多っ少ドキドキしてる。


けど、ま、いいか。

何かあったら、

何らかのアクションが

見られる筈だから。


自重も何もせず書き連ねようかな。


つい先日ね、

日本平っていう丘に行って来たんだ、

静岡にある。


そこでするのは大抵買い物。

片道1時間半位の遠出だけど、

やる事は買い物と一緒。

毎回運が悪くて富士山見えないから、

違う事に目的を変えてたら、こうなった。


そこで、今回は

久能山っていう徳川家康の縁の

土地と日本平を結ぶ

ロープウェイの乗り場まで

足を延ばしたわけ。


そこで、自分にとって

新たな味である桜海老団子を食べたら、

桜海老そのものの、あの出汁のような味と

少しモチモチ感の足りない餅の食感で、

餅に関しては好き嫌いでるな。

と思ったけど、味は良かったと思う。



んで、苺だ苺。


苺は日本平ホテル側にある

お土産屋のような所で買ったんだけど、


いつもは抹茶餡の鯛焼きしか食べないけど、

安かったし、……安かったし。



シロップ漬けのその味が

とても美味しかった。

食べ終わってから、

ジャムにしたら、美味しいんだろうな。

とか思ってた。


新しい発見ばかりで、

やっぱり山は楽しいと思う。


麓の村とか俗世的な山の頂上は

美味しいモノ達で溢れている。



1人になって気儘だけど、

1人じゃ限界あるもんね。

良い仲間探さないと、な。




じゃあ、また。

ふと、ね。

春のクシャミと一緒に昔入ってた

サークルを思い出して、

どうしてんだろな。

って気分になった。

after care みたいな事は柄じゃないけど、

時々思い出しちゃう。


部長に言われたからかな。


でも、まあ、

思い出すのは山行だけなんだけど、ね。

山に登らないワンゲル部を

見限ったのは自身だから。


今更どうこう言えないけどさ、

順調に人集めしてるから、

そこはいいんだろうね。


最大の問題は自分にとって違うんだけど、

登る山がかち合わないかどうか。

誰が居たのかなんて顔も名前も、

人数も忘れてるから、

自分の事を忘れているか、

嫌っているかして欲しいかな。


そしたら、赤の他人だから、

何の問題もなく山に登れる。


ちょっと今回は文法どころか意味も

通らないバカな文章だけど、

このままにしとくよ。

何となく、必要だと思えるから。



じゃあ、また。

『生きる』だと足らないから

『生きている』


その前に付く言葉は全てだと思うけど、

生きている。

でいいと思う。


感情の有無はどうあれ。

存在証明の有無もなく。

是と非の区別がつかなくても。



さてと、

Friedrich Wilhelm Nietzscheは

その著書『Der Antichrist』において

北極にいると述べているけど、


何て言ったらいいのか解らないけど

自分は偶に地球上、またはこの宇宙内

より外にいる気がする。

理由として、

自分の外側から自分を見ている感じを

味わっているから。


自分を自分から切り離して、

主観と客観の境界を曖昧にして、

自分を見ているから。


でも、そうなったら、

自分は一体何処にいるんだろうねはてなマーク

ある人は

「人は人との繋がりの中に存在する」

なんて言ってたけど、

他人と繋がる自分の外にいる自分は

誰と繋がっているのかなはてなマーク


でも、生きてはいるんだよね。

感情の有無はどうあれ。

存在証明の有無もなく。

是と非の区別がつかなくても。

生きている。


生と存在は別物だろうけど、

久し振りに乖離を起こしている気がする。


懐かしめるのは良い事だよねはてなマーク



じゃあ、また