午後2時35分。
笹田美月は、掴んだ男の腕はそのままに、「パティスリー アリス」の前に立っていた。
「…?ここって…?」
男は、疑問符いっぱいの顔で美月を見る。
が、当の美月は、ガシッと、男の両肩を掴むと…
「おごるから」
一言いうなり、再び腕を掴んで引っ張っていく。
「え!?ちょっと!」
あわあわとしつつも、やはり、何故か逆らえない男を連れ、美月は、「パティスリー アリス」の扉に手を掛けた。
午後2時40分。
「パティスリー アリス」店内。
「う~わぁ……」
足を踏み入れた2人は、思わず…目を見張った。
そこには、まるでヨーロッパの片田舎にある何処かの庭園に迷い込んだかのような風景が広がっていたのである。
バラや、ビオラ、芝桜など…色とりどりの花や、各種ハーブなどの植物が、店内に溢れており、天井が高く、圧迫感がない。
更に、自然光が取り入れられるように設計されているのか、優しい光が植物達に降り注いでいる。
ところどころに鳥かごか吊るされていて、小鳥のさえずりさえ聞こえてきそうだ。
座席数自体は多くなく、ゆったりと取られていて、間には豊かな植物達がいるため、隣の話し声が気にならない…。
そんな、ある意味…贅沢な空間を見て、足が止まってしまった2人に、
「笹田様、お席にご案内します」
シンプルな白いシャツに、黒いベスト、黒いパンツに丈の長いダブリエ…といった、シンプルな格好をしたウエイターが話しかける。
「あ!すみません!思わず見とれちゃって…」
ぱっと、赤くなりながら振り返った美月に、柔らかな笑みを返し、
「それはとても嬉しいことですが…見とれているだけでは、デザートにありつけませんから、お席へどうぞ。こちらです」
茶目っ気たっぷりに言いながら、先に立ち、2人を案内して行く。
2人は顔を見合わせ、微笑み合うと、ウエイターの後をついて「庭」に足を踏み入れた…。
案内してもらった2人は、木の風合いを活かして作られたテーブルと、ゆったりと腰掛ける事が出来るよう、座面が少しゆとりを持って作られているイスにつき、改めて店内を見回す。
「こんなところに、こんな店があったなんて思わなかったな~。ここにいると、都会の真中だってこと忘れそうだ…」
「私もやっとここに来られたんだよ。予約なかなか取れなくて…大変だったんだから」
「あ~。ここに来ると、それも分かる気がする…」
「ここ、デザートも有名なんだよ。リンゴとキャラメルのタルトとか…」
美月は、そこで、ふと、大切な事を忘れていた事を思い出した。
降りた沈黙に、相手も同じことを思い出したようで…弾けるように2人揃って笑い出す。
「や、やだ。私達、お互いの名前も知らないままだね」
「ほ、ほんとだ」
結構な音量だとは思うが、豊かな植物達が優しく包み込んでくれる。
笑いの発作が収まった頃、2人は改めて向き合った。
「笹田美月です。よろしく」
「俺は、山根優吾です。こちらこそ、よろしくです。…さて、他にも聞きたいことは、沢山あるけど…注文しないことには、それこそ、デザートにありつけないから…頼んじゃいましょうか?」
「あはは。そうだね」
2人は、くすくすと笑い合うと、メニューを手に取る。
メニューは、パティスリーの名前通りデザートが中心のようだが、他にもサンドウィッチなどの軽食などもある。
ドリンクも、紅茶の種類が豊富なほか、烏龍茶やハーブティー、コーヒーやジュースなど…様々なものがあり、迷ってしまいそうだ。
メニューを見ている2人も、考えこんでいると
「何か、お手伝い出来る事はありますか…?」
声をかけてきたのは、先程2人を案内してきたウエイターである。
「えっと…メニューが沢山あって迷ってしまって…」
困り顔の美月に、ウエイターはにこやかに話しかける。
「そうですね…本日は、どういったものを召し上がりたい気分ですか…?」
美月は、少し考えてから、正直に答える。
「ここの、リンゴとキャラメルのタルトが美味しいって聞いたので、それを食べてみたいんです。それで…こういう雰囲気のお店なので、せっかくだから紅茶を頼んでみたいんですけど…結構沢山種類あるんですね…それで迷っちゃって…」
「なるほど。それでは、ストレート、レモン、ミルク…でしたら、どれがお好みですか…?」
「あ。ミルクティーが好きです」
「でしたら、アッサムなどいかがでしょう。しっかりとコクがあるタイプでしたら、濃厚なミルクティーを楽しんでいただけますよ」
「それじゃあ、それにしてみます」
「かしこまりました」
美月に笑顔を向けると、今度は山根に視線を移す。
「お客様は、どんなご気分ですか…?」
山根は、少し考えた後、答える。
「俺、実は、火を通した果物ってちょっと苦手で…。甘いモノは基本好きなんですけど…少し軽い方が嬉しいです」
「そうですね…それでしたら、軽いシフォンケーキか、シンプルにショートケーキなどいかがでしょう…?生クリームも甘さを控えたものを使用していますので、軽い口当たりが楽しんでいただけますよ」
「じゃあ、ショートケーキにします」
「かしこまりました。ドリンクはいかがいたしましょう…?」
「ん~。コーヒー…て、言いたいとこですけど、俺も、紅茶試してみたいかな…渋いのちょっと苦手なんですけど…何かオススメありますか…?」
「それでしたら…ファーストフラッシュ…春に摘まれたダージリンティーはいかがでしょうか。爽やかで、どこか花のような香りが楽しんでいただけるタイプがオススメです」
「ん。じゃあ、それにしてみます」
「はい。かしこまりました」
ウエイターは、笑みを深くすると、
「少々、お待ちください」
綺麗に一礼をして去っていく。
2人の「アリス」での時間は、こうして始まった…。
…続く。
作 このは恵。
2014年1月24日(金)掲載。
笹田美月は、掴んだ男の腕はそのままに、「パティスリー アリス」の前に立っていた。
「…?ここって…?」
男は、疑問符いっぱいの顔で美月を見る。
が、当の美月は、ガシッと、男の両肩を掴むと…
「おごるから」
一言いうなり、再び腕を掴んで引っ張っていく。
「え!?ちょっと!」
あわあわとしつつも、やはり、何故か逆らえない男を連れ、美月は、「パティスリー アリス」の扉に手を掛けた。
午後2時40分。
「パティスリー アリス」店内。
「う~わぁ……」
足を踏み入れた2人は、思わず…目を見張った。
そこには、まるでヨーロッパの片田舎にある何処かの庭園に迷い込んだかのような風景が広がっていたのである。
バラや、ビオラ、芝桜など…色とりどりの花や、各種ハーブなどの植物が、店内に溢れており、天井が高く、圧迫感がない。
更に、自然光が取り入れられるように設計されているのか、優しい光が植物達に降り注いでいる。
ところどころに鳥かごか吊るされていて、小鳥のさえずりさえ聞こえてきそうだ。
座席数自体は多くなく、ゆったりと取られていて、間には豊かな植物達がいるため、隣の話し声が気にならない…。
そんな、ある意味…贅沢な空間を見て、足が止まってしまった2人に、
「笹田様、お席にご案内します」
シンプルな白いシャツに、黒いベスト、黒いパンツに丈の長いダブリエ…といった、シンプルな格好をしたウエイターが話しかける。
「あ!すみません!思わず見とれちゃって…」
ぱっと、赤くなりながら振り返った美月に、柔らかな笑みを返し、
「それはとても嬉しいことですが…見とれているだけでは、デザートにありつけませんから、お席へどうぞ。こちらです」
茶目っ気たっぷりに言いながら、先に立ち、2人を案内して行く。
2人は顔を見合わせ、微笑み合うと、ウエイターの後をついて「庭」に足を踏み入れた…。
案内してもらった2人は、木の風合いを活かして作られたテーブルと、ゆったりと腰掛ける事が出来るよう、座面が少しゆとりを持って作られているイスにつき、改めて店内を見回す。
「こんなところに、こんな店があったなんて思わなかったな~。ここにいると、都会の真中だってこと忘れそうだ…」
「私もやっとここに来られたんだよ。予約なかなか取れなくて…大変だったんだから」
「あ~。ここに来ると、それも分かる気がする…」
「ここ、デザートも有名なんだよ。リンゴとキャラメルのタルトとか…」
美月は、そこで、ふと、大切な事を忘れていた事を思い出した。
降りた沈黙に、相手も同じことを思い出したようで…弾けるように2人揃って笑い出す。
「や、やだ。私達、お互いの名前も知らないままだね」
「ほ、ほんとだ」
結構な音量だとは思うが、豊かな植物達が優しく包み込んでくれる。
笑いの発作が収まった頃、2人は改めて向き合った。
「笹田美月です。よろしく」
「俺は、山根優吾です。こちらこそ、よろしくです。…さて、他にも聞きたいことは、沢山あるけど…注文しないことには、それこそ、デザートにありつけないから…頼んじゃいましょうか?」
「あはは。そうだね」
2人は、くすくすと笑い合うと、メニューを手に取る。
メニューは、パティスリーの名前通りデザートが中心のようだが、他にもサンドウィッチなどの軽食などもある。
ドリンクも、紅茶の種類が豊富なほか、烏龍茶やハーブティー、コーヒーやジュースなど…様々なものがあり、迷ってしまいそうだ。
メニューを見ている2人も、考えこんでいると
「何か、お手伝い出来る事はありますか…?」
声をかけてきたのは、先程2人を案内してきたウエイターである。
「えっと…メニューが沢山あって迷ってしまって…」
困り顔の美月に、ウエイターはにこやかに話しかける。
「そうですね…本日は、どういったものを召し上がりたい気分ですか…?」
美月は、少し考えてから、正直に答える。
「ここの、リンゴとキャラメルのタルトが美味しいって聞いたので、それを食べてみたいんです。それで…こういう雰囲気のお店なので、せっかくだから紅茶を頼んでみたいんですけど…結構沢山種類あるんですね…それで迷っちゃって…」
「なるほど。それでは、ストレート、レモン、ミルク…でしたら、どれがお好みですか…?」
「あ。ミルクティーが好きです」
「でしたら、アッサムなどいかがでしょう。しっかりとコクがあるタイプでしたら、濃厚なミルクティーを楽しんでいただけますよ」
「それじゃあ、それにしてみます」
「かしこまりました」
美月に笑顔を向けると、今度は山根に視線を移す。
「お客様は、どんなご気分ですか…?」
山根は、少し考えた後、答える。
「俺、実は、火を通した果物ってちょっと苦手で…。甘いモノは基本好きなんですけど…少し軽い方が嬉しいです」
「そうですね…それでしたら、軽いシフォンケーキか、シンプルにショートケーキなどいかがでしょう…?生クリームも甘さを控えたものを使用していますので、軽い口当たりが楽しんでいただけますよ」
「じゃあ、ショートケーキにします」
「かしこまりました。ドリンクはいかがいたしましょう…?」
「ん~。コーヒー…て、言いたいとこですけど、俺も、紅茶試してみたいかな…渋いのちょっと苦手なんですけど…何かオススメありますか…?」
「それでしたら…ファーストフラッシュ…春に摘まれたダージリンティーはいかがでしょうか。爽やかで、どこか花のような香りが楽しんでいただけるタイプがオススメです」
「ん。じゃあ、それにしてみます」
「はい。かしこまりました」
ウエイターは、笑みを深くすると、
「少々、お待ちください」
綺麗に一礼をして去っていく。
2人の「アリス」での時間は、こうして始まった…。
…続く。
作 このは恵。
2014年1月24日(金)掲載。