも、よろしくお願いいたします。

 自分が引退ブログを書くことになってしまったとは感慨深いものです。
 率直な自分の気持ちを書いているだけなので、決して綺麗なものではありません。


大学4年間のラクロス人生は『決断』の連続でした。

入部
 縁があって地元から離れた徳島大学に入学し、新しい環境に飛び込む不安と期待の中で大学生活がスタートしました。入学前からラクロス部の先輩(りずさん)から新歓のDMをいただいていたので、ラクロス部の存在は知っていましたが、入部を決断することになるとは思っていませんでした。小中高と部活に明け暮れていたため、大学では少しゆったり過ごしたい気持ちもあり、サークルや他の部活にも目を向けていました。それでも、体験会で出会った先輩方の明るさや、全員が同じ目標に向かって努力する雰囲気に惹かれ、自分もこの一員になりたいと思うようになっていました。
何も知らない状態からでも全員で成長していくラクロスという競技にも魅力を感じ、最終的に入部を決断しました。
今思えば、これが私の大学生活の中で最初の大きな「決断」でした。

退部の決断
 2年生の冬の時期、24TLCが始動するタイミングで、24TLCを最後に自分のラクロス人生を終えると決断しました。
2年生の秋に公務員試験のガイダンスがあり、現実を目の当たりにしました。
自分が受けようとしていたところは、一次試験で教養試験と専門試験、合計10科目前後が一般的で、一定の勉強時間の確保が必要でした。さらに筆記の試験期間が3月から6月と、ちょうど25TLCのリーグ直前期と重なりました。
4年の秋まで部活する人なんて少数派、この先の人生に関わる重要な時期を無駄にするわけにはいかない。そう思いました。
 23TLCのときに、公務員試験と部活を両立しておられる先輩もいました。しかし、練習試合の日に試験があったり、途中で部活をリタイアされていたりする姿を見て、自分には両立する要領もなく、この先の人生を犠牲にしてまで自分の代のラクロスに打ち込みたいとは思えませんでした。
きちんとけじめをつけて大学生活を終えたいと思い、4年生になる前にラクロスから離れようと決断をしました。
 3年の11月まではラクロスに打ち込み、その後春から夏の試験に向けて勉強。
周囲の多くは3年の春から本格的に動き始めるため、これでも少し出遅れのタイミングでしたが、自分にとって納得のいく切り替えの時期でした。

この決断は絶対に揺らがない。揺らがせない。
24TLCがどんな結果に終わってもこれで最後にする。そう心に決めました。
同期に言ってしまうとこの決断が揺らいでしまうかもしれないと思い24TLCが終わってから話そうと決めていました。(結局すぐ言ってしまったが)

 でも、実際は試験なんて要素の一つに過ぎず、本当は他の理由がありました。
 公務員試験と部活の両立なんて、必死こいてやればどうにかできると思っていました。
 23TLCが終わり、24TLCの始動前に副主将として幹部に入らせていただき、みやさんをはじめとする当時の4年生の動きを間近で見る機会が多くありました。

そこで見たのは
主将だけでなく、他の4年生も主体的にチームの運営に関わっている姿。
目標のためにすべてをささげる勢いでラクロスと向き合っている姿。
チームをよりよくしようと、常に考え、行動している姿
そんな先輩の姿を間近で見て、ある大きな不安が襲ってきました。

来年、自分たちが最上級生になったとき、同じように動けるのか。
自分を含めラクロスに向き合ってこなかった同期たちが、最上級生になったからといってラクロスに向き合えるようになるのか。
後輩たちを引っ張ってついてこさせることができるだろうか。
1年後の未来を想像すると不安しかでてきませんでした。

本当だったら、自分が率先して同期の意識を変え、チームを引っ張っていこうとするべきだったのかもしれません。
でも、当時の自分にはその覚悟も、自信もありませんでした。
1年後の自分たちの代のことをなるべく考えないように、今自分にできることを精一杯頑張ろうと決めました。

24TLC
 中四国制覇達成のために、自分の中でできることは全部やったという自信がありました。
 23TLCのリベンジを果たせたFINAL4突破は本当にうれしかったし、中四国制覇に向けてチーム全員が一つになって進んでいる実感が強くありました。FINALで敗退したときは、24TLCで大好きな頼れる4年生と中四国制覇したかったという想いが強く、本当に悔しかったです。
 中四国制覇こそ叶いませんでしたが、個人的にプレーでチームに貢献できたという実感がありました。また、周囲にも認めてもらいA1出場という貴重な機会もいただきました。努力してよかったと心から思えました。
 リーグ戦と平行して夏ごろから25TLCに向けて、同期ミーティングを重ねるようになりました。それぞれの想いを伝えあい、自分も24TLCで辞めるということも正直に伝えました。24TLCで辞めるという堅い意思を持ちながらも、ミーティングを重ねてみんなの気持ちを聞くうちに、そして、かつてはラクロスに前向きになれなかった自分たちが、一戦一戦に本気で向き合う姿を見て、来年自分たちの代でも一緒に頑張りたいと思っている自分もいました。
 でも、それはあくまで一プレイヤーとしてであり、チームを率いる立場になることまでは考えていませんでした。
誰が主将を務めるか。同期の中で何度も話し合い、いろんな案を考えました。
ありがたいと言っていいのか分かりませんが、自分に主将を引き受けてほしいという意見がありました。でも、その言葉を前向きに受け止めることはできませんでした。
3年生の時のようにラクロスにかけられる時間は多くないし、最悪の場合休部する可能性があることも頭にあったためです。また、24TLC始動の時に感じた「自分を含めラクロスに向き合ってこなかった同期たちが、最上級生になったからといってラクロスに向き合えるようになるのか」という不安がずっと頭にあり、自分が主将として同期を変え、チームを引っ張っていく責任と覚悟がありませんでした。というよりかは、その責任を負いたくなかったっていうのが正直な気持ちです。

 話し合いを重ねる中で、「誰かがやらなければいけない」という現実にも向き合いました。
他の幹部メンバーの役割や、技術リーダーの人数を考慮すると、自分が主将を務めるのが最も妥当な形でした。迷いはありましたが、最終的に自分の意思で引き受ける覚悟を決めました。すべてを犠牲にしてでも1年間頑張るという覚悟がありました。でも今思えば浅はかでした。

25TLC始動
 主将として25TLCを引っ張っていくと決断した自分は「結果を出さなきゃ」「何かを証明しなきゃ」と少し焦っていたのかもしれません。
 実際にチームを動かす立場になってみると、理想と現実の差を痛いほど感じる日々の連続でした。
24TLCは、「4年生のために」という気持ちがチーム全体を動かしていたように個人的に感じます。
だからこそ、4年生が引退したあと、チームにどこか燃え尽きたような空気が流れていて、
その空気を感じるのが、正直つらかったです。

 自分自身も勉強で切羽詰まっていて、毎日頭を切り替えるのに時間がかかりました。チームを動かしたい気持ちはあるのに、自分のことで精一杯で、空回りしていたように思います。
 グラウンドも使えず、練習もどこか中途半端で、チームとしての形が見えない時期が続きました。
あれだけ強い想いを語り合った同期も、どこか気持ちが離れているように感じました。
 「勝ちたい」と口では言っていても、練習の雰囲気には熱がなくて、チーム全体が少しずつ止まっていくように見えました。
 率先してチームの雰囲気を作っていかないといけないのに、それができない自分にもどかしさと情けなさを感じていました。

 冬オフが終わった頃、同期と後輩から退部したいという話があると知りました。今更退部した人を責める気持ちはありませんが、当時は正直、やるせない気持ちでいっぱいでした。誰が主将になるかの一悶着があって、やっとチームの方針も決まり、これからみんなで頑張ろうってなったのに、結局その程度かという思いが胸に残りました。

 自分は主将という立場にある以上、個人的な事情で簡単に辞めることはできません。当たり前のことです。辞めたいと口に出すことすら憚られ、気持ちを吐き出すこともできませんでした。部員たちは、もし辞めたいと思えば主将に相談してその先どうするのか考えることができますが、じゃあ主将である自分は誰に言えばいいのか。こんなことを思ってしまうこともありました。

 さらに、この時期(1月)に受けた模試では学内最下位をとりました。夏の間にコツコツやらなかった自分が悪いのは分かっています。悔しさと自己嫌悪を抱えながら、講座の担当者に相談に行きました。自分は部活をやっていて主将という立場になった以上、休部や退部の選択肢はないと話したところ、返ってきた言葉は思いもよらないものでした。
「悪いけど、部活を続けるという判断、主将をするという判断は間違っていたね」
その一言は、自分の胸に重くのしかかり、絶望感と孤独感をさらに深めました。
努力の方向も、自分の決断も、全部を否定された気がしました。

 25TLCの始動前のあの時、なぜ頑張れると思ってしまったのか。一度辞めるという決断を、なぜ揺らがせてしまったのか。
部活もボロボロで、自分もボロボロ。
この、最悪な状態だけは絶対に避けたかったのに、気が付けば自分がそのど真ん中にいました。
もう引き返すことのできない、どうにもならない現実を前にして、何を支えにすればいいのか、何をどう頑張ればいいのか分かりませんでした。

休部・復帰・引退
 主将として1年間頑張ると決めた時は、絶対に休部しないという覚悟がありました。
しかし、勉強との両立やチームの状況が重なり、次第に自分の中で整理がつかなくなっていき、結果的に休部という選択をせざるを得ませんでした。休部という選択をしてしまったこと申し訳なく思っています。休部期間中は、はっぴーに代理をお願いする形になり、その負担をかけてしまいました。4か月間チームを率いてくれてありがとう。はっぴーが副主将で本当によかったです。復帰後も心が折れそうなとき、チームの雰囲気の変化や微妙な違和感を分かって一緒に考えてくれたのははっぴーでした。感謝しかないです。

 リーグ戦が開幕すると、練習や試合を通してチームの空気や雰囲気が少しずつ変わっていくのを感じました。「中四国制覇の実感が分からない」と言っていた2、3年生がチームの主戦力として最前線で戦う姿、初めてのリーグ戦で上回生相手に堂々とプレーする1年生、そして、ラクロスに向き合ってこなかった自分たち4年生が中四国制覇に向かって全力で挑む姿。
 試合を重ねるたびに、チーム全体が一つにまとまっていくのを肌で感じました。
 予選では1勝しかできなかったけれど、今のチームなら本当に中四国制覇できると確信しました。
結果は“FINAL4敗退” あっけなく終わってしまった、と正直な気持ちが胸に残ります。
 試合直後の数週間は、FINAL4敗退に終わってしまった今、最後の1年、ラクロスを続けるという決断、自分が主将を務めるという決断は正しかったのか。という意味のない自問自答を繰り返していました。正直、今もふとしたときに考えてしまいます。また、今年1年は、プレー面においても、チームに十分貢献できたという実感がほとんどありませんでした。でも、それが自分の最大限だったのだと、受け入れています。全力を尽くした日々の積み重ねは、目に見える結果以上に自分を成長させてくれたと思います。

同期
 4年間本当にいろんなことがあったね。問題児と言われ続けた自分たちが、本気で中四国制覇を目指すようになるとは、1年生のころは思わなかったです。いろんな場面でぶつかりあったからこそ、みんなで勝ちたいって全員が思えたんだと思う。中四国制覇したかったな。また語り合おう。

後輩
 今年1年間一緒に戦ってくれてありがとう。至らない部分ばかりだったと思うけど、みんなのおかげでリーグ戦戦い抜くことができました。思ったより早く引き継がせてしまって本当に申し訳ないです。これからのみんなが楽しみです。ひとまずウィンター楽しみです!

コーチの皆様へ
 ゆきほさん、今年のヘッドコーチを引き受けて下さりありがとうございました。断られ続けた時は、どうしようかと思いましたが、自分たちが目指したかったチームを作るためにはゆきほさんしかいませんでした。全員が試合に出場する機会があり、チーム全員が中四国制覇に向かって一丸となれるチームになりました。FINAL4敗退という結果に終わってしまいましたが、本気で中四国制覇を目指せるチームをつくることができて本当によかったです。
 ようさん、代もかぶっていない、よく知らないであろう私たちの代のコーチを引き受けてくださってありがとうございました。断られるかもしれないとダメ元でお願いしましたが、本当にお願いしてよかったです。もっと一緒にラクロスしたかったです。
 ちゃいさん、院で忙しいのにも関わらず1回生コーチを引き受けてくださりありがとうございました。人が足りず6on6もできなかった私たちに、1回生をあそこまで上達させて6on6ができるようになったのはちゃいさんのおかげです。感謝しかないです。FINL4のあとのちゃいさんの言葉には泣かされました。

最後に
 4年間、ありがとうございました。
 たくさんの思い出があります。ラクロス部でしか経験できなかったことがたくさんあります。いい思い出ばかりではありませんが、すべて私にとってかけがえのない財産になりました。一生の誇りです。
 いつの日か、最後までラクロスを続けてよかったと胸を張って言える日を迎えられるよう、これからも成長していきたいと思います。

 これからも徳島大学女子ラクロス部に応援をよろしくお願いします。




#12 しゅん

こんにちは。4回生のはっぴーです。
平素より徳島大学女子ラクロス部に多大なご支援、ご声援をありがとうございます。支えてくださる皆様のおかげでこの4年間、走り切ることができました。本当に感謝しています。

引退後の余生は、意外と高頻度でジム行ったり、ランニングしたり、夜中まで大学院の授業の課題に追われたり、卒業設計に追われたり、資格の予備校の勉強に追われたり、新しいアイドルを追おうとしてみたり、ラクロスないのになぜか毎日何かに追われた生活をしています。

そんなことをしていたらついに自分の番が回って来てしまいました。実は、私はまだみんなのブログをしっかり読んでいません。何を書こうか悩みましたが、この綺麗事だけでは済まされない競技人生のことを自分の言葉で書きたかったためです。だからもしかしたら他の人とは空気感が違うブログになっているかもしれませんが最後まで読んでいただけたらうれしいです。


1年生
私は徳大に入学しても、徳島大学女子ラクロス部という存在は知りませんでした。入学したら絶対に水泳部に入るぞっていう気持ちで水着やビート板など浜松から徳島まで電車やバスで運んだことを覚えています。しかし、女ラクの新歓行ったらめっちゃ楽しいし運動会や体験会に参加する中で少しずつこの部活に入部することを意識し始めていました。そして、確定新歓の前々日の体験会後のご飯で、スシローに連れて行ってもらい26皿も食べて後に引けなくなってしまい入部することになりました笑
そんな中始まったラクロス生活ですが、ほとんどしたことのない陸上でのスポーツに息苦しさを感じながらも、初めてのチームスポーツに新鮮さもあってなんだかんだ頑張ってました。でも、一回生と上回生の間で壁を感じて、今と比べるとあまり充実していたと言える環境ではなかったなかったのかなと思います。だから、あの頃は中四国制覇という目標も漠然すぎてあまり分からなかったです。
でも、ウィンターでハットトリックしたり、サドンで点決めてあかつきに行けたりと嬉しい瞬間もありました。


2年生
ウィンターのときから、来年から自分も上回生とリーグに出場できるんだろうなとうっすら期待していました。しかしその期待の反面、鹿島遠征、OG戦、新歓試合など試合をする機会ではシュート決めるどころかボール触ることすらほぼできなくて、GWの練習試合では1秒も出ることが出来なくて、嫌な予感がし始めていました。また、その年は新歓の副リーダーにも関わらず自分の思う様に新入生に関わることができなかったり、新歓に対する同期のモチベーションを上げることができず落ち込んでいた時期でもありました。
そんな中、6月初め、これから上回練ではなくて、一年練に参加する様にと言われました。このラインは自分にとって「戦力外通告」のように感じてしまい、次の日の練習から切り替えて明るく頑張ろうと思っていたけど無理でした。もともと落ち込んでいたことに加えてこの状況で、だんだんと心は削れていってしまい20年の中で最も辛い時期でした。練習に行けなくなる日が増え、学校もこの頃大変で、仕送りのない中生活を楽にするためにバイトしているのに辛い思いばっかりするラクロスのためにお金を使っているのも意味が分かりませんでした。友達とガストで課題やりながら泣いて、家でもずっと泣いて、同期からラインが来るだけで泣いて、目の前が真っ暗で日常に色がなくなったような日々でした。生きてる意味すらも分からなくなるくらい辛かったです。練習行ってもスクエアにも入れてもらえなくて、組織練はもちろん入ることなんてなかったし、同期が上回練をしているのを横目で見ながらグラウンドの端で少ない人数での基礎練の日々でした。
それでもこんな自分を見捨てずに、支えてくださった一年生コーチのイチャソさん、るいさん、つきさん、そうさんに成長した姿を見せたいという気持ちがこの残りの2年間の原動力になっていました。基礎練で教わったことは上回練に入っても生きているなと思う部分がたくさんあります。ずっと辛い期間支えて下さりありがとうございました。一年生チーム大好きです。
また、悩みを聞いてくださって次の代で頑張ろうと背中を押してくれたみやさんたちの代に恩返しがしたいと思ったため、走り出すことができました。
そして、自分の中ではせんの存在が本当に大きかったです。同じ上回練に入れなかった同期はこの時期に2人辞めました。自分たちの学年は元々特に同期仲がいい学年でもあったのですが、上回練に入っている同期とのやる気や中四国制覇に対する思いが違いすぎて自分の悩みもあまり話せなかったし、勝手に壁を作ってしまっていました。だから、もしせんがいなかったら私も辞めていたと思います。でもせんと一緒に愚痴りながら、バッド入りながらもなんとかこの部活に残っていました。せんは覚えてるか分からないけどやってらんねーよなって言いながら大泣きして帰った日もありました。
あと、れんにずっと言いたいことがあって、自分が上回練に入れなかった頃、れんは上回練で必死に食らいついて試合に出ている中、お互い違う辛さがあって、れんもラクロス人生の中で1番しんどそうだったのに同じ学科、同じポジションの自分が支えないといけなかったのに、あんな態度をとっていたことを今でも申し訳なく思っています。気づいたらまた仲良くなってて、ちゃんと謝れていないなって、ずっと心の片隅で思っていました。本当にごめんね。半年も待っててくれてありがとう。


3年生
開幕戦。この日は私にとって一つの転機となる日でした。交代ではありますが、リーグ戦のコートに初めてたった日です。辛かった2年生の頃はもう完全に過ぎ去ったんだ、やっとチームに貢献するためのスタートラインに立てたんだと、暗い過去の終わりを示すかのような瞬間に感じてワクワクしました。
しかし、この感情はいつまでも続いた訳ではありません。リーグ戦が終わりに近づいていく中で試合に出してもらえる時間がほんの数分となっていきコートに立てない試合も何試合かありました。
そして迎える24TLCでの最後の試合。FINALでもベンチで絶対勝てると最後まで信じて叫んでいたけどその夢は叶いませんでした。大好きな先輩たちと中四国制覇したかったという思いと同時に、来年またブルーコートに帰って来て、今度はれんとせんとATで試合に出て技術で貢献して絶対に勝つという目標も立ちました。
この代ではなんでもいいから貢献したくて審判資格取ったり大会幹部残ったりしました。その中でも1番貢献できたのが新歓です。目標人数には及ばなかったけれど、やる気のある一年生がたくさん入ってくれて、何より新歓リーダーとしてみんなで楽しく新歓できるように工夫できた年だったのかなと思っています。


25TLC
技術不足、経験不足の中任された副キャプテン。でも本当に自分でいいんかな?みたいなことは1mmも思わなかったし色々な経験をしてきたからこそチームをいい方向に持っていけるだろうと過信していました。
しゅんの休部期間、たった4ヶ月の間ですが、自分の考えが甘かったんだなと痛感させられました。これまで自分は副キャプテンとしてキャプテンのしゅんを支えられてると思っていたけど、代理のキャプテンになってみて想像以上の孤独感と責任に押しつぶされそうになる毎日でした。特に孤独感を覚えることが多くて、自分が何言ってもあんま刺さってないんだろうなとか、同期や後輩たちの目を気にしてしまうことが多くてしんどかったです。
また、せっかちな性格というとこもあってずっと怒ってばっかの数ヶ月間で練習中、本当にみんなに迷惑かけてしまいました。しゅんがいない期間、しゅんが安心して帰って来れるチームにするって意気込んでいたのにこんなことになってしまってごめんなさい。それでもチームを愛する気持ちは誰よりも持ち続けて守りきりました。
そして、開幕戦。一年たったこの日もまた自分の中で転機となりました。4年目にして初めて、リーグ戦で点を決めることができた日です。正直、4年のこの期間になっても自分のプレーに自信があるなんて一度も思えたことがなかったし、ATなのにリーグ戦で一回も点決めれずに終わってしまったらどうしようとか考えることもありました。シュート決めた後、ベンチ見たらニッコニコのさやちゃんとしきがずっと大声で叫んでくれていて今までちゃんと続けてきてよかったと、1番思える瞬間でした。私がラクロス楽しいと思えてきたのはここら辺からです。今まであんなに苦痛だった6on6もずっとやりたいなって思えてきたし少しではありますが、自分の成長を感じました。
あっという間にリーグ期間が過ぎてついにFINAL4、大好きなこのチームで中四国制覇するためには絶対に勝たないといけない試合だから、シュート決めるし、アシストするし、絶対ライド止めきるって意気込んで挑みましたが、手も足も出ませんでした。完全に実力不足だなって、悔しいというより絶望といった表現のほうが合っていると思います。呆気なく終わってしまいました。


4年間を通して
今まで思っていたけれど口に出したら怒られそうだから言っていなかったことがあります。自分は同期の中で、ずっと、1番ラクロスが下手でした。シュートも早くないし、ワンも抜けない、ライドも全然止められない、クリアももらいにいけない、グラボーも取り切ることができない、足が遅いし体力もない、上げ出したらキリがないけどプレーに関しては間違いなくチームには自分は必要ないと思っていました。どれだけ自主練しても、誰よりもラントレしても、練習頑張っても、動画見漁っても、みんなに追いつけませんでした。それにプラスして開幕後、7月末ごろから体調が悪くて息ができない日が何回もありました。何回も病院に行って毎日薬飲んで、なんで自分だけずっとどん底を走り続けないといけないのかと、下を向きかけたことも何度もありました。
それでもラクロスを続けてきてのには理由があります。みんなに勇気を与えたかったからです。もちろん、チームの士気を上げてくれるような力強いプレーで、試合を盛り上げてくれる人も重要です。でも、努力して、這い上がって、やっと出ることができた試合で決めた念願のシュートほど人の心を動かせるものはないんじゃないかと思います。自分がそんな勇気を与えられるような存在になれたかどうかは分からないけど自分なりに愚直に、健気に努力し続けたと言い切れます。
自分のラクロス人生は、一度枯れかけたけれど、最後まで花が咲くことはなかったけれど、人間として成長できたし大抵の困難は乗り越えられるくらいの根性はついたと思います。これからの人生、この経験を活かしてどこかで花を咲かせられたらなと思います。




また、今年は色々な人に支えてもらった代でもあります。クラファンで支援して下さった方々、クラファンに始める際に協力して下さった小出さん、奥本さん、会ったことのない人方がこのチームを応援してくれていることを知ってさらに頑張れました。
NeOのジョージさん、日本のラクロス界の有名人の方に帯同コーチとして鹿島遠征でご指導いただいて、5月にも徳島にネオパークで来て下さって、名前も覚えてもらって関わることができてモチベに繋がりました。
横浜から2回も来てくださったるいさん、チームの悩みを聞いて下さったり、たくさんプレーのアドバイス下さったり2年前から支えられてばかりです。
飲んだ後でもあんまり寝てなくても起こしたら来て下さるあきとさん、あきとさんが来てくださったら反省の時間全然足りんくらい色々教えて下さって、色々なこと知れて素直に楽しかったです。試合も一緒に出たかったです笑
他にも気にかけて下さったOGさん、大会を運営して下さった方々、審判の方々、練習試合組んで下さったチームの方、武者受け入れてくださったチームの方、本当にたくさんの人の支えがあってこのチームが成長して、リーグ戦を乗り越えられました。本当にありがとうございました。


コーチの方々
ゆきほさん
24TLCと25TLCの2年間、本当にありがとうございます。ゆきほさんがコーチになってからチームの在り方が変わって、ボトムアップのことも考えて下さったおかげで3年生の頃から本気で試合に出て戦力となって、中四国制覇をしたいと思うようになりました。なんども自信もってプレーしなって言って下さって、3年生の時は自信なんて持てなかったけど、4年生の最後の方は自信もって、絶対勝ってやるぞ、先制点決めるぞって気持ちでプレーできました。私のラクロス人生をいい方向に持っていけたのはゆきほさんのおかげです。休みの日もたくさん来てくださり本当にありがとうございました。徳島は雨ばっかりで本当に申し訳なかったです。

ようさん
4月の頭にコーチをお願いして、私を選んでくれて嬉しいっていっていただいて崩れ落ちそうなくらい救われた気持ちになりました。本当にあの時、引き受けてくださってありがとうございます。
また、ようさんの明るさのおかげで試合中落ち込みそうになったときにAT全体に元気をくれた存在でもありました。タイムアウトやQ間、まだいけるって気持ちに持ち直すことができました。
出張から帰ってきたらまたみんなでご飯行きたいです。

ちゃいさん
一年生コーチとして今まで類を見ないくらい一年生を成長させて下さり本当にありがとうございます。ちゃいさんは何事も本当に自分のことのように考えて下さるので、チームの悩みを聞いてもらったり、技術を教えてもらったり私自身としてもたくさん頼ってしまいました。引退してもコーチとして関わってくださり、4年間、お世話になりました。ちゃいさんに一年生コーチをお願いしてよかったです。


後輩たち
去年のチームで技術で貢献してたすい、一年生のことを常に考えてくれていたさく、今年もチームのために2人しかいないとは思えないくらいの力を自分たちのチームで出してくれてありがとう。2人がいなかったらチームをまとめることもリーグ期間走り切ることもできなかったと思うよ。負けず嫌いで努力家で後輩たちとの関わりを大切にしているすいと常に中四国やチームのことを考えていて誰よりも意識の高いマネージャーのさくならみんなをまとめられると思うし、いいチームを作っていけるよ!
2年生は初めてのリーグにも関わらず、そのことを忘れてしまうくらい成長して主力として一緒に戦ってくれてありがとう。何度もみんなに負けてられんなって心打たれました。自分は何も教えられなかったしフォローしてあげることもできなくてめっちゃ申し訳なく思ってます。本当はもっとのびのびプレーさせてあげたかったな。負けん気強くて人懐っこいみんなのことずっと応援してるよ!
1年生は純粋で本当に可愛かった。夏の期間で全員が6on6に入っていること自体凄すぎるのに、みんな上回と試合出たことあるしもうすでに来年のリーグが楽しみだなと思えてしまいます。自分の代で、この1年生の子達も中四国制覇したいという気持ちを同じ熱量で持ってるなって思えて、単純にめっちゃ嬉しかった。みんなの気持ちが届いて試合がんばれたよ!ありがとう!絶対あかつきいくぞー!
そして、後輩マネさん、みんな進んで仕事してくれて頼りにしてました。PLと同じ気持ちを持っていつも部活に来て支えてくれて、時には悩みとか聞いてくれる子もいて助けられました。マネさんなしでは練習も試合もできないから本当に感謝してます。みんなありがとう。

FINAL4直後に、コーチの方々、後輩、マネさんにブルーコートで勝つ姿を見せてあげられなかったのが本当に悔しかったです。


最後に同期へ
自分らはどうしようもない問題児って言われてる代で、印象で言ったらマイナスからのスタートで悩んだこともあったけど、どうしたら理想のチームになるかたくさん考えて、最後はいいチームを作れたんじゃないかな。25TLCになってからは2週間に一回同期ミーティングするようになって、みんなの思いとか抱えていることを知って支え合えたよね。流石に12月の朝5時から外でやってたのは意味わからんけど。
アホなことも部活も一緒に頑張ったてきたみんなが大好きです。4年間、ずっと一緒にいてくれてありがとう。早く飲みに行こ!




しゅん
これまでチームをまとめてくれてありがとう。しゅんの休部前には気が付かなかったキャプテンの気持ちというものを知れて、本当にいい機会をもらえたし、しゅんの偉大さも実感しました。でもやっぱり最後の一年は今まで以上に背負っているものが大きくてしゅんらしいプレーさせてあげられなかったなときもあったなと思っててちょっと後悔もあります。
しゅんは一年の頃から雲の上のような存在で、これまで自分だけだったら見ることができなかったたくさんの景色を見せてくれてありがとう!しゅんしゅんすばらしいよ!!

れん
学校でも部活でもずっと一緒で課題も練習も一緒に乗り越えてきたよね。
最後の一年は自分がチームのこと考えてる時に悩むこととか怒ることが多くて、全部れんに聞いてもらってたよね。めっちゃ頼りにしてたよ。れんがしゃきばじゃなかったらって考えたらラクロス続けられなかったかも。
プレーでもたくさん迷惑かけて、何してんねんって思ったこといっぱいあったと思うけど、いいプレーにすぐ気づいてくれて、成長させてくれてありがとう。
お互い分かり合えないことばっかだけど、流石になんだかんだ相思相愛だと思うから院試受かってたら後2年、いや、ずっとよろしくね😃

せん
最後までラクロス続けてこれたこと、せんなしでは語れません。本当に今まで、ずっとそばで色々言いながらも頑張ってる姿見せてくれてありがとう。せんが公務員試験でいなかったとき、練習ちょっと暗くなった気がして、やっぱ自分だけじゃ盛り上げきれん、せんがいないとだめだわってめっちゃ思った笑
何考えてるか分からんくて、せんにキレたことも多々あるし、バッドに入れてしまったときもあったよね。ごめんね笑
せんの(いい意味で)おもんない話が聞けなくてめっちゃ寂しいよ😞
4年で、一緒にATで出れて本当によかった!!!

みい
魅力のあるプレーをしすぎてたみい。何度も惚れかけました笑
教えるの上手くて、面倒みもいいからみいのおかげでこのチームがまとまっていた部分もあるしチームの技術がかなり上がったんじゃないかなって思うよ。本当に残ってくれてありがとう。
あと、自分にも最後まで厳しくアドバイスしてくれてたのもありがとう。緊張感もってできました🙏
みいっておもろいだけじゃなくて人一倍心情深くて、何度もその心からの優しさに救われました。(特にユニバ)
これからは筋トレの指導、よろしくね

さや🙋‍♀️
実習帰ってきて、やっとラクロスに集中できるって思った矢先での怪我、めっちゃ辛かったよな。さやが辛そうに泣くからこっちまでもらい泣きしそうに何回なったことか笑
でもfinal4でしっかり試合出てるの見て帰ってきたーって嬉しかったし、Best10発表されたとき叫んじゃったし、ずっとプレーで引っ張ってってくれてたさやちゃんが最後は報われて本当に嬉しかった。
さや素直だから、よく笑うしすぐ泣いちゃうし、その無邪気さで自然にみんな笑顔になってたよ。ずっと赤ちゃんのままでいてね。あと、岡崎でも旅行行こうね。

みさ
2年生のときは同じ一年生チームでやっていたけど、3年のときにずっとスタメンでないDしてて、4年では化けるんじゃないかなって思ってたから、自分としては色々悔しい気持ちもあります。才能あるなって思ったことも何度もあって羨ましかった。でも研究室とラクロスの二足草鞋でよく最後まで続けたなって思う。院でも研究がんばってね。

もも
PLが練習行きたくないって思ってた1年の頃からずっと遅刻も欠席もせずに頑張ってるももちゃんを見て、マネさんがこんなに頑張ってるのに自分ら頑張らんのはいかんなって何度も感化され続けました。後輩マネさんも、ももちゃんに着いていくって意思を感じてなおさん的存在だなって思いました。
優しくて、気配りできるからめっちゃ信頼してた!これまでマネリーダーとして、みんなを引っ張ってくれてありがと!
院生になったら、ももちゃんと朝カフェ行きたいなとか勝手に思ってるよ笑

はろ
主務、テーピング、集計、色々な仕事をしてくれてありがとう。幹部に入って、主務がいることでチームの運営がスムーズに成り立っていることを知りました。裏方の仕事で主務の存在を知らない人も多いから感謝されることは少なかったのかもしれないけど、間違いなくチームには必要不可欠な存在でした。テーピングも何度も巻いてもらったり、授業中に集計見て明日も頑張らなって思ったり、モチベ上がりました。新しい仕事って取りかかりにくいところもあったと思うけど挑戦してくれてありがと!最高のマネージャーです!

りこ
あのポーカーフェイスなりこが、同期ミーティングで泣きながら今の思いを話しているのを聞いて、1番心に刺さったし変わらないかんなって思えた。開幕直前かリーグ期間だったと思うけどあの大切なときに話してくれてありがとう!
りこちゃんはほわほわで優しい雰囲気だけど自分の芯をちゃんと持ってるなって4年間通してだんだん分かってきて、可愛い笑顔と共にラクロスに対する思いも色々秘めてるんだろなって気づきました笑
自分がしんどいとき何度も気にかけてくれて、めっちゃ助かった!ありがとう!



決して順風満帆ではないこの4年間、辛いこと、楽しいこと、たくさんありました。同期、これまでのチームの先輩や後輩、OGの方々、中四国の人たち、遠征先で出会った人たち、出会えたみなさんのおかげで私のラクロス人生は一生忘れない大切な思い出となりました。

拙い文章ですが、最後まで読んで下さりありがとうございました。
これからも徳島大学女子ラクロス部の応援をよろしくお願いします。
Power💪




#46 名倉遥
まず初めに、平素より徳島大学女子ラクロス部を応援してくださっている皆様、日頃より多大なるご支援とご声援をいただき、誠にありがとうございます。心より感謝申し上げます。

同期のみんなが書いていたように、自分が引退ブログを書く日が来るなんて、本当に時間の流れは早いなと感じます。
今の素直な気持ちを、この場で綴らせていただきます。

•Final4を終えて
正直、Final4が終わったあと、思っていたほどの悔しさはありませんでした。
これまでの試合、たとえ練習試合でも負けたら毎回悔しくて、「絶対勝ちたい」と泣いたことも何度もあります。
だからこそ、引退試合で負けたらきっと悔しくてどうしようもなくなると思っていました。
中四国制覇を1年間ずっと目指してきて、それを達成できなかったら「次がない」分、行き場のない感情に押しつぶされるだろうと想像していました。

でも実際にFinal4で負けた時、私は不思議と負けを受け入れられました。
「岡大ってやっぱり強いな」「これが徳大の実力やな」と、素直にそう思えました。
いつもなら「この場面でこうしていれば」と反省が止まらないのに、そんなシーンも思い浮かばなかった。
それがFinal4の試合でした。

•タイトル「余燼」に込めた想い
ブログのタイトルは「余燼」にしました。
意味は“燃えたあとに残る火の名残”。
私は4年間、ラクロスに全てを燃やし尽くしました。もう何も残っていないくらい、やり切ったと思います。
「これ以上ラクロスをしたい」と思えないほど、全力で駆け抜けました。

先輩に勧められて入部して、ラクロスを好きになったり嫌いになったり。嬉しいことも辛いこともたくさんありました。
愚痴を言いながらも4年間続けて、本当によかったです。
3年のとき、辞めようと思った瞬間もあったけど、あの時辞めていたらきっと後悔していたと思う。
最後まで続けて、最後の景色を見られて本当によかったです。


•1年生の頃
1年の頃は、正直、練習環境に恵まれませんでした。
上回生にもコーチに見放されるかたちで、自分たちだけで練習をしていました。
「邪魔や」とコートを追い出されたこともありました。
上回生にはそんなつもりはなかったのかもしれないけれど、当時の私たちは確かにそう感じていました。

「25の代=問題児」と言われることが多かったけれど、そうなった背景には環境もあったと思っています。
最初の私たちは、ラクロスが純粋に大好きで、自主練したりラクロスノート書いたり、YouTubeで学んだりもしていました。それが変わった。
だから、基礎から丁寧に教えてもらっている下級生を見て、本当に羨ましかったです。


•2年生の頃
2年に上がって、試合に出る機会が増え(これも色々あったけど)、上回生と一緒に練習するようになって、ようやくラクロスが楽しいと思えるようになりました。
「好きなようにプレーしていい」と言われ、のびのびプレーできたのが本当に楽しかった。
Final4で負けた時は、「来年こそ本気でラクロスに向き合おう」と思えるほど成長できた1年でした。


•3年生の頃
頼れる先輩たちとともに、中四国制覇を本気で目指せた1年。
チーム全員で同じ目標に向かって努力する毎日が本当に楽しくて、間違いなく私のラクロス生活で一番輝いていた時間でした。


•4年生として
4年では、クリアリーダーと基礎リーダーを務め、同期とともにチームを引っ張る立場になりました。
代替わりしてすぐ、頼れる先輩がいない不安に押しつぶされそうになりました。
幹部で何度も話し合い、ぶつかりながらチームを作っていくのは本当に大変で、正直「早く引退したい」と思ったこともありました。

中四国制覇のために課題を見つけ、意図を持って練習メニューを考えたけれど、それが下級生にうまく伝わらず不満を持たれることもありました。
思いを伝える難しさ、チームをまとめる大変さを痛感しました。


•プレーヤーとして
3年でBTに転向してから大きく成長でき、自分でも“上手い”と胸を張れるほど自信がつきました。
「みいがDFにおったら安心する」と言ってもらえたこと、本当に嬉しかったです。
そして念願のBest10、しかも岡山広島修道、全部の大学のBT1人目に選ばれた時は、努力が報われたと感じました。

私は、努力しても報われていない人の対比(?)でセンスがあるからいいよねと言われることもあったけれど、私は常に考えてプレーしてきました!
練習中も頭フル回転でやってた。
だから、努力なしに上手くなることなんて絶対にないと思います。
今の下級生たちも、ぜひ“考えて練習する”ことを大切にしてほしいです。これが先輩からの最後のアドバイス!笑



•同期へ
私が4年間続けられたのは、間違いなく同期のおかげです。
ひとりでも欠けていたら、ここまで来られなかったと思う。
仲が良い分、ぶつかることも多かったけど、本当に最高の同期でした。

私はENTP(討論者)で、つい論破したり自分の意見を通したりしてしまってごめん。
でも一緒にラクロスしてくれて本当にありがとう。
特に、運営や仕事を支えてくれたみんなには心から感謝しています。
私がプレーに集中できたのは、間違いなくみんなのおかげです。

3年前の追いコンで、みんなと別れることを想像して号泣したのが昨日のことのよう笑
4月からはそれぞれの道に進むけれど、卒業してもまた集まって、ふざけ合いたいです。
あと、タイムカプセル絶対埋めよな。
同期愛については、わざわざ引退ブログに書かんでもわかってると思うから割愛で。また語り合おう。


•DF陣へ
さやとしゅんは一年の頃から絆が深くて、一緒に戦ってきた感がある。3人とも負けず嫌いで、試合後はいつも3人で悔しがって泣いたりしたよな笑 試合後に3人で試合の感想言うまでがセットやった気がする。2人とも最強で一緒にDFできてよかった。3人で色々言い合ってするDFがめっちゃ楽しかった。
特にさや、DFリーダーなのに私が口を出してごめん。私の意見を受け入れてくれてありがとう。一緒に戦術を考えて、高め合ってきたからこそ、最後一緒にBest10に選ばれた時はほんまに嬉しかった。

後輩のみんなは、素直な子たちばっかりでめっちゃやりやすかった。全然1on1任せて見てられるほど上手くて感心するばっかりやったよ。
これからの徳大DFがどう成長していくのか、心から楽しみです。応援してる!


•コーチの皆様へ
ゆきほさん、今年もHCを引き受けてくださり本当にありがとうございました。
プレー面だけでなく、組織運営の相談にも乗ってくださって、支えられました。
ゆきほさんがコーチだったからこそ、中四国制覇を本気で目指せたと思います。

ようさん、最初はどんな方か分からないままお願いしましたが、ACをお願いして大正解でした。
ようさんに褒められるのが本当に嬉しくて、モチベーションになっていました。
一緒にラクロスできてよかったです。

ちゃいさん、院生で忙しい中1年生コーチを引き受けてくださりありがとうございました。
1年生がここまで成長できたのは、ちゃいさんのおかげです。
人数が少なかった25TLCが最後まで実戦練習を続けられたのも、間違いなくちゃいさんの力が大きいです。

そんな大好きな3人に、中四国制覇という形で恩を返せなかったことが唯一の後悔です。
仕事や学業で忙しい中、休日も時間を割いて練習に来てくださり、本当にありがとうございました。
チームが終わって関わりが減ってしまうのは寂しいですが、またぜひご一緒させてください。飲みにも行きましょう!

4年間、本当にありがとうございました。
私の中でのラクロスは「余燼」。
燃え尽きたあとも、心のどこかに小さな火が残っている気がします。それくらい、かけがえのない時間でした。過去に戻ってもラクロス部に入る選択をします。

#31 みい