むつやんは一目惚れ(つまり顔から)なのでしょっちゅうキュンキュンしてる
サトウさんは中身からなのでふとした瞬間にきゅんとくる

まあサトウさんをみてたらきゅんとくるのはあたりまえだな
私でもきゅんとする
大学生にとって社会人ってそれくらいかっこいいものだよね。
なんてったって就活を乗り越えているっていうのがすでにカッコイイ
名刺カッコイイ
スーツカッコイイ
もうすべてがかっこいい

で (社会的)年上が年下を見る目はどっちかっていうと 和む とかそういう目線だと思うんだ
ていうかわたしはそうさ
若いなあ とか 単純だなあ
とかね

だからなにといわれるとどうしようもない

鞄の中でブルルと携帯が震えたので、手に取った。それほど静かな店ではないので気にせずに電話を取る。一緒に座っている友人たちには、ごめんね、と唇だけで合図すると席を立った。

「そのにやけ顔はサトウさんだ」

「睦月キモーイ」



ええ今さっき没になったネタの一部ですが、何か?

心はほんとに震えるんだね

愛しいは苦しいに少し似てる

声をあげて泣くこともみんなきみが

おしえてくれた


きみにしか聞こえない



乙一の作品は正直言って陽だまりの詩意外は映画クソだと思うんだが(ZOOはちょっと評価してもいい)

最もクソなものに傷/KIDSがある。なぜ^^^^^^そういう^^^^^^ストーリーに^^^^^^なるかな^^^^^^^^^

ああもうウザイ。アサトがただの超能力者じゃん。ていうかぜんぜんKIDSじゃねえしwwおっさんだしww小学生の話だっただろうがぼおおおけえええええ。傷の深さも痛みも、二人割ってはんぶんこだね は、子どもがいうからよいのであって、大人が言ってたら、キモいだろう。普通に考えて。

リア充向けになるととたんに恋愛要素が入ってくるのがウザイ。なんでシホと恋愛しとんwwwwwシホ顔の傷治ったら逃亡したやんwwwwwおかしいやんwwwwwww

きみにしか聞こえない Calling youもさあ。何でオモチャの携帯にするかなあ。頭の中の携帯ってのの撮影が困難だっつうなら映画化すんじゃないわよ。だがドリカムのきみにしか聞こえないはよい。良い曲。都筑せつりの漫画も原作ファンだけあって、上手かった。

結論を言うと乙一は文章だからこそいいんだ。最近の出版映像は本当に調子こいてるとおもう。漫画で描かれると良いもの、文章だからこそ良いもの、映画が良いもの、連ドラがいいもの、ネットで読むから良いもの、適材適所があるだろうのに、何でもかんでも漫画化、映画化、漫画化、映画化、ドラマ化、アニメ化、アニメ化、ドラマ化。

バカの一つ覚えかと。

私のもっとも尊敬する小説家のひとりであるはやみねかおるだって「漫画の原作だから、漫画で映えるように書いた。小説では表現しにくいだろう」みたいなことを言っていたことがある。そういうことなんだよ。


たとえば、キャラクターがそこそこ綺麗な設定ならば小説は向かないだろう。逆に醜ければ小説が向いていると思う。ただし、綺麗過ぎるキャラクターならば小説の方が良い。たいていの漫画は中の上~上の中レベルしか表現できない。いい例が彩雲国物語。漫画に出てきた彼の素顔は正直こんなもんかというレベルだった。

また、普通の女の子、とか、そういう設定でも小説を使うべき。漫画の「普通」はカワイイので、「かわいいじゃねーかちきしょう」としか思わない。私は。その顔でもてねーとかねえよwwwwというレベル。


次に一人称で綴られる小説は映像化するべきではない。たとえば失踪HOLIDAYなんかは決して映像化してはいけないとおもう。だって「これは私が太っているからと言うわけではない。断じてそうではないのである。」(うろ覚え)のくだりがなければ失踪HOLIDAYとはいえないから。

三人称ならば映像化しても問題はないだろう。神の視点でも大丈夫だと思う。


乙一作品で陽だまりの詩のほかに唯一映像化してもいいな、と思うのはしあわせは子猫のかたちである。あれは映像化したら映えるだろうな。雪村が行った結果のみが視界に入ると言う点で。振り返ったら爪きりがぽんとおいてあったりしたら言いと思う。雪村は姿を現さないわけだし、猫が帰ってきたシーンなんかは鳥肌ものだろう。

だがここで雪村と主人公のロマンスになったらキレるがな。雪村役はいなくてよし。


あと乙一が「切なさの達人」とか言われてるのが気に食わない。てめえに何がわかるのかと。そういう人は、いわゆる「黒乙一」を読んでないんだな、と思う。



こういうことかいてると一瞬で1500文字かけるんだけどなあ