あなたは少しつらそうにゆっくりと丘を登り溜息をついた。
「どうもヒザの調子の悪かごたる・・」
何気なく呟かれた軽い言葉に、どこか違和感を覚えたやりとり。
しばらくして実家に行ってみると・・。
「膠原病げな・・」
告げるあなたの笑顔は隠しきれない不安に曇っていた。
桜は散り、葉桜になっていた。
季節は流れ、病は進み、薬の副作用で間質性肺炎になるのに時間はかからなかった。
二十四時間、酸素ボンベを離せない日々・・。
「なんで俺が・・」
そう、なんで・・。
と皆が思った。
身体中をめぐる激痛に悲鳴を上げる夜中。
世話をする母にくってかかる寝起きの朝。
気性の激しいあなたが最後にさらに激しく命の灯を燃やしていそうで、時間が経つのが恐ろしかった。
六度目の桜が散る頃、もう随分と心身ともに疲れ果てていたあなたは、庭を見てぽつりとつぶやいた。
「庭に桜は植えるな。虫の付く・・」
腕をさすっていた私は黙って頷いた。
自宅で急に倒れたあなたを私は最後まで腕の中に抱いていた。
私が赤子の時にそうしてもらってたように。
必死に荒い呼吸を続け「生きること」を貫こうとするあなたの目は、身体とは裏腹に静かに何かを訴えていた。
「もうよかばい・・」
「そうやね、がんばったもんね・・」
目で行われた父子の会話は誰も気づかなかった。
心のどこかであなたの生の終焉を黙認した私がいた。
神の御手が差し伸べられ、あなたの苦痛からの解放を祈る私がいた。
その時の私の心の動きが、あなたに最後の引導を渡したのかもしれない。
親という存在への温かい慈しみの涙と、一人の人間の生を死神へと引き渡す冷徹な感情の同居。
一瞬たりとも親の死を祈った罪は私が死ぬまで背負うべき大罪なのかもしれない。
桜は小さな蕾をつけ、次の生命へのバトンの用意をしていた。
あなたの死の前日、新たな生命の芽吹きが発覚した。
耳元でのあなたへの報告は、紫の雲になる前のあなたの魂に届いていたように思う。
桜が葉を落とし、冬支度を始める頃、新たな生命が誕生した。
玄と名付けた。
気性の激しさと頑固さだけは誰かに似ている。
その後、風頭山にはまだ行けていない。
了