ある下書きを探していて、この日記を見つけた。
思いのままつづっていて、あとで整理しようとは思っていたのだろうけど、保存したままになってた。
私はこんなことを考えて過ごしていたのだな。
いままた、看護が必要な母親からある部分逃げているようなところがあるので、戒めのために 繰り返し読んでみようと思う。
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2015年5月 ヒデキの還暦ライヴで、
野口五郎さんが
「1回させてくれないかな」
「いいよ」
「1回だけ 恥ずかしいけど」
「なぁに?」
「今まで やったことないことだけど」
1回だけやらさせてほしいんだけど」
「抱いていいか?」
「なんだよう」
「だから1回だけだよ
人生で1回だけだよ」
「わぁったょ」
「70になっても やんないよ
一回だけだよ」
「OK」
はぐっ
「おめでとう」
「ありがとうぅ」
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セリフを拾うために VTRを見たけど、今見ると いろんな情報が入ってきているせいか、つらいというか、なんだか困る。
感情の処理に困り、目の裏が熱くなって 涙がこぼれてくる。
五郎さんの弔辞の中で この時のことが語られているけど、
五郎さんの
「大丈夫だから。ヒデキ、僕は大丈夫だからね」
という言葉の意味に思いをはせてみた。
何について大丈夫なのか・・当然わからない。
いろいろ想像をするけど
・・・
しっくりこない。
実際「僕らにしかわからない」とおっしゃっているわけだから、それについて考えたって答えは出ない。
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また近頃になって行われた、五郎さんが徳光さんとのラジオ対談
「徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー」2018.8.4 では
五郎さんが 気持ちを語っていた。
徳光さんの前で、五郎さんが秀樹さんのことを叱ってしまった、と。
秀樹さんの訃報を聞いてまず、徳光さんに連絡を取った、という五郎さんは このときのことをずっと気に病んでいたのかもしれない。
”場の空気を読まずに 話し過ぎていた” ことを 徳光さんに失礼であると叱ったらしいのだけど、
どうやら病気のせいで躁状態であったということを 当時は知らなくて・・・という。
ここからは私の推測なんだけど、いや、五郎さんの気持ちを 私がわかるわけないんだけど 私はこう感じたということをメモしておこうと思って、また後になったら、考えも見方も変わるかもしれないけど、今日 そうか、と思ったことを書きたくなった。
きっと自分たちがお世話になっている徳光さんに対してあまりにも気配りがされていないことを、理解できなかったのかもしれない。
しゃべりが俺が俺がになって、収拾がつかなくなって脱線してしまったよ
なんで?どうしたのヒデキ、だめだろう?って思った。
で、叱ったことにも嫌になって 少し疎遠になったのかもしれない。
私が五郎さんの立場だったら、距離を置いたかもしれない。
少しだけ、少しだけの違和感。
私は28歳の時にガンで父を亡くしているけど、入院していたとき、たまにしかお見舞いに行くことをしなかった。
だんだんと弱っていく様子を見るのが辛かった。
元気な姿を見せられないことを 逆に気にさせてはいけないな、プライドが高い人だし、と勝手に自分に都合の良い解釈をして、相手の立場に立ったようなわかったような言い訳をして 会いに行かなかった。
また病人は時にイライラする。人を傷つけるような言葉で攻撃もしてくる。
でも、それは病気のせい。「病気が言わせている」と思って理解する努力が必要だった。
秀樹さんも 自分の躁鬱状態をうまく処理できず苦しんだのかな。
うつ状態になったら、躁状態の時のときの自分を振り返って 思いっきり落ち込んだかもしれない。
時期は分からないけど、ご家族の前で、モノに当たったこともあったとどこかで読んだ。
(今は落ち着いてきたけど、ネットでいろんな記事を拝見した。動画も見た。だからその中もどこか。
たくさんありすぎて 今すぐには出典は調べられない)
以下、一部を引用
そして40年後、還暦パーティーで僕が「抱いていいか」。「何だよ」と言われたけど、僕はそんな君を抱きしめた。その時、君は僕のことを一瞬抱きしめ返そうとした。その瞬間に君の体の全体重が僕にかかった。それは僕にしか分からない。心の中で、「秀樹、大丈夫だよ。僕は大丈夫だからね」そう思った。それと同時に、僕の全身が震えた。こんなぎりぎりで立ってたのか。こんな状態で、ファンの皆さんの前で立ってたのか。そこまでして、立とうとしていたのか。なんてすごいやつなんだ
五郎さんがヒデキさんから感じていた違和感
なぜだかわからない不安感だったのかもしれない。
五郎さんは
あのときからずっと完治なんてしていなかった
まだ病気は治っていなかった
ずっと闘っているんだ と一瞬で感じたのかもしれない
逆に
ヒデキさんから
実はね、ずっと闘っていたんだよ
いろいろ心配かけててごめんね
嫌な思いもさせたかもしれないね
って、気持ちを伝えたのかもしれない
あの一瞬が 尊くてまぶしいのは
魂の触れ合いを目の当たりにできた瞬間だからかもしれない
五郎さんからは 「ぞうだったのかヒデキ」
ヒデキさんからは 「うまく伝えられなくてごめんな」
その上での 「大丈夫」 なのかなぁ、と私は二人の強い結びつきを感じられたような気がした
あとで、まとめなおすけど、いったん下書き。2018.8.18