25TLC主将のしゅんです。
平素より徳島大学女子ラクロス部を応援してくださっている皆様、日頃より多大なるご支援とご声援をいただき、誠にありがとうございます。今後とも、よろしくお願いいたします。
自分が引退ブログを書くことになってしまったとは感慨深いものです。
率直な自分の気持ちを書いているだけなので、決して綺麗なものではありません。
大学4年間のラクロス人生は『決断』の連続でした。
入部
縁があって地元から離れた徳島大学に入学し、新しい環境に飛び込む不安と期待の中で大学生活がスタートしました。入学前からラクロス部の先輩(りずさん)から新歓のDMをいただいていたので、ラクロス部の存在は知っていましたが、入部を決断することになるとは思っていませんでした。小中高と部活に明け暮れていたため、大学では少しゆったり過ごしたい気持ちもあり、サークルや他の部活にも目を向けていました。それでも、体験会で出会った先輩方の明るさや、全員が同じ目標に向かって努力する雰囲気に惹かれ、自分もこの一員になりたいと思うようになっていました。
何も知らない状態からでも全員で成長していくラクロスという競技にも魅力を感じ、最終的に入部を決断しました。
今思えば、これが私の大学生活の中で最初の大きな「決断」でした。
退部の決断
2年生の冬の時期、24TLCが始動するタイミングで、24TLCを最後に自分のラクロス人生を終えると決断しました。
2年生の秋に公務員試験のガイダンスがあり、現実を目の当たりにしました。
自分が受けようとしていたところは、一次試験で教養試験と専門試験、合計10科目前後が一般的で、一定の勉強時間の確保が必要でした。さらに筆記の試験期間が3月から6月と、ちょうど25TLCのリーグ直前期と重なりました。
4年の秋まで部活する人なんて少数派、この先の人生に関わる重要な時期を無駄にするわけにはいかない。そう思いました。
23TLCのときに、公務員試験と部活を両立しておられる先輩もいました。しかし、練習試合の日に試験があったり、途中で部活をリタイアされていたりする姿を見て、自分には両立する要領もなく、この先の人生を犠牲にしてまで自分の代のラクロスに打ち込みたいとは思えませんでした。
きちんとけじめをつけて大学生活を終えたいと思い、4年生になる前にラクロスから離れようと決断をしました。
3年の11月まではラクロスに打ち込み、その後春から夏の試験に向けて勉強。
周囲の多くは3年の春から本格的に動き始めるため、これでも少し出遅れのタイミングでしたが、自分にとって納得のいく切り替えの時期でした。
この決断は絶対に揺らがない。揺らがせない。
24TLCがどんな結果に終わってもこれで最後にする。そう心に決めました。
同期に言ってしまうとこの決断が揺らいでしまうかもしれないと思い24TLCが終わってから話そうと決めていました。(結局すぐ言ってしまったが)
でも、実際は試験なんて要素の一つに過ぎず、本当は他の理由がありました。
公務員試験と部活の両立なんて、必死こいてやればどうにかできると思っていました。
23TLCが終わり、24TLCの始動前に副主将として幹部に入らせていただき、みやさんをはじめとする当時の4年生の動きを間近で見る機会が多くありました。
そこで見たのは
主将だけでなく、他の4年生も主体的にチームの運営に関わっている姿。
目標のためにすべてをささげる勢いでラクロスと向き合っている姿。
チームをよりよくしようと、常に考え、行動している姿
そんな先輩の姿を間近で見て、ある大きな不安が襲ってきました。
来年、自分たちが最上級生になったとき、同じように動けるのか。
自分を含めラクロスに向き合ってこなかった同期たちが、最上級生になったからといってラクロスに向き合えるようになるのか。
後輩たちを引っ張ってついてこさせることができるだろうか。
1年後の未来を想像すると不安しかでてきませんでした。
本当だったら、自分が率先して同期の意識を変え、チームを引っ張っていこうとするべきだったのかもしれません。
でも、当時の自分にはその覚悟も、自信もありませんでした。
1年後の自分たちの代のことをなるべく考えないように、今自分にできることを精一杯頑張ろうと決めました。
24TLC
中四国制覇達成のために、自分の中でできることは全部やったという自信がありました。
23TLCのリベンジを果たせたFINAL4突破は本当にうれしかったし、中四国制覇に向けてチーム全員が一つになって進んでいる実感が強くありました。FINALで敗退したときは、24TLCで大好きな頼れる4年生と中四国制覇したかったという想いが強く、本当に悔しかったです。
中四国制覇こそ叶いませんでしたが、個人的にプレーでチームに貢献できたという実感がありました。また、周囲にも認めてもらいA1出場という貴重な機会もいただきました。努力してよかったと心から思えました。
リーグ戦と平行して夏ごろから25TLCに向けて、同期ミーティングを重ねるようになりました。それぞれの想いを伝えあい、自分も24TLCで辞めるということも正直に伝えました。24TLCで辞めるという堅い意思を持ちながらも、ミーティングを重ねてみんなの気持ちを聞くうちに、そして、かつてはラクロスに前向きになれなかった自分たちが、一戦一戦に本気で向き合う姿を見て、来年自分たちの代でも一緒に頑張りたいと思っている自分もいました。
でも、それはあくまで一プレイヤーとしてであり、チームを率いる立場になることまでは考えていませんでした。
誰が主将を務めるか。同期の中で何度も話し合い、いろんな案を考えました。
ありがたいと言っていいのか分かりませんが、自分に主将を引き受けてほしいという意見がありました。でも、その言葉を前向きに受け止めることはできませんでした。
3年生の時のようにラクロスにかけられる時間は多くないし、最悪の場合休部する可能性があることも頭にあったためです。また、24TLC始動の時に感じた「自分を含めラクロスに向き合ってこなかった同期たちが、最上級生になったからといってラクロスに向き合えるようになるのか」という不安がずっと頭にあり、自分が主将として同期を変え、チームを引っ張っていく責任と覚悟がありませんでした。というよりかは、その責任を負いたくなかったっていうのが正直な気持ちです。
話し合いを重ねる中で、「誰かがやらなければいけない」という現実にも向き合いました。
他の幹部メンバーの役割や、技術リーダーの人数を考慮すると、自分が主将を務めるのが最も妥当な形でした。迷いはありましたが、最終的に自分の意思で引き受ける覚悟を決めました。すべてを犠牲にしてでも1年間頑張るという覚悟がありました。でも今思えば浅はかでした。
25TLC始動
主将として25TLCを引っ張っていくと決断した自分は「結果を出さなきゃ」「何かを証明しなきゃ」と少し焦っていたのかもしれません。
実際にチームを動かす立場になってみると、理想と現実の差を痛いほど感じる日々の連続でした。
24TLCは、「4年生のために」という気持ちがチーム全体を動かしていたように個人的に感じます。
だからこそ、4年生が引退したあと、チームにどこか燃え尽きたような空気が流れていて、
その空気を感じるのが、正直つらかったです。
自分自身も勉強で切羽詰まっていて、毎日頭を切り替えるのに時間がかかりました。チームを動かしたい気持ちはあるのに、自分のことで精一杯で、空回りしていたように思います。
グラウンドも使えず、練習もどこか中途半端で、チームとしての形が見えない時期が続きました。
あれだけ強い想いを語り合った同期も、どこか気持ちが離れているように感じました。
「勝ちたい」と口では言っていても、練習の雰囲気には熱がなくて、チーム全体が少しずつ止まっていくように見えました。
率先してチームの雰囲気を作っていかないといけないのに、それができない自分にもどかしさと情けなさを感じていました。
冬オフが終わった頃、同期と後輩から退部したいという話があると知りました。今更退部した人を責める気持ちはありませんが、当時は正直、やるせない気持ちでいっぱいでした。誰が主将になるかの一悶着があって、やっとチームの方針も決まり、これからみんなで頑張ろうってなったのに、結局その程度かという思いが胸に残りました。
自分は主将という立場にある以上、個人的な事情で簡単に辞めることはできません。当たり前のことです。辞めたいと口に出すことすら憚られ、気持ちを吐き出すこともできませんでした。部員たちは、もし辞めたいと思えば主将に相談してその先どうするのか考えることができますが、じゃあ主将である自分は誰に言えばいいのか。こんなことを思ってしまうこともありました。
さらに、この時期(1月)に受けた模試では学内最下位をとりました。夏の間にコツコツやらなかった自分が悪いのは分かっています。悔しさと自己嫌悪を抱えながら、講座の担当者に相談に行きました。自分は部活をやっていて主将という立場になった以上、休部や退部の選択肢はないと話したところ、返ってきた言葉は思いもよらないものでした。
「悪いけど、部活を続けるという判断、主将をするという判断は間違っていたね」
その一言は、自分の胸に重くのしかかり、絶望感と孤独感をさらに深めました。
努力の方向も、自分の決断も、全部を否定された気がしました。
25TLCの始動前のあの時、なぜ頑張れると思ってしまったのか。一度辞めるという決断を、なぜ揺らがせてしまったのか。
部活もボロボロで、自分もボロボロ。
この、最悪な状態だけは絶対に避けたかったのに、気が付けば自分がそのど真ん中にいました。
もう引き返すことのできない、どうにもならない現実を前にして、何を支えにすればいいのか、何をどう頑張ればいいのか分かりませんでした。
休部・復帰・引退
主将として1年間頑張ると決めた時は、絶対に休部しないという覚悟がありました。
しかし、勉強との両立やチームの状況が重なり、次第に自分の中で整理がつかなくなっていき、結果的に休部という選択をせざるを得ませんでした。休部という選択をしてしまったこと申し訳なく思っています。休部期間中は、はっぴーに代理をお願いする形になり、その負担をかけてしまいました。4か月間チームを率いてくれてありがとう。はっぴーが副主将で本当によかったです。復帰後も心が折れそうなとき、チームの雰囲気の変化や微妙な違和感を分かって一緒に考えてくれたのははっぴーでした。感謝しかないです。
リーグ戦が開幕すると、練習や試合を通してチームの空気や雰囲気が少しずつ変わっていくのを感じました。「中四国制覇の実感が分からない」と言っていた2、3年生がチームの主戦力として最前線で戦う姿、初めてのリーグ戦で上回生相手に堂々とプレーする1年生、そして、ラクロスに向き合ってこなかった自分たち4年生が中四国制覇に向かって全力で挑む姿。
試合を重ねるたびに、チーム全体が一つにまとまっていくのを肌で感じました。
予選では1勝しかできなかったけれど、今のチームなら本当に中四国制覇できると確信しました。
結果は“FINAL4敗退” あっけなく終わってしまった、と正直な気持ちが胸に残ります。
試合直後の数週間は、FINAL4敗退に終わってしまった今、最後の1年、ラクロスを続けるという決断、自分が主将を務めるという決断は正しかったのか。という意味のない自問自答を繰り返していました。正直、今もふとしたときに考えてしまいます。また、今年1年は、プレー面においても、チームに十分貢献できたという実感がほとんどありませんでした。でも、それが自分の最大限だったのだと、受け入れています。全力を尽くした日々の積み重ねは、目に見える結果以上に自分を成長させてくれたと思います。
同期
4年間本当にいろんなことがあったね。問題児と言われ続けた自分たちが、本気で中四国制覇を目指すようになるとは、1年生のころは思わなかったです。いろんな場面でぶつかりあったからこそ、みんなで勝ちたいって全員が思えたんだと思う。中四国制覇したかったな。また語り合おう。
後輩
今年1年間一緒に戦ってくれてありがとう。至らない部分ばかりだったと思うけど、みんなのおかげでリーグ戦戦い抜くことができました。思ったより早く引き継がせてしまって本当に申し訳ないです。これからのみんなが楽しみです。ひとまずウィンター楽しみです!
コーチの皆様へ
ゆきほさん、今年のヘッドコーチを引き受けて下さりありがとうございました。断られ続けた時は、どうしようかと思いましたが、自分たちが目指したかったチームを作るためにはゆきほさんしかいませんでした。全員が試合に出場する機会があり、チーム全員が中四国制覇に向かって一丸となれるチームになりました。FINAL4敗退という結果に終わってしまいましたが、本気で中四国制覇を目指せるチームをつくることができて本当によかったです。
ようさん、代もかぶっていない、よく知らないであろう私たちの代のコーチを引き受けてくださってありがとうございました。断られるかもしれないとダメ元でお願いしましたが、本当にお願いしてよかったです。もっと一緒にラクロスしたかったです。
ちゃいさん、院で忙しいのにも関わらず1回生コーチを引き受けてくださりありがとうございました。人が足りず6on6もできなかった私たちに、1回生をあそこまで上達させて6on6ができるようになったのはちゃいさんのおかげです。感謝しかないです。FINL4のあとのちゃいさんの言葉には泣かされました。
最後に
4年間、ありがとうございました。
たくさんの思い出があります。ラクロス部でしか経験できなかったことがたくさんあります。いい思い出ばかりではありませんが、すべて私にとってかけがえのない財産になりました。一生の誇りです。
いつの日か、最後までラクロスを続けてよかったと胸を張って言える日を迎えられるよう、これからも成長していきたいと思います。
これからも徳島大学女子ラクロス部に応援をよろしくお願いします。
#12 しゅん



