来ました、来ました。

第4話。

川波の原稿を作ることになった新人広告マンゆかりの運命は?

そして、カウンターに座っていた謎の男の正体は?

感動の求人秘話!

堂々の第4話スタート!




駅への短い帰り道。

ゆっくり歩く二人。

ゆかりはまだ勇が何者なのか少しだけ警戒していたが、

沈黙が気まずくて、様子を見るべく打って出た。


「あのおばあちゃん、いい人ですね」ジャブ。

「…あの店がなぜ借金をこしらえちまったか知ってるか?」見えない角度からフックが返ってきた。

「え?いえ…」

「昔、この界隈の店の売上げが全体的にがくんと下がった時期があったんだとよ。顧客単価を下げたチェーン店の増加や人件費の上昇が原因で。ま、30年もありゃ色々あるのが当然だわな」

「それでなんで?」

「人のいいあの店の親父さんが他の店の保証人になってな。後は三流ドラマみたいな流れだ。結局あの店以外全部つぶれちまった」

ゆかりが一瞬、言葉を失った。

その後出てきたのは、心の底からの愚痴だった。


「いい人ってなんでそう報われないんですかね」

ぽつん。しばらく言葉が夜の闇の中に一人ぼっちになる。

勇が頭を掻きながらそいつをまるで救ってあげるように言った。

「逆に考えろ。つまり、借りがある人間はたくさん居るってこった」

「借り?」

ゆかりにはまだ意味がわからなかった。



「それはそうと、お嬢ちゃんはどんな原稿を作るつもりだ?」

たまたま銀座線のホームまで一緒だったので、電車の待ち時間に勇が何気なく質問をした。

その裏にあるはずのメッセージを、

「やっぱりこの人もぶっきらぼうそうであのお店のことすごく気にしてるんだな」と汲み取って、

ゆかりは思わずクスっと笑ってしまった。


「大丈夫ですよ。さっき色々いい条件が聞けたので、そのメリットをちゃんと見やすく、効果の出る原稿にしますから」


確かにあんまりよく考えず、ゆかりは言葉を並べてしまった。

軽々しかったかもしれない。

でも、その時の勇の一瞬の表情の変化は、

今日のあっち系の人よりよっぽど怖く感じた。

驚いたゆかりが恐る恐る聞く。


「な、なんか気に障りましたか?」

「いや、何でもない。ただ、明日の原稿提案の時には俺も行くことにしたよ。楽しみにしてるぜ」

何であなたが?

そうつぶやこうとしたが、その勇気がゆかりにはなかった。

ちょうど電車も来たし。

そう自分に言い訳して、ゆかりは会社へ向かった。



真夜中の2時。原稿を完成させて、ゆかりは小さくガッツポーズした。

原稿内に使ったおばあさんの写真がゆかりに笑いかける。

「大丈夫。大丈夫です」

ゆかりは自分に言い聞かせるようにそうつぶやいて、静かに眠りに落ちた。





「お前はこの原稿で本当に人が動くと思うのか」

自信満々で原稿を見せたゆかりに待っていたのは、勇からの辛辣な一言だった。

「まぁ、こんな感じだろうと思ってたけどな。結局嬢ちゃんは誰にでも出来る仕事をただしてきたってことだ」

一瞬の身体の硬直。過剰なストレスと緊張。

色々な想いの結晶として、ゆかりの目からは涙が溢れ出てきた。

勇はそれでも続ける。


「月給20万。土日祝。中高年歓迎。未経験OK。メリットの羅列。こんなもん条件の丸写しだ。確かにお金が欲しい人は来るかもしれないが、それでこのお店はいいのか?一回しかかけられない求人。失敗は許されない。ずっと、このお店で働いてくれる人を採用しなきゃいけないんだぞ」

ゆかりはうなずくことしか出来なかった。

大切な採用。それはすごくわかっていた。

語調を緩めずに勇が言い切った。


「この原稿では駄目だ。いい人は採用できない。お嬢ちゃん、まだまだ一人前じゃないみたいだな」

ゆかりは悔しくて泣いた。泣きじゃくった。

おばあさんはただ、その様子を静かに温かく見守っていた。

勇は最後に「また来い」とだけ言った。



帰り道も、ゆかりの頭の中には勇の言葉がずっと残っていた。

「もっと素直に書け。お前が感じたことを。誰に伝えたいかを。考えろ」


何回も反芻して思い出していたら、

なんだか素敵な原稿が作れるような気がして、ゆかりは泣き止んだ。

前を向いた。

「求人広告はラブレターだと思え」

冷静になって考えてみたら、勇がそんなことを言うのがおかしくて、笑みまで出てきた。

大丈夫。私はまだ頑張れる。

いつの間にかゆかりは走り出していた。



                                            大逆転の第5話へ続く!