こんにちは!



日本特許事務サービス/日本特許事務スクール 特山令子です。



長らくお待たせしましたが、
ついに新規講座を開講する運びとなりました!




まずはこの講座の名称をお知らせしますね。






その名も、


知的財産情報書士 講座【商標】


です!!









内容をご説明する前に、
なぜ私がこの講座を作ったかをお話ししますねニコニコ







まずは、私自身のご説明をさせていただきますね。




私は、東京都生まれの43歳の女性です。
(2019年時点)




43歳なので、
大学を卒業するときには、
今でこそニュースにもとりあげられることがあり、
問題になる、
いわゆる


氷河期世代



の人間です。





当時、
さほど自分の置かれている状況がおかしいかなんて気づきもせず、
おそらく多くの就活生と同じように



自分の魅力がなく、就職先が決まらないんだ


と感じながら活動をしていました。



大学は三流大学で、取り立てて頭がいいわけでもなく、
アナウンサー並みの素晴らしい魅力的な容姿もなく、
私には、なんの取り柄もなかったんですね。






当時は
総合職と一般職と
職種が二つに分かれている時代で、


総合職は、
男性並みに働き、
転勤も厭わない代わりに、
幅広い仕事を任される責任のある職種でした。


一般職は、
転勤はない代わりに、
仕事の幅は狭く、
責任あるやりがいのある仕事をすることはない
簡単な仕事をする職種


といったイメージでした。



そして、多くの女性が一般職を希望するのが普通であった世の中でした。





ですが、
企業としては、
誰でもできる簡単な仕事を長く続けられても支払う給料が高くなるだけで困る
といった思惑が見え隠れし、


高卒や短大卒の女性の方を優先的に採用する時代でした。(初任給安いですからねニヤリ





そして、暗黙の了解として、
30歳になる手前には、
結婚して退職を望まれている
(そして、また新しい低賃金の女性を雇う)




そんな時代でした。






女性で活躍してらしたのは、
とても優秀な一部の方のみで、
もちろん、家庭を作ることを暗に否定されて、
男性並みに働けなければ、
むしろ、
男性の何倍も働かなければ、
認められないのが女性のあり方でした。



(今思えば、だからこそ、保育園の整備や、社内での育休取得が進まなかった原因かもしれませんね。その方が好都合ですね。。)





普通で、
何の取り柄もない私。




でも、
通っていた学校の教えで



これからの時代の女性は、
男性に頼らず、
手に職をつけて働く





そんな教えをもって生きていましたが、
当時の働いている女性のモデルケースは、
今で言う


小池百合子さん


であったり、


片山さつきさん


であったり、

男性と対等に戦える
優秀な女性

といったイメージで、

私のように普通の大学を出ただけの女性には、
同じ生き方をする未来はまったく見えなかったのです。





そんな中、
バブルも弾け、
山一證券の倒産を皮切りに、
当時安定の象徴だった銀行がバタバタと吸収合併して、
なくなり、
時代の流れは、確実に変わっているけれども、
実際には企業体質は変わらず、
混沌の時代となっていました。





そのような時代の中、
求められる人材像は、
男性ばかり。



自分の理想も、未来も描けていない普通の大卒の女性なんて
企業にとっては、
まったく不要な人材でした。





自分でも迷走していたので、
様々な会社を受けましたが、

圧迫面接で泣いてしまったり、
祖母の縁故で入社を頼ってみても、もちろん歯牙にもかけられず、



このままアルバイトで過ごそうかな…



なんて諦めかけていた矢先、
なんとかシステムエンジニアの二次募集にお声がかかり、
就職することができました。





当時、システムエンジニアという職種は、
まだまだ知名度ももちろんお給料も低い、
これからの分野の職業で、


それ以前は理系の大学を卒業した人間しか就職できなかったようですが、
利用者である開発依頼者が文系の大学出身が多い現状から、
コミュニケーションを円滑に行えるように、文系出身者も雇い始めていた時期でした。







(つづく)





 

 

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