戯言三昧

戯言三昧

勝手気ままに思うがままに、浮かんだ事を書いちゃいます~

Z世代には 昭和がエモいらしくブームだとか...
そのせいか良く昭和に流行った物を見聞きする。
リアル世代の私はそう言えば流行ってたなぁと懐かしく感じるが、
ど真ん中で流行った歌謡曲やアイドルにはほぼ興味が無かったんで、
何処か他人事のような感覚になる。
小学高学年で漫画やアニメにハマり、
中学で西洋絵画とユーミン、オフコース、カーペンターズに傾倒
同じ頃 ハイネやヘルマン・ヘッセ、ボードレール
最後に中原中也の詩に惹かれた。
高校では美術館通いと油絵、漫画を描く事に明け暮れていた。
他にもクラッシックやロック 歴史にも興味が有り
どう時間配分して暮らしていたのかと思うほど色々同時進行でやっていた。


「昭和」と言う言葉に郷愁に近い思いは有るが、
あの時代に帰りたいとは思わない。


歴然と様々な差別が当たり前としてあった。「〜のくせに」「〜の分際で」とよくたしなめられ、
その度に幾度も悔しい思いをした。
教師からの体罰や罵声も普通にあった。
中学生の頃教師からあだ名をつけられ、そこから同級生からのからかいが始まり本当に嫌な思いをした経験がある。
もちろん 自分自身もあの頃は悪い事との認識がなく酷い物言いをしていた事もあっただろう。
だからこそ、あの時代は振り返ってキラキラした所だけを懐かしむだけで良いと思う。

思春期の頃(12~17歳くらい) よくいじめられたり 人と衝突したりした。
今思えば、自己肯定感が低いくせに、自己顕示欲が強く、
意固地になったり 素直になれなくて押し黙ったり
...と 扱いにくい人だったと思う。

とある人に「他人に好かれたいなら、まず自分が自分を好きになれる人にならないと!!
自分も好きじゃない人を誰が好いてくれる?」と言われた。
目から鱗だった...

心底心に響いた。

"情けは人の為ならず"
人に寛容であったり、親切にしたり、穏やかに接したりするのは、
全て自分の為になんだとしみじみ思う。

自分が好きでいる為に、その言葉を聞いて以来、肝に銘じて暮らしている。

最近 宗教団体の事が 何かと取り沙汰されている。

きっかけは、殺人と云う許されない事柄なのだが…

ソレとは一線を引いて思う事がある。
いわゆる新興宗教とは全く関係なく生きてきたが、
10代半ば頃、母ががんで倒れ厳しい状況に置かれていた時
突然 とある新興宗教を信仰する人が家にやって来るようになった。

「お母さんのために拝ませて欲しい」と強引に仏壇の前で拝みだしたその人は、
それ以来、夕方、私が一人の時間にやって来ては仏壇の前で拝み、
何日か経つと、私にも拝むことを強要してきた。

ご近所さんなので無下にも出来ず、少しは付き合ったが嫌で嫌で仕方なかった。
母の為と 言う大義名分を掲げられると、
こちらは態度を硬化しづらく その時間が苦痛で仕方なかった。

そして、いよいよ自分の信仰する宗教がいかに素晴らしいかを語り始めた頃には
我慢の限界が来て、父に断って欲しいと懇願し
やっとその事案から、解放された。

その時感じたのが、自分が宗教に対して無知であるが故に何も言い返せない自分の弱さだった。
その類のものは、無知や弱さや恐怖につけ込んでくる。
だったら、付け込まれないようにしなければと

だいたい、少なくとも、日本での宗教とは
今生きてる人の心を救う事に存在意義が有るんじゃないか
現世で生きている個人に恐怖や不安を煽ってどうする。
金品や時間を奪ってどうする。
そんなもの私に言わせれば、宗教でもなんでもない。

そんなのが救済とか言っている事に憤りしかない。