長い長い「ARASHI Anniversary Tour 5×20」ツアーが昨日、終わりましたね。
ホントに、ホントにお疲れ様でした。
ホントに、ホントにお疲れ様でした。
残念ながら、それでも見ることが叶わなかった方もいらっしゃるでしょうけれども、晴れて解禁となった情報が、スポーツ紙での記事で、ワイドショーでの映像で、更にSNSなどで広がって、全貌ではないにしても、ほぼほぼすべての人がご覧になられたのではないでしょうか。
私は、幸運にも、娘と二人、東京ドームで見させていただきました。
行けるかどうか分からないオーラスでしたので、行かせていただけて、ホントにホントに有り難かったです。

私のたった1人の大切な弟で…
産まれたときから、体が弱く、心臓にも障害が有りましたので、二十歳まで生きられるかどうか分からないと言われた弟でした。
それでも6歳の時に大きな手術を受け、生きられるか分からないと言われた二十歳をこえ、その後、癌を発症して再び手術しましたが、歳を重ねて…
そうして精いっぱい生きてくれましたが、今年に入って、突然意識がなくなる発作を起こしはじめ、徐々に体調が悪くなり、緊急入院。
9月の終わりごろからは飲食も出来なくなり、手厚く看護をしていただきましたが、12月3日に天に召されて行きました。
ほぼほぼ毎日毎日通った病院までの道を、もう通う必要がないんだ…
もう、体をさすって声をかけることもないんだ…
もっと出来ることはなかったのかな…
目に焼き付いている闘病していたときの姿、顔を思い出しながら、色々と思ってしまって、なかなか元のように文字を綴る事が出来ないでいました。
お友だちへの連絡も、ホントになかなか思うように出来なくて申し訳ありません。
でも、そんな私を支えて下さったのは、そんな状態でも、私をことを気遣って下さる優しいお友だちと、大好きな大野くんと、嵐さんでした。
母が…
「きっとまだ闘病中だったら、行くかどうか悩んだろうから、お姉ちゃん行っておいでってって、言うことだったのかも知れないね」って言ってくれて…
不思議と7日ごとの法要もコンサートの日程に被らなくて、行けることに感謝しながら行かせていただき、ホントに素敵であたたかくて優しい幸せな時間を過ごさせていただきました。
それぞれの想いがこもった言葉…
そんな自分のバランスを取っているって言っていた絵や作品を生み出すこと…
大きく大きくなりすぎた「嵐」…
私は、幸運にも、娘と二人、東京ドームで見させていただきました。
行けるかどうか分からないオーラスでしたので、行かせていただけて、ホントにホントに有り難かったです。


元々、マイペースだったこのブログですけれども、ホントに更新出来なくなった理由は弟の体調が悪くなった事でした。
私のたった1人の大切な弟で…
産まれたときから、体が弱く、心臓にも障害が有りましたので、二十歳まで生きられるかどうか分からないと言われた弟でした。
それでも6歳の時に大きな手術を受け、生きられるか分からないと言われた二十歳をこえ、その後、癌を発症して再び手術しましたが、歳を重ねて…
そうして精いっぱい生きてくれましたが、今年に入って、突然意識がなくなる発作を起こしはじめ、徐々に体調が悪くなり、緊急入院。
9月の終わりごろからは飲食も出来なくなり、手厚く看護をしていただきましたが、12月3日に天に召されて行きました。
ほぼほぼ毎日毎日通った病院までの道を、もう通う必要がないんだ…
もう、体をさすって声をかけることもないんだ…
もっと出来ることはなかったのかな…
目に焼き付いている闘病していたときの姿、顔を思い出しながら、色々と思ってしまって、なかなか元のように文字を綴る事が出来ないでいました。
お友だちへの連絡も、ホントになかなか思うように出来なくて申し訳ありません。
でも、そんな私を支えて下さったのは、そんな状態でも、私をことを気遣って下さる優しいお友だちと、大好きな大野くんと、嵐さんでした。
母が…
「きっとまだ闘病中だったら、行くかどうか悩んだろうから、お姉ちゃん行っておいでってって、言うことだったのかも知れないね」って言ってくれて…
不思議と7日ごとの法要もコンサートの日程に被らなくて、行けることに感謝しながら行かせていただき、ホントに素敵であたたかくて優しい幸せな時間を過ごさせていただきました。
それぞれの想いがこもった言葉…
各地での挨拶で、少しのニュアンスの差はあっても、伝えたい大筋の言葉は変わらないのでしょうけれども、今回のツアーとしては最後の言葉になるオーラスでは、特により強い気持ちを込められた言葉だった…そんな風に感じました。
大野くんの言葉には…
もう号泣せずにはいられませんでした。
休止を聞いた時から…
違う…もっとずっと前から…
もしかしたら好きになった最初から…
大野くんには芸能界って場所はあまり居心地はよくないんだろうな、ってことは感じてましたが…
大野くんの言葉には…
もう号泣せずにはいられませんでした。
休止を聞いた時から…
違う…もっとずっと前から…
もしかしたら好きになった最初から…
大野くんには芸能界って場所はあまり居心地はよくないんだろうな、ってことは感じてましたが…
辞めたいと思いながらも思い留まってくれてるのは、嵐、メンバー、ファン、大野くんを支えて下さってるたくさんの存在があったからだと思っていて…
でも、私たちが想像するよりずっとずっと、プライベートの部分では我慢したりだとか、色んなことを諦めたりだとか、神経をすり減らして続けて来て下さった事でしょう…
でも、私たちが想像するよりずっとずっと、プライベートの部分では我慢したりだとか、色んなことを諦めたりだとか、神経をすり減らして続けて来て下さった事でしょう…
そんな自分のバランスを取っているって言っていた絵や作品を生み出すこと…
それなのに大切な絵が描けなくなられてるって知ったときは…とても恐怖でした。
だからこそ、大野くんが自分の嵐としての活動を終えたい、そして事務所も辞めるつもりでおられたと言う気持ちを、激しく慟哭はしましたが、受け止めるしかないと思いましたし…
それほどまでの決意のそんな大野くんを、「休止」と言うところまで引き戻して下さった4人にはホントにホントに感謝の気持ちでいっぱいでしたが、私個人的には、その先のこと…
「待ってる」なんてことも、軽々しく言ってはいけないような、そんな想いでずっといました。
大きく大きくなりすぎた「嵐」…
自分以外のメンバーの想い、ファンの想い、事務所の方の想い、「嵐」のお仕事に関わる膨大な全ての人の想いを背負っている「嵐」…
その事をよくよく分かっておられながら、それでもそれを終えたいと思われた苦悩…
最初に切り出すことに、どれくらいの勇気が必要だったのだろうと、想像しただけで身震いする程でした。
大野くんの正直な気持ちを話してもらえて嬉しかった…
いつも、その時ではなく、ずっと後になってからしか言ってくれないけど、このタイミングで聞くことが出来てホントに嬉しかったです。
そして、同じように、翔ちゃんの、ニノちゃんの、相葉ちゃんの、潤くんの…言葉と想い、一言一句逃さぬように、耳を傾け、全身全霊で噛み締めました。
2020年12月31日の際の際まで…
1日1日、今を大切に、それこそ「命がけ」で、まだ見ぬ世界を一緒に見るために、微風ではありますが、精いっぱいの風を送りながら、嵐さんたちについていきたいです。


