僕の兄弟は姉・上の兄・下の兄と僕
姉は最初の子
上の兄は御曹司
僕は末っ子
三人にはそれぞれ分かり易い愛情が注がれていた。

下の兄は絵が上手なのだが小学校六年生になった頃から段々と暗い絵を描きだした
食事のとき煮物の汁をご飯に掛けるなど辛口の食事が続き出した
ついには腎臓を患い入院した。

母が小児科の先生に呼ばれた
その時の話を親父にしている言葉が襖越しに聞こえて来た
「何で暗い絵を描きだしたか分かりますか」
「何で病気になったか分かりますか」
「必死にお母さんお父さんを求めているのですよ」
母はし易い子だと思っていたからと伝えたそうだ
「し易い子でなければ自分の居場所が無かったんですよ」と一喝されたらしい。

翌日から母の態度が一変した。

下の兄がハーモニカを母に聞かせると大そうな褒め方をしていた
下の兄が冗談を云うとケラケラと笑っていた
余りに楽しそうなので僕も冗談を言って加わると「お兄ちゃんの真似やんか」と素っ気なかった
何や下の兄ばかり・・・今度は僕がすねたろか・・・
と思ったが襖越しの話を聞いていたのでそれは出来なかった。

全く単純明快な母である子供には分かり易い愛情表現がいいのかも知れない。

母は51歳と若くしてこの世を去ったが
中学卒業と共に就職した下の兄は通信高校で勉強を始めていた
周りの人達ににケチやケチやと云われながらも一生懸命お金を貯めていた
そして一人東京に旅立ち懸命に働きながら夜間高校を卒業し貯めたお金で国立大学に通った
そして30歳を余裕で過ぎた年齢で高校の先生になった
すねて生きることもなく彼の妻や娘から愛され僕らから見ても尊敬すべき兄となっていた。

法事の席で初老になった彼に小児科の先生と母の話をすると全然知らなかったようで少し驚いていた
母の愛情を純粋にそのまま受け取っていたようである
「お母ちゃん単純やったもんなあ~」というのが皆の一致した意見。

分かり易い親はええなあ~と改めて思った次第ですニコニコ