以前「惚れ惚れする生き樣」という記事を
アップしたのが2ヶ月程前。

ご主人に付いてフィージー島へ行った同僚から
園にFAXが届いた
そこには近況報告が書かれていた。

何と
「キリスト教の幼稚園で働く事になった」
と言うのだ
身振り手振りで就活したらしい
「辞書片手に何とかなると思います」
とある。

私が働いている園は、キリスト教保育をしている。
彼女はクリスチャンでは無いが
うちに再就職して、キリスト教に関心を持たれていたのは知っていた。
でも、現地で就活したとは流石に驚いた
どこまでも期待を裏切る鮮やかさ。
しかもそれは恐らく
2年後の帰国と同時に復職する為の
スキルアップに他ならない

いやー、本当に無駄が無い、
無駄にしない、その生き方

まだフィージー入りして半年も経っていないのに
この展開
彼女の動向に目が離せない
教師陣である。

FAXから「さあ、迷ってる時間がもったいないよ〜
と、声が聞こえて来そうだ

そう。
また一歩、踏み出してみよう


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大迫
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お決まりの1枚


今年も夫の友人のご実家にお呼ばれして
バーベQを頂き、
直ぐ裏の河川敷で花火を堪能

降ってくるのではないかと思う程の
迫力満点の至近距離。
向こう岸には建ち並ぶ屋台の灯りが美しく
ホント、贅沢この上なし

花火が終わり戻れば
焼きそばが焼かれ、かき氷が始まる
至れり尽くせり。

こんな1日を過ごさせて頂いて
もう10年になる。
毎年花火の時期が近づくと
お誘いの知らせがポストに届く

何て暖かく、気持ちの良いご一族だろう。
親戚皆さんで準備をされ
招いてくださるのだ
そんなご一族だから、年々来訪者は増え続けている。

さて、我が家のお子達はと言えば、
娘はその日友達になった女の子やおじさんと
遊んで花火はそっちのけ
息子は、音で怖がりまくり
河川敷では最後まで見る事は出来ず

渋滞が収まる頃、一組、また二組と帰っていく。

「それでは、また来年

年に一度のお約束。
感謝です

早々と夏が終わった気分の 8月5日。
これも毎年のこと


今日、お世話になったパートの同僚が退職された
理由は、ご主人の海外医療ボランティアに同行する為だ。

場所は、フィジー諸島共和国

御年61歳

今の園に転職して来られたのが五年程前。
全く方針の違う園からの転職で
馴染んでいかれるか、周りが心配していた

しかし、あれよあれと言う間に
園の雰囲気に慣れ、
今ではなくてはならない存在になられた

そこにきて、今回の退職は
現場にとっては大きな痛手であり、ショックでもあった
でも、御本人はサッパリしたもので
「二年後には帰ってくるんだから
そのときは、再就職を宜しくお願い致します


園長も始めは「パートにはそんな規定は無いですから」
なんて言っていたものの、
自分で2年限定の代わりのパートさんを見付けてきての、熱烈アピールで
とうとう園長に
「二年後、お待ちしています」と言わしめてしまった


凄いなぁ。
なんでも、目の前にあるものを
まんま受け止めてしまう、その柔軟さ。
振り返らない潔さ。
チャンスを掴むエネルギー

ホント、惚れ惚れする

きっと2年後には、子ども達に負けない位
成長して帰国されるのだろう

負けられない!と思う自分と
敵わないなぁ、と思う自分がいる

でも。
さあ、一歩
もう一歩
彼女の生き様が、私の背中を押してくれる。

いつだったか、職場の台所で

「産後うつ も今の先生見てたら
必要な経験だったんだなー、って分かるもん。
お母さん達への寄り添い方が違うから。
先生にしか出来ない事があるんだよ

と言って下さった事が思い出される。

私も彼女のように、とはいかないまでも
しなやかで柔らかな心持ちで
生きていけたら
と、思わされる。

そうすることで
私のやりたい事はどんなカタチが良いのかが
見つかりそうな気がしている

2年後、また彼女に会うのが
既に待ち遠しい

どうぞ、お身体に気を付けて。
行ってらっしゃい








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お母さん業界新聞  ちっご版
「きらきらマミー版」
~2014.6~    より・・・


皆さんの周りに、産前または産後うつの状態にある方がおられますか?
私のケースになりますが、
友人・同僚の具体的な関わりは以下のようなものでした。

・・昼食に付き合ってもらった・・
とにかく一人でいる時間が意味も無く恐怖。週一~二回、3人の友人を交互にお願いして
一緒に昼食をとってもらった。場所は互いの自宅。

・・仕事を続けさせてもらった・・
「仕事は続けた方が良い」と心療内科で言われ、臨月前ギリギリまで出勤させてもらった。
仕事内容も完全に外されるのではなく、必要に応じて与えられた。
(結果、余計な事を考え過ぎる時間が少なくて済んだ。また、現在の復職も、この時の経験が有ったから僅かな自信が残っていたので出来た。)

・・差し入れを頂いた・・
色んな方から、その日の夜の食べるものが困らない位に差し入れを頂いた。
娘も居たので、本当に助けられた。

・・いつもと変わらない・・
いつもと変わらない接し方で、私を受け止め、見守ってくれた。
そして、「私、大丈夫?」と答え辛い質問にも「大丈夫。」と答え、幾つものプラスのコトバをくれた。

どれもこれも、私のとって外せないサポートでした。
これは、あくまで友人・同僚他によるもので家族・夫ではありません。

産前・産後うつの友人とどう付き合ったら良いか分からない・・・
と言う方に少しでも参考になれば、と思います。

それから、関わる上で心得ておいた方が良いのは
何かをしてあげても芳しい反応は『その時には』返って来ない、ということです。
頭の中に渦巻くマイナス思考が、笑顔等を妨げています。
本当は感謝しているし、嬉しいのです。
明るく接する事が出来ない自分を悔やむこともあるのです。
どうぞ気長にお願いします。
快復したら、してあげた事を恩着せがましく笑い話の種にしても
大丈夫なくらいになりますから。

ですから、こんな私の周りには今、
「良い友人(同僚諸々)」しか残っていません。
御陰様で・・・、と口ではあれこれ言いながら、
心の中では頭が上がらないのです。

ホントです(笑)

     それでは、また・・・
                  ここや香


追記
こんな状態の私を職場に置いてくれた仲間に
感謝しています。
不思議な事に、上司を始め同僚の誰もが「子ども達の前に立つと別人になる(良い意味で)」と言いっていました。
産前うつ と 教師の立場 という狭間で
何がそうさせたのかは未だ分かりません。
出来る僅かな事を必死でやるのみ、でした。

あれこれ机の中を整理していたら
1年前、娘から貰った手紙が出てきた。
学校で書いてきたもの。

実年齢を明かして直ぐの手紙だった。
(いや、そんな特別な事で
年齢をはぐらかしていたのでは無いのだけれど
「さぁ」とか、「何歳かいなー」等と
答えていた。
今思えば、要らないことだ)

その手紙が
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後半の4行に娘なりの色んな気遣いを感じて
却って、申し訳ない気持ちになった

親の勝手な見栄とプライドに付き合わせて
ごめんね

子どもにとって、本当のところでは
「母親」というものに年齢なんか求めていないのだ

が、しかし、
年齢を明かした時の
驚き、やや半笑で「何て」と、2度聞きした
娘の表情が忘れられない