今までの記事を残しつつ、自分のメモ的なことを書くことにしました。
あしからず。
2013年5月ハワイ旅行1日目 1/2
今回は、大学時代の友人の結婚式で、ハワイ島への旅行となった。
リアルタイムでは、書けなかったので、またまた、記録として残しておきたく。
ハワイは、何回か行っていたが、ハワイ島へは、今回が初めてとなる。
千歳-成田-ホノルル-コナの3回のフライトは、とても疲れた。オアフ1泊も考えたが、ホノルル空港からワイキキへ移動するのに時間がかかるので、一気にハワイ島へ行き日程をとったが、ちょっと考え物だった。
ホノルル空港から、初めて離島ハワイ島へ向かったが、ハワイアン航空の機内からワイキキがきれいに見えた。

写真が撮れなかったけど、ダイヤモンドヘッドって、カルデラだったって初めて知った。カルデラの中には、建物らしきものもあったが・・・なにがあるのだろう?!?!
40分程度で、コナ空港に到着。なんとも、空港らしからぬ建物だった。

自宅を5/12 15:00ごろに出発して、到着したのが、5/12 11:00ごろ。正味15時間の長旅だ。
ツアーオプションで、レンタカーを借りていたが、友人が、次の便とその次の便での到着で、待ち時間。
自分たち夫婦2人が、11:00到着。11:40には、今回の主役の夫妻ともう一夫婦が到着。
12:50には、やまもと(4)夫妻が、到着ってことで、ダラダラとハワイ島ののんびりした空間を楽しんでいた。
やまもと(4)夫妻が到着する前に、レンタカーをGetしに行ったが、結構、商売根性が座っていた。自分たちは、ツアー会社経由で、予約していたので、しつこく言われなかったが、主役の夫妻は、直接ダラーに申込みをしていたので、車種のアップグレードをしつこくされていた。日本語が全く通じないため、時間がかる。申込みの列が長くなるが、気にしてはいけない。
とにかく納得がいくまで、話をしなければならないことを教えられた。最後は、主役夫妻のお手伝いをして、アップグレードせずに済んだ。
ハワイ島は、オアフ島とは違って、日本語を話す人はまずいなかった。アメリカそのものなので、自分の主張を曲げずに伝えることが大切だってことをしょっぱなから実感した。
で、自分たちは、やまもと(4)夫妻を迎えに、再度、空港へ。3分ぐらいの距離だ。20分程度で、合流でき、とりあえず出発。
リアルタイムでは、書けなかったので、またまた、記録として残しておきたく。
ハワイは、何回か行っていたが、ハワイ島へは、今回が初めてとなる。
千歳-成田-ホノルル-コナの3回のフライトは、とても疲れた。オアフ1泊も考えたが、ホノルル空港からワイキキへ移動するのに時間がかかるので、一気にハワイ島へ行き日程をとったが、ちょっと考え物だった。
ホノルル空港から、初めて離島ハワイ島へ向かったが、ハワイアン航空の機内からワイキキがきれいに見えた。

写真が撮れなかったけど、ダイヤモンドヘッドって、カルデラだったって初めて知った。カルデラの中には、建物らしきものもあったが・・・なにがあるのだろう?!?!
40分程度で、コナ空港に到着。なんとも、空港らしからぬ建物だった。

自宅を5/12 15:00ごろに出発して、到着したのが、5/12 11:00ごろ。正味15時間の長旅だ。
ツアーオプションで、レンタカーを借りていたが、友人が、次の便とその次の便での到着で、待ち時間。
自分たち夫婦2人が、11:00到着。11:40には、今回の主役の夫妻ともう一夫婦が到着。
12:50には、やまもと(4)夫妻が、到着ってことで、ダラダラとハワイ島ののんびりした空間を楽しんでいた。
やまもと(4)夫妻が到着する前に、レンタカーをGetしに行ったが、結構、商売根性が座っていた。自分たちは、ツアー会社経由で、予約していたので、しつこく言われなかったが、主役の夫妻は、直接ダラーに申込みをしていたので、車種のアップグレードをしつこくされていた。日本語が全く通じないため、時間がかる。申込みの列が長くなるが、気にしてはいけない。
とにかく納得がいくまで、話をしなければならないことを教えられた。最後は、主役夫妻のお手伝いをして、アップグレードせずに済んだ。
ハワイ島は、オアフ島とは違って、日本語を話す人はまずいなかった。アメリカそのものなので、自分の主張を曲げずに伝えることが大切だってことをしょっぱなから実感した。
で、自分たちは、やまもと(4)夫妻を迎えに、再度、空港へ。3分ぐらいの距離だ。20分程度で、合流でき、とりあえず出発。
若いころの影響者
なんだか久しぶりに、松山千春のYouTubeで聞いた。
とても、懐かしかった。それと共に、自分に影響を与えた人なんだと・・・
千春の専属プロデューサーがなくなる前までは、とてもよかった。それ以降は、ちょっと違った方向に進んでしまったようだ。
歌を聴いていても、それを境にずいぶん変わった。
自分は、デビューする前のSTVラジオの「千春のひとり歌」ってコーナーが好きだった。自分の今の状況や毎週3曲作る大変さや、その当時の曲など、とても感動してた。世の中にお披露目されてない曲が沢山ある。自分はカセットに録音していたが、今はどうなっている事やら・・・
自分の道をはっきりと伝える事が、気持ち良かった。アリスやさだまさしや中島みゆきなど、いつも話に出ていて、自分とは違うと言ってたのが、印象的だった。当然、チューリップやオフコースなどのニューミュージック系とは、違うと主張していた。(今では笑える話だ)
当時の自分は、話すことが大嫌いで、主張なんて・・・もっての他。でも、憧れの千春のようになりたかった。自分の思いを世の中の人に影響を及ぼせる人になりたかった。
その前 に、自分の考えや生き方が、はっきりしてなかった。それを探し続け結果、間違った方向に進んでしまった自分の人生だった気がする。
続きは、また・・・
とても、懐かしかった。それと共に、自分に影響を与えた人なんだと・・・
千春の専属プロデューサーがなくなる前までは、とてもよかった。それ以降は、ちょっと違った方向に進んでしまったようだ。
歌を聴いていても、それを境にずいぶん変わった。
自分は、デビューする前のSTVラジオの「千春のひとり歌」ってコーナーが好きだった。自分の今の状況や毎週3曲作る大変さや、その当時の曲など、とても感動してた。世の中にお披露目されてない曲が沢山ある。自分はカセットに録音していたが、今はどうなっている事やら・・・
自分の道をはっきりと伝える事が、気持ち良かった。アリスやさだまさしや中島みゆきなど、いつも話に出ていて、自分とは違うと言ってたのが、印象的だった。当然、チューリップやオフコースなどのニューミュージック系とは、違うと主張していた。(今では笑える話だ)
当時の自分は、話すことが大嫌いで、主張なんて・・・もっての他。でも、憧れの千春のようになりたかった。自分の思いを世の中の人に影響を及ぼせる人になりたかった。
その前 に、自分の考えや生き方が、はっきりしてなかった。それを探し続け結果、間違った方向に進んでしまった自分の人生だった気がする。
続きは、また・・・
2012年10月イタリア旅行7日目 (最終日)
10/9(火)。残念な6日目から、一夜明けて、なんとか熱が上がらず、帰国できそうな感じで、目覚めた。朝食をホテルで取り、あとは「レオナルドエクスプレス」に乗って、戻るのみ。
ぐったり、疲れ果て乗車。終盤は、残念な旅行になったが、楽しい旅行も、もう終わりだ。
フィウミチーノ空港に到着後、搭乗手続き。ちょっと心配だったが、ちょうど日本人のスタッフが、対応してくれたので、スムースに事が進んだ。
で、免税手続きへ。ここでは、40分ぐらい待たされた。中国人のチェックが、非常に厳しい。購入したものをたぶん、いちいち見せなければいけないようだった。が、いざ自分たちの番では、書類を見て、「OK」って。購入したものを見せることなく終了。この違いは・・・
その書類を再度見せるか、そのまま投函するかがわからず、スタッフに聞いたが、わからずじまい。いいやぁ~、たぶんこんなかんじぃ~ってことで、投函。ちょっと不安だったが、今日(11/5)に戻って来ていた。間違ってなかったらしい。
もう疲れていたので、空港内のモノレールで、出発カウンターへ向かった。たぶん風邪のせいかとは思うが、とても喉が渇いていた。カウンター付近に、水があった。買って飲んだら、とってもうまかった。イタリアにいる間、氷入りの水を飲んだことがなかった。ここの水は、氷入りではないものも、非常に冷えていて、ウマカッタ。
喫煙スペースもめでたく見つけ、一服したら、もう搭乗だった。
ここまでは、なんとかうまう具合に進んだが、着席したあとが、アリタリアだった。何のアナウンスもなく、離陸寸前で、とどまっていた。たぶん40分ぐらいたったと思う。そこで初めてアナウンス。
機材に検査が必要なものが出たので、駐機場へ戻りって、検査をするとのこと。
戻ったら、戻ったで、何のアナウンスもなく、約2時間。問題がなかったので、離陸へ準備しますとさ。もうちょっと、アナウンスしてほしかったなぁ。
日本近くで、とっても綺麗な朝焼け?を撮影。めっちゃ綺麗だった。

この景色を取るのに、20回程度、シャッターを押したわ。
イタリア出発が遅れた結果、成田で、待ち時間がなく、あっという間に、千歳へ。15時間にフライトの後の1.5時間は、らくらくだった。
いろんな事があったイタリア旅行、楽しかった。また、rosaに会いたい・・・
ぐったり、疲れ果て乗車。終盤は、残念な旅行になったが、楽しい旅行も、もう終わりだ。
フィウミチーノ空港に到着後、搭乗手続き。ちょっと心配だったが、ちょうど日本人のスタッフが、対応してくれたので、スムースに事が進んだ。
で、免税手続きへ。ここでは、40分ぐらい待たされた。中国人のチェックが、非常に厳しい。購入したものをたぶん、いちいち見せなければいけないようだった。が、いざ自分たちの番では、書類を見て、「OK」って。購入したものを見せることなく終了。この違いは・・・
その書類を再度見せるか、そのまま投函するかがわからず、スタッフに聞いたが、わからずじまい。いいやぁ~、たぶんこんなかんじぃ~ってことで、投函。ちょっと不安だったが、今日(11/5)に戻って来ていた。間違ってなかったらしい。
もう疲れていたので、空港内のモノレールで、出発カウンターへ向かった。たぶん風邪のせいかとは思うが、とても喉が渇いていた。カウンター付近に、水があった。買って飲んだら、とってもうまかった。イタリアにいる間、氷入りの水を飲んだことがなかった。ここの水は、氷入りではないものも、非常に冷えていて、ウマカッタ。
喫煙スペースもめでたく見つけ、一服したら、もう搭乗だった。
ここまでは、なんとかうまう具合に進んだが、着席したあとが、アリタリアだった。何のアナウンスもなく、離陸寸前で、とどまっていた。たぶん40分ぐらいたったと思う。そこで初めてアナウンス。
機材に検査が必要なものが出たので、駐機場へ戻りって、検査をするとのこと。
戻ったら、戻ったで、何のアナウンスもなく、約2時間。問題がなかったので、離陸へ準備しますとさ。もうちょっと、アナウンスしてほしかったなぁ。
日本近くで、とっても綺麗な朝焼け?を撮影。めっちゃ綺麗だった。

この景色を取るのに、20回程度、シャッターを押したわ。
イタリア出発が遅れた結果、成田で、待ち時間がなく、あっという間に、千歳へ。15時間にフライトの後の1.5時間は、らくらくだった。
いろんな事があったイタリア旅行、楽しかった。また、rosaに会いたい・・・
2012年10月イタリア旅行6日目
10/8(月)。ローマのがっかりした気分と共に、体調がいまいちな朝。
喉が痛い。ヤバイ。かみさんが、しっかりと病院の薬を持ってきてくれていた。ありがたい話だ。たぶん、相当疲れていたんだと思う。でも、観光できる最後の日だから、頑張らんと・・・
まずは、オンライン予約を取っていたバチカンへ。

予約を取っていなかったら、2時間程度は列に並ばなければ、ならなかったようだ。やたらと列が長かったのが印象的だった。
美術館は、圧倒的な迫力だった。

時間が経つとだんだん印象が薄くなるのが、悲しいけど・・・
美術館を抜け、ドーモへ行く際には、「最後の審判」を背にして、右側の出口へ。そうすると手荷物チェックが、省略され長蛇の列に並ばなくていい。
ミケランジェロの「最後の審判」の部屋では、壁際に座り、ずいぶん長く見上げていた気がする。撮影が禁止されていたので、写真データがないけど、ココは、しっかりと見た方がいいと感じた。
さて、ドーモ頂上への途中、感動したのが、地上で行われているミサ?らしきもの。

良くわからなかったけど、なんだか感動した。そこから、長い長い階段。でも、頂上につけば、素晴らしい景色が見えると思えば・・・がんばんべぇ~

ステキな景色を見る事が出来た。ノルウェー人の方とも、ステキな会話が出来た。
残念なことに、体調がだんだん悪くなってきた。ドーモを降りて、トイレ休憩時にかみさんに、「とりあえずホテルにもどろぅ」って言われて、とても助かった。戻る前に、昼食。

地下鉄で、ホテルに。戻った時には、グッタリ。かみさんには、本当に申し訳ないけど、寝ることにした。予定は、スペイン広場などを歩いてみる予定だった。
いつもの扁桃腺らしき状態だったので、このまま続くと帰りの飛行機がヤバイのではと。夕方、目を覚ますと、汗びっしょりだった。それで、かみさんが一人で、下着 or Tシャツを一人で買いに行ってくれた。本当に、感謝、感謝だ。自分は、どうにも出来ない状態で、19:00ぐらいに起きたら、こんな食事が待っていた。

めっちゃ、うまかった。たぶん、この食事でワインありで、€20を越えてないとのこと。
昨日のレストランは、何だったのか?まぁ~、ココはローマだから、しょうない、しょうない。
かみさんには、本当に感謝してる。最後のゆっくりと観光出来る日に、午後は看病になってしまって・・・
明日は、最終日。でも、朝早くに、ホテルを出発して空港だぁ~。
喉が痛い。ヤバイ。かみさんが、しっかりと病院の薬を持ってきてくれていた。ありがたい話だ。たぶん、相当疲れていたんだと思う。でも、観光できる最後の日だから、頑張らんと・・・
まずは、オンライン予約を取っていたバチカンへ。

予約を取っていなかったら、2時間程度は列に並ばなければ、ならなかったようだ。やたらと列が長かったのが印象的だった。
美術館は、圧倒的な迫力だった。

時間が経つとだんだん印象が薄くなるのが、悲しいけど・・・
美術館を抜け、ドーモへ行く際には、「最後の審判」を背にして、右側の出口へ。そうすると手荷物チェックが、省略され長蛇の列に並ばなくていい。
ミケランジェロの「最後の審判」の部屋では、壁際に座り、ずいぶん長く見上げていた気がする。撮影が禁止されていたので、写真データがないけど、ココは、しっかりと見た方がいいと感じた。
さて、ドーモ頂上への途中、感動したのが、地上で行われているミサ?らしきもの。

良くわからなかったけど、なんだか感動した。そこから、長い長い階段。でも、頂上につけば、素晴らしい景色が見えると思えば・・・がんばんべぇ~

ステキな景色を見る事が出来た。ノルウェー人の方とも、ステキな会話が出来た。
残念なことに、体調がだんだん悪くなってきた。ドーモを降りて、トイレ休憩時にかみさんに、「とりあえずホテルにもどろぅ」って言われて、とても助かった。戻る前に、昼食。

地下鉄で、ホテルに。戻った時には、グッタリ。かみさんには、本当に申し訳ないけど、寝ることにした。予定は、スペイン広場などを歩いてみる予定だった。
いつもの扁桃腺らしき状態だったので、このまま続くと帰りの飛行機がヤバイのではと。夕方、目を覚ますと、汗びっしょりだった。それで、かみさんが一人で、下着 or Tシャツを一人で買いに行ってくれた。本当に、感謝、感謝だ。自分は、どうにも出来ない状態で、19:00ぐらいに起きたら、こんな食事が待っていた。

めっちゃ、うまかった。たぶん、この食事でワインありで、€20を越えてないとのこと。
昨日のレストランは、何だったのか?まぁ~、ココはローマだから、しょうない、しょうない。
かみさんには、本当に感謝してる。最後のゆっくりと観光出来る日に、午後は看病になってしまって・・・
明日は、最終日。でも、朝早くに、ホテルを出発して空港だぁ~。
2012年10月イタリア旅行5日目 2/2
そんなこんなで、ローマ テルミニ駅到着。ここで、NEXUS7が、活躍。どうも、道が事前調査と違う感じ。再度、google mapで確認して、間違いない道を発見。HOTEL Atlantico。フロントの人が、初めて日本語を話した。さすが、ローマだけあって日本人が多いんだろうな。でも、ちょっとつまんない気分に。
少し休憩して、昼食へ向かった。その前に、ホテル近くのレストランをネットで調べ夕食をそこで食べようと思っていたので、訪問して予約。La Gallina Bianca(Via Antonio Rosmini, 9, Rome, Italy)ここが、あとで、大変なことに・・・
まぁ~、予約できたから夕食は安心と思い、フォロ・ロマーノ方面に。なんだか軽く食事が出来そうなお店を発見。

お店の名前が、わからんかった。なが~~いpizzaを切り分けて売ってくれるお店だった。「どのくらいいる?」ってサイズをいろいろ見せてくれた。とっても親切で、リーズナブルかつ、美味しかった。TV中継でサッカーが流れていたが、ザックが、地元の試合を観戦していたようだ。ローマVS?だったようだ。久しぶりにトッティの姿を見たわ。

自分は、キノコのpizzaで、手前が、かみさんのトマトとモッツァレラ。旨かった!!
腹ごしらえが出来、さぁ~フォロ・ロマーノへ・・・とおもいきや、かみさんがトイレに行きたくなってしまい、困ったいたところ、路上にもお客を入れているお店で、トイレGET!お客のふりして、トイレを借りてしまった。
事前調査では、フォロ・ロマーノとコロッセオは、共通入場券で、コロッセオの入場券売り場は、混んでるので、フォロ・ロマーノで買うと良いとのことだった。正解だった。10分程度で、購入して、フォロ・ロマーノの中へ。ここは、歴史をちゃんと勉強してなければ、何がなんだかわからんぞぉ~。

今年だったかレディーガガがココでコンサートをしたらしい。とにかく、スゴイって感じ。もうちょっと勉強しておけばよかった。反省・・・
次は、コロッセオ。

予想通り、入場券売り場は、長蛇の列。良かった。調べておいて・・・
ココは、さすがに日本人が結構いた。たぶん、ツアーの人が、ローマで、フリーになり訪れているのではと思う。なぜそう思うかと言うと、たまたま隣になったアジア系の親子が、日本語をしゃべっているのをかみさんが、気づき、「写真撮りましょうか?」と声をかけるとうれしそうに「2人の写真が一枚もないの。うれしです」って。イタリアでは、カメラを渡すと取られてしまうって、よく言われてるので、たぶん、忠実にその親子は守っていたんだろう。自分たちは、人を見て結構、カメラを預けて、二人の写真を撮ってもらっていた。預ける人をちゃんと見ていれば、問題はないと感じていた。親切そうに声をかけてくる人はNGな感じがした。
コロッセオをあとにして、次は、パンテオンへ。紀元前の建物だ。

日曜日と言うこともあったスッゴイ人。噴水前で、休憩して、次は、我が家でも飾っているナボーナ広場へ。とても、ありがたいことに家を建てたときに「ふじき(5)」にいただいた。ちょうど、店に飾っていたものを外さなければならいことになってしまったとのことで、いただいた。
たぶんA0ぐらいの大きさで、版画である。ここも、人だかり。

版画の元を見れて、良かったということで、次は、トレビの泉へ。

左半分が、修復工事中ってことで、ちと残念。2人とも疲れ果て、地下鉄で、ホテルへ戻った。
さぁ~、お楽しみの夕食。La Gallina Biancaへ。が、が、が、とても、残念なお店だった。
サラダ、アマトリチャーナ、羊の料理を頼んだが、ほぼ同時に全てが出てきた。なんじゃコリャ。サラダは、切れ端が、赤く変色。アマトリチャーナは、ゆで上げたものを温めた感じ。羊料理は、豚バラ肉のような薄さなのに€18。お店を見ていると中国人客が、待てども、待てども、何も出てこないので、帰ってしまったように見えた。自分たちも、結構、劣悪な席だった。残念なことにサービス料が20%となっていた。さすがに、頭にきて、精算時に、文句を言った。20%のサービスを受けていない。払えないと。やり取りをしているうちに、それは、税金だと言い始めた。この話は、サイト「トリップアドバイザー」にも、載っていた。(英語だが)
自分も、言葉が不自由なので、3分程度の交渉であきらめたが、二度と行かない。ローマは、こんなもんなんだろうと。日本時の口コミ情報では、いいこと書いてあったが、みんな騙されてないのでしょうか?ココのお店で、ハウスワイン1本で、€16。フィレンツェ、ポッツオーリでは、€8。倍の値段って日本では、ありえない。けど、そんなもんなのかも・・・
ここのお店で頼んだのは、ハウスワイン1本、水1本、サラダ1つ、アマトリチャーナ1つ、羊肉料理1つで、合計€72.25.
ローマでは、外食しないほうがいいのかも・・・これに懲りて、次の日は、スーパーの惣菜でした。めっちゃうまかった。
食事は、旅行の肝だよね。
少し休憩して、昼食へ向かった。その前に、ホテル近くのレストランをネットで調べ夕食をそこで食べようと思っていたので、訪問して予約。La Gallina Bianca(Via Antonio Rosmini, 9, Rome, Italy)ここが、あとで、大変なことに・・・
まぁ~、予約できたから夕食は安心と思い、フォロ・ロマーノ方面に。なんだか軽く食事が出来そうなお店を発見。

お店の名前が、わからんかった。なが~~いpizzaを切り分けて売ってくれるお店だった。「どのくらいいる?」ってサイズをいろいろ見せてくれた。とっても親切で、リーズナブルかつ、美味しかった。TV中継でサッカーが流れていたが、ザックが、地元の試合を観戦していたようだ。ローマVS?だったようだ。久しぶりにトッティの姿を見たわ。

自分は、キノコのpizzaで、手前が、かみさんのトマトとモッツァレラ。旨かった!!
腹ごしらえが出来、さぁ~フォロ・ロマーノへ・・・とおもいきや、かみさんがトイレに行きたくなってしまい、困ったいたところ、路上にもお客を入れているお店で、トイレGET!お客のふりして、トイレを借りてしまった。
事前調査では、フォロ・ロマーノとコロッセオは、共通入場券で、コロッセオの入場券売り場は、混んでるので、フォロ・ロマーノで買うと良いとのことだった。正解だった。10分程度で、購入して、フォロ・ロマーノの中へ。ここは、歴史をちゃんと勉強してなければ、何がなんだかわからんぞぉ~。

今年だったかレディーガガがココでコンサートをしたらしい。とにかく、スゴイって感じ。もうちょっと勉強しておけばよかった。反省・・・
次は、コロッセオ。

予想通り、入場券売り場は、長蛇の列。良かった。調べておいて・・・
ココは、さすがに日本人が結構いた。たぶん、ツアーの人が、ローマで、フリーになり訪れているのではと思う。なぜそう思うかと言うと、たまたま隣になったアジア系の親子が、日本語をしゃべっているのをかみさんが、気づき、「写真撮りましょうか?」と声をかけるとうれしそうに「2人の写真が一枚もないの。うれしです」って。イタリアでは、カメラを渡すと取られてしまうって、よく言われてるので、たぶん、忠実にその親子は守っていたんだろう。自分たちは、人を見て結構、カメラを預けて、二人の写真を撮ってもらっていた。預ける人をちゃんと見ていれば、問題はないと感じていた。親切そうに声をかけてくる人はNGな感じがした。
コロッセオをあとにして、次は、パンテオンへ。紀元前の建物だ。

日曜日と言うこともあったスッゴイ人。噴水前で、休憩して、次は、我が家でも飾っているナボーナ広場へ。とても、ありがたいことに家を建てたときに「ふじき(5)」にいただいた。ちょうど、店に飾っていたものを外さなければならいことになってしまったとのことで、いただいた。
たぶんA0ぐらいの大きさで、版画である。ここも、人だかり。

版画の元を見れて、良かったということで、次は、トレビの泉へ。

左半分が、修復工事中ってことで、ちと残念。2人とも疲れ果て、地下鉄で、ホテルへ戻った。
さぁ~、お楽しみの夕食。La Gallina Biancaへ。が、が、が、とても、残念なお店だった。
サラダ、アマトリチャーナ、羊の料理を頼んだが、ほぼ同時に全てが出てきた。なんじゃコリャ。サラダは、切れ端が、赤く変色。アマトリチャーナは、ゆで上げたものを温めた感じ。羊料理は、豚バラ肉のような薄さなのに€18。お店を見ていると中国人客が、待てども、待てども、何も出てこないので、帰ってしまったように見えた。自分たちも、結構、劣悪な席だった。残念なことにサービス料が20%となっていた。さすがに、頭にきて、精算時に、文句を言った。20%のサービスを受けていない。払えないと。やり取りをしているうちに、それは、税金だと言い始めた。この話は、サイト「トリップアドバイザー」にも、載っていた。(英語だが)
自分も、言葉が不自由なので、3分程度の交渉であきらめたが、二度と行かない。ローマは、こんなもんなんだろうと。日本時の口コミ情報では、いいこと書いてあったが、みんな騙されてないのでしょうか?ココのお店で、ハウスワイン1本で、€16。フィレンツェ、ポッツオーリでは、€8。倍の値段って日本では、ありえない。けど、そんなもんなのかも・・・
ここのお店で頼んだのは、ハウスワイン1本、水1本、サラダ1つ、アマトリチャーナ1つ、羊肉料理1つで、合計€72.25.
ローマでは、外食しないほうがいいのかも・・・これに懲りて、次の日は、スーパーの惣菜でした。めっちゃうまかった。
食事は、旅行の肝だよね。
2012年10月イタリア旅行5日目 1/2
10/7(日)。とても素敵な街と友、Pozzouliとrosa e sandroとのお別れの日。朝食は、rosaに教えてもらったお店に。

日曜なのに、すごく混んでいた。bar方式らしく、店舗に向かって左が、食べ物。右が飲み物。どうやってオーダーするんだぁ~。わからんから、頼んじゃえぇ~。食べ物は、ドルチェやパンがあり、自分は、クロワッサンをオーダー。かみさんは、ババっていうナポリ名物のお菓子。「飲み物は?」って聞いたら、「あっちだよ」って、ボディーランゲージで教えてくれた。レシートもなく、不安になりながら、バリスタに「カフェマッキアート2つ」と。そこで、立って食べるのが、bar風らしく、腹を満たした。で、会計が、わからん。レジが、入り口付近にあり、そこへ行くしかなく、どうなるんだろうと不安になりながら、レジに。フードのお姉さんが、「なに飲んだ?」って聞かれたので、「カフェマッキアート2つ」って答えると、食べたものを覚えているらしく、正しく精算できた。不思議なシステムだと感心した。

ホテルの正面の画像だが、本当にホテルらしくない。でも、一生の記念になる滞在だった。
rosa e sandroが、最後に荷物が重いだろうから、ホテルまで迎えに来てくれると前日、言ってくれたので、スーツケースを両手に、駐車場の門を開けると待っていてくれた。歩けば、5分強ってところだが、本当にありがたく感謝した。
最後の別れは、とても悲しかった。たかだか2日ちょっとの交流なのだが、どうしてこんなに悲しくなるのか・・・「ウルルン滞在記」は、やはり本当の涙だったんだろう。素晴らしいPozzuoli滞在、ありがとう。rosa e sandro、日本で待っています。
そんなこんなで、napoli到着。ユーロスターで、romaへ。チケットを買っていなかったため、自販機へ向かったが、なんだかわからんし、ジプシーらしき人が、親切そうに教えてくれそうになる。これは、危ないと・・・
窓口に並ぶといいかもと並んでみたが・・・どうやら、日本の銀行のように番号札を取らなければならんようだった。これでは、わからん。
再度、安全そうな自販機で、チャレンジ。おぉ~、ちゃんと買えたよ。と、喜んだのも、つかのま。隣の席を取ったはずが、号車、席番が全く違うじゃないの。こりゃ大変。とっても、焦った。
最後の手段、日本にいるGiovaに連絡と思ったが、日本は、まだ朝が開けてない。ヤスにかけたが、繋がらず。時間が、どんどん迫ってくる。しゃ~ない、駅係員に聞くしかない。で、聞いた。状況を伝えたつもりだが、チケットをみて判断してもらったようで、「とりあえず、乗車して、待て。その席に誰も座らなかったら、隣の席に座って行け」らしきことを言われた。イタリアでは、良くあるコトらしい。覚悟を決めて、乗車し、駅員の言っていることを無視して、隣同士で座っていた。が、ピンチ。ただし席番号の人が来ちゃった。チケットをその紳士らしき人に見せたら、「OK,OK,ここに座っていいぞ」らしきお言葉。で、チケットを見て、号車は違うのに、席番号だけ見て、その番号の席座ってくれた。号車が違うので、その席の乗客が来たら、また、もめちゃうんだろうなぁ~って、ドキドキ。
そんなことをしていると斜め向かいの乗客が、席が違っていたらしい。ネット予約の紙を見るとItaloのチケットだ。余計な事は、言わないほうがいいと思って見ていた。その人は、隣のBOXに移ったが、また、その席の正しいチケットを持った人が現れた。そこで、そのチケットが、Italoだってことに指摘されて、その乗客は、係員に相談に行ったらしい。いま、乗っているのは、ユーロスターだ。そんなトラブルを見ていたら、出発時刻になり、席を譲ってくれた紳士のところには、本当の乗客は現れなかった。ナポリからローマの乗車なので、途中で止まる駅はない。降車までは、問題が起きないはずとやっと、心落ち着いた。でも、イタリアは、こんなもんなんだろうかねぇ~。

日曜なのに、すごく混んでいた。bar方式らしく、店舗に向かって左が、食べ物。右が飲み物。どうやってオーダーするんだぁ~。わからんから、頼んじゃえぇ~。食べ物は、ドルチェやパンがあり、自分は、クロワッサンをオーダー。かみさんは、ババっていうナポリ名物のお菓子。「飲み物は?」って聞いたら、「あっちだよ」って、ボディーランゲージで教えてくれた。レシートもなく、不安になりながら、バリスタに「カフェマッキアート2つ」と。そこで、立って食べるのが、bar風らしく、腹を満たした。で、会計が、わからん。レジが、入り口付近にあり、そこへ行くしかなく、どうなるんだろうと不安になりながら、レジに。フードのお姉さんが、「なに飲んだ?」って聞かれたので、「カフェマッキアート2つ」って答えると、食べたものを覚えているらしく、正しく精算できた。不思議なシステムだと感心した。

ホテルの正面の画像だが、本当にホテルらしくない。でも、一生の記念になる滞在だった。
rosa e sandroが、最後に荷物が重いだろうから、ホテルまで迎えに来てくれると前日、言ってくれたので、スーツケースを両手に、駐車場の門を開けると待っていてくれた。歩けば、5分強ってところだが、本当にありがたく感謝した。
最後の別れは、とても悲しかった。たかだか2日ちょっとの交流なのだが、どうしてこんなに悲しくなるのか・・・「ウルルン滞在記」は、やはり本当の涙だったんだろう。素晴らしいPozzuoli滞在、ありがとう。rosa e sandro、日本で待っています。
そんなこんなで、napoli到着。ユーロスターで、romaへ。チケットを買っていなかったため、自販機へ向かったが、なんだかわからんし、ジプシーらしき人が、親切そうに教えてくれそうになる。これは、危ないと・・・
窓口に並ぶといいかもと並んでみたが・・・どうやら、日本の銀行のように番号札を取らなければならんようだった。これでは、わからん。
再度、安全そうな自販機で、チャレンジ。おぉ~、ちゃんと買えたよ。と、喜んだのも、つかのま。隣の席を取ったはずが、号車、席番が全く違うじゃないの。こりゃ大変。とっても、焦った。
最後の手段、日本にいるGiovaに連絡と思ったが、日本は、まだ朝が開けてない。ヤスにかけたが、繋がらず。時間が、どんどん迫ってくる。しゃ~ない、駅係員に聞くしかない。で、聞いた。状況を伝えたつもりだが、チケットをみて判断してもらったようで、「とりあえず、乗車して、待て。その席に誰も座らなかったら、隣の席に座って行け」らしきことを言われた。イタリアでは、良くあるコトらしい。覚悟を決めて、乗車し、駅員の言っていることを無視して、隣同士で座っていた。が、ピンチ。ただし席番号の人が来ちゃった。チケットをその紳士らしき人に見せたら、「OK,OK,ここに座っていいぞ」らしきお言葉。で、チケットを見て、号車は違うのに、席番号だけ見て、その番号の席座ってくれた。号車が違うので、その席の乗客が来たら、また、もめちゃうんだろうなぁ~って、ドキドキ。
そんなことをしていると斜め向かいの乗客が、席が違っていたらしい。ネット予約の紙を見るとItaloのチケットだ。余計な事は、言わないほうがいいと思って見ていた。その人は、隣のBOXに移ったが、また、その席の正しいチケットを持った人が現れた。そこで、そのチケットが、Italoだってことに指摘されて、その乗客は、係員に相談に行ったらしい。いま、乗っているのは、ユーロスターだ。そんなトラブルを見ていたら、出発時刻になり、席を譲ってくれた紳士のところには、本当の乗客は現れなかった。ナポリからローマの乗車なので、途中で止まる駅はない。降車までは、問題が起きないはずとやっと、心落ち着いた。でも、イタリアは、こんなもんなんだろうかねぇ~。
2012年10月イタリア旅行4日目 2/2
予定通り10:00にはrosaが迎えに来てくれていたが、フロントもないこのホテルでは、セキュリティ解除番号を知らないと入れないのだ。でも、昨日は、門が開いてたなぁ~。開いてなかったら、どうしたんだろ~ って、ちょっと怖くなった。
ともあれ、pozzuoli駅からMETRO地下鉄に乗ってMontesaanto駅まで。駅をでてすぐに、ロープーウェイの駅があった。
そこから、現地の人で活気づいた商店街 「ビニャゼッカ通り」をブラブラと。




威勢の良い声が、飛び交っていて楽しかった。「スパッカナポリ」と十字に交わっている「ビニャゼッカ通り」だが、写真のように、狭い通りが、次々に交わっている。rosaの話では、この辺は、スペイン人が多いんだとか。
で、次には、rosaが働いていた市役所。

次に、「ガッレリア・ウンベルトⅠ」。「王宮」。「サンフランチェスコ・ディ・パオラ聖堂」。「ヌウォーボ城」(写真)。

お次は、「卵城」。

とにかく何でもかんでも、デカイ。デカイと言うことは、歩くと遠いってこと。卵城からの景色が、とっても綺麗だったが、岸壁から、卵城の上まで歩くのも、結構シンドイ。

ヌウォーボ城では、結婚式をしていたが、卵城では、結婚式後の写真撮影をしていた。石の上を歩いていて結構、大変そうだった。
ここら辺の景色は、とても綺麗で、海岸線に沿って高級ホテルが、立ち並んでした。土曜日と言うことで、タクシー以外は、通行止めになっていた。そうそう、海水浴してる人もいたわ。10月なのに・・・びっくり。
で、お昼時間も、とっくに過ぎていたが、rosaが連れて行きたいって言ってる店Antica Pizzeria「BRANDI」が、近くだと言うので、もうちょっと歩くことに。
rosaも、はっきりとした場所がわかっていなかったらしく、人に聞きながらの到着。が、が、予約をしていなかったため、30分待ちとのこと。いやいや、ココで、待たなきゃ絶対ソンだと思って、待つことにした。が、やはりイタリアだ。「30分後に、来い」とのことで、再度、商店街をブラブラと。
で、30分後に、お店に行くと、すぐに席に案内された。話をしていたら、この店は、マリゲリータ発祥の店とのこと。これは、待って食べることにして、良かった。札幌で、マルゲリータとマリナーラしかないピザ屋さんがあり、マルゲリータの由来などを聞いていたので、感動した。
マルゲリータ王妃に、出したピザを大変気に入ってくれたので、王妃の名前を付けたそうだ。
その原点のお店なんだ。

rosaとかみさんは、マルゲリータ。

なぜだか自分は、リピエーノ(包み焼きピッツア)。

むちゃくちゃ、美味しかった。今まで食べた中で、一番だった。感動したわ。でも、今になってちょっと後悔してる。なぜ、マルゲリータを頼まなかったんだろうと。1枚は、かみさんからもらって食べた。それも、すごく美味かった。生地に味わいがあるっていうのか、焼き方が絶妙なのか、チーズがうまいのか・・・いやいや、生地と焼くための窯が良いのだろう と言うことにしておこう。とにかく美味かった。
残念なことに、15:00近かったため、夜にはrosaの手料理があるので、ミミの部分を残してしまった。それほど、1枚で腹いっぱいになるピザだ。
美味しかった食事を終え、そろそろ戻りましょうかって、ことでブラブラしていたら、「VICOLETTO S.ARPINO」って、非常に感じの良い景観をパチリ。

写真の撮り方がダサかったようだが、この景観を絵に描いて、売っている人が多かったので、たぶん有名な場所なのでしょう。
16:00過ぎには、pozzuoliに戻り、いったんrosaを別れ20:30にrosa宅に伺う約束。自分たちは、ホテルへ。私のお気に入りのテラスで、少し休憩。せっかくなので、pozzuoliのドーモあたりに散歩に行くことにした。ちょっとした広場などがあり、出店?なども、たくさん出ていた。人も結構いたなぁ。で、なぜかしら、また、ジェラートを食べてしまった。ここの街では、英語はまず通じない。なので、かえって楽しくなってきた。出店の瀬戸物屋さんで、エスプレッソにいい感じのカップを発見。クワント コスタ?(いくら?)って聞いたら、聞こえた感じが「ウネウロ チンクワンタ」?????の顔をしていたら、紙に書いてくれた。€1,50だった。
「ウーノ エウロ」が、合体して、「ウネウロ」と言うんだ。こんな些細なことが、とっても楽しい。
広場では、サッカーをしている子供たち。その子たちの話しているイタリア語を聞き取ろうとすることも、楽しかった。
楽しい散歩も、日が暮れ始めたので、ホテルに戻ることに。約束の時間にrosa宅へ。やはり日が暮れるとちょっと怖い感じ。無事に到着。ご馳走を用意してくれていた。
タコのスパゲッティ。

白身魚のフリッタ、人参と青野菜。と具体的な名称ではなくなってしまうのは、聞いたんだけど、覚えきれてないんだ。

この魚は、手で頭を落とし、手で腹から裂いて背骨を簡単に取れるものだった。かみさんに魚の名前聞いてわかったら、追記します。
この後に、フルーツ、ドルチェをいただいた。飲み物は、白ワイン、グラッパ。
辞書片手に(かみさんだが)、いろいろと話をした事が、財産になった気がする。sandroは、メガネを6個持っているって話が、とても盛り上がった。

短い時間なんだが、とても名残惜しい。まだまだ、話をしたい。ちゃんと話が出来もしないのに・・・さすがに23:30ごろには、おいとました。なんだか悲しかった。
帰りは、土曜日だったことで、そうだったのか、道路がとっても混んでいた。ホテル近くの映画館あたりも人がたくさん。車から「中国人だぁ~」って言われたことが、最高の夜がちょっとだけ傷ついた。ホテルに戻り、また、お気に入りのテラスで、ボーっとしていたら、街の活気ある音が聞けた。野外コンサート的な音。楽しく談笑している声。週末のゆったりとした時間を感じた。
素晴らしい一日だった。明日は、ローマだ・・・
ともあれ、pozzuoli駅からMETRO地下鉄に乗ってMontesaanto駅まで。駅をでてすぐに、ロープーウェイの駅があった。
そこから、現地の人で活気づいた商店街 「ビニャゼッカ通り」をブラブラと。




威勢の良い声が、飛び交っていて楽しかった。「スパッカナポリ」と十字に交わっている「ビニャゼッカ通り」だが、写真のように、狭い通りが、次々に交わっている。rosaの話では、この辺は、スペイン人が多いんだとか。
で、次には、rosaが働いていた市役所。

次に、「ガッレリア・ウンベルトⅠ」。「王宮」。「サンフランチェスコ・ディ・パオラ聖堂」。「ヌウォーボ城」(写真)。

お次は、「卵城」。

とにかく何でもかんでも、デカイ。デカイと言うことは、歩くと遠いってこと。卵城からの景色が、とっても綺麗だったが、岸壁から、卵城の上まで歩くのも、結構シンドイ。

ヌウォーボ城では、結婚式をしていたが、卵城では、結婚式後の写真撮影をしていた。石の上を歩いていて結構、大変そうだった。
ここら辺の景色は、とても綺麗で、海岸線に沿って高級ホテルが、立ち並んでした。土曜日と言うことで、タクシー以外は、通行止めになっていた。そうそう、海水浴してる人もいたわ。10月なのに・・・びっくり。
で、お昼時間も、とっくに過ぎていたが、rosaが連れて行きたいって言ってる店Antica Pizzeria「BRANDI」が、近くだと言うので、もうちょっと歩くことに。
rosaも、はっきりとした場所がわかっていなかったらしく、人に聞きながらの到着。が、が、予約をしていなかったため、30分待ちとのこと。いやいや、ココで、待たなきゃ絶対ソンだと思って、待つことにした。が、やはりイタリアだ。「30分後に、来い」とのことで、再度、商店街をブラブラと。
で、30分後に、お店に行くと、すぐに席に案内された。話をしていたら、この店は、マリゲリータ発祥の店とのこと。これは、待って食べることにして、良かった。札幌で、マルゲリータとマリナーラしかないピザ屋さんがあり、マルゲリータの由来などを聞いていたので、感動した。
マルゲリータ王妃に、出したピザを大変気に入ってくれたので、王妃の名前を付けたそうだ。
その原点のお店なんだ。

rosaとかみさんは、マルゲリータ。

なぜだか自分は、リピエーノ(包み焼きピッツア)。

むちゃくちゃ、美味しかった。今まで食べた中で、一番だった。感動したわ。でも、今になってちょっと後悔してる。なぜ、マルゲリータを頼まなかったんだろうと。1枚は、かみさんからもらって食べた。それも、すごく美味かった。生地に味わいがあるっていうのか、焼き方が絶妙なのか、チーズがうまいのか・・・いやいや、生地と焼くための窯が良いのだろう と言うことにしておこう。とにかく美味かった。
残念なことに、15:00近かったため、夜にはrosaの手料理があるので、ミミの部分を残してしまった。それほど、1枚で腹いっぱいになるピザだ。
美味しかった食事を終え、そろそろ戻りましょうかって、ことでブラブラしていたら、「VICOLETTO S.ARPINO」って、非常に感じの良い景観をパチリ。

写真の撮り方がダサかったようだが、この景観を絵に描いて、売っている人が多かったので、たぶん有名な場所なのでしょう。
16:00過ぎには、pozzuoliに戻り、いったんrosaを別れ20:30にrosa宅に伺う約束。自分たちは、ホテルへ。私のお気に入りのテラスで、少し休憩。せっかくなので、pozzuoliのドーモあたりに散歩に行くことにした。ちょっとした広場などがあり、出店?なども、たくさん出ていた。人も結構いたなぁ。で、なぜかしら、また、ジェラートを食べてしまった。ここの街では、英語はまず通じない。なので、かえって楽しくなってきた。出店の瀬戸物屋さんで、エスプレッソにいい感じのカップを発見。クワント コスタ?(いくら?)って聞いたら、聞こえた感じが「ウネウロ チンクワンタ」?????の顔をしていたら、紙に書いてくれた。€1,50だった。
「ウーノ エウロ」が、合体して、「ウネウロ」と言うんだ。こんな些細なことが、とっても楽しい。
広場では、サッカーをしている子供たち。その子たちの話しているイタリア語を聞き取ろうとすることも、楽しかった。
楽しい散歩も、日が暮れ始めたので、ホテルに戻ることに。約束の時間にrosa宅へ。やはり日が暮れるとちょっと怖い感じ。無事に到着。ご馳走を用意してくれていた。
タコのスパゲッティ。

白身魚のフリッタ、人参と青野菜。と具体的な名称ではなくなってしまうのは、聞いたんだけど、覚えきれてないんだ。

この魚は、手で頭を落とし、手で腹から裂いて背骨を簡単に取れるものだった。かみさんに魚の名前聞いてわかったら、追記します。
この後に、フルーツ、ドルチェをいただいた。飲み物は、白ワイン、グラッパ。
辞書片手に(かみさんだが)、いろいろと話をした事が、財産になった気がする。sandroは、メガネを6個持っているって話が、とても盛り上がった。

短い時間なんだが、とても名残惜しい。まだまだ、話をしたい。ちゃんと話が出来もしないのに・・・さすがに23:30ごろには、おいとました。なんだか悲しかった。
帰りは、土曜日だったことで、そうだったのか、道路がとっても混んでいた。ホテル近くの映画館あたりも人がたくさん。車から「中国人だぁ~」って言われたことが、最高の夜がちょっとだけ傷ついた。ホテルに戻り、また、お気に入りのテラスで、ボーっとしていたら、街の活気ある音が聞けた。野外コンサート的な音。楽しく談笑している声。週末のゆったりとした時間を感じた。
素晴らしい一日だった。明日は、ローマだ・・・
2012年10月イタリア旅行4日目 1/2
10/6(土),朝晩は、結構涼しくなっていたポッツォーリで、部屋は寒かった。10:00にrosaがホテルに迎えに来るとの約束をしていたので、朝食がないホテルだったため、パン屋さんへ向かった。土曜日の朝と言うことで、ランニングしている方を多く見かけた。近くのパン屋さんで、クロワッサンとオリーブパンを購入。たぶん€3,50だったと思う。飲み物が欲しかったが、出店のようなbar?
店員は、ブラック。ちょっと勇気がでない自分。かみさんが、行ってみようと。店前にある冷たいドリンクケースで、見ていたら「Buon giorno」って。なんだか話をしていたら、温かい飲み物をあるよってことにで、めでたく店内で、ラテマッキアートを注文。アルバイト的な若い子が、要領が悪く最後には、やさしいブラックの方が、指導して商品を手にした。で、つり銭をアルバイトと思われる方からもらったが、€1多くもらった。引き算が、出来ないんだろうね。

クロワッサンも、中にわからなかったが美味しい物が入っていて美味しかったが、オリーブパンには、感動した。外は、かちんかちんで、非常に硬かったが、オリーブの風味や食感がたまらなく旨かった。
まだ、一日が始まらないんだけど。
店員は、ブラック。ちょっと勇気がでない自分。かみさんが、行ってみようと。店前にある冷たいドリンクケースで、見ていたら「Buon giorno」って。なんだか話をしていたら、温かい飲み物をあるよってことにで、めでたく店内で、ラテマッキアートを注文。アルバイト的な若い子が、要領が悪く最後には、やさしいブラックの方が、指導して商品を手にした。で、つり銭をアルバイトと思われる方からもらったが、€1多くもらった。引き算が、出来ないんだろうね。

クロワッサンも、中にわからなかったが美味しい物が入っていて美味しかったが、オリーブパンには、感動した。外は、かちんかちんで、非常に硬かったが、オリーブの風味や食感がたまらなく旨かった。
まだ、一日が始まらないんだけど。
2012年10月イタリア旅行3日目 2/2
やれやれと無事に、ポッツォーリ駅に着いて、google mapで調べた通りの道で、ホテルへ向かおうとしたら、「Toshi~~」って、聞こえた。なんとrosaが、ホームまで迎えに来てくれていた。感動!!
連絡通路で、感動の再会と初めましてのハグ。(かみさんは、「初めまして」なもので)
そのrosaは、何者かと言うと、
rosaとの出会いは、2005年、冬にさかのぼる。フィレンツェからローマへの移動のユーロスターで、たまたま、4人ボックスに自分たち3名とrosaが座ることに。この時は、5名でミラノ、ボローニャ、フィレンツェ、ローマの旅をしていた。

あるきっかけから、中井(現fianco a fiancoのオーナー)が、イタリア語を話せるので、話をするようになり、「ナポリも行きたいが、危険だ」と伝えると、ナポリ近郊の町、ポッツォーリ在住のrosaが、「そんなことはない。もし、またイタリアに来ることがあれば是非、連絡をして」とのことになり、連絡先をもらった。なぜか非常に親日なようで、不思議だと思っていた。
翌年(2006年)も、イタリアにめでたく行くことが出来るよう(当時は、航空券だけで11万程度だったので行けた)になり、rosaに連絡を取ったところ、「是非、家に遊びに来い」とのことらしい。旅程も、ナポリ近郊のポンペイ遺跡、ソレント、アマルフィ、ポジターノなどを組んで、ポッツォーリ4泊。(2006年も、中井家夫妻と4名の旅行)
当日、電話を入れたら、「今からこい」とのこと。で、rosa宅、訪問となった。

2日、伺った記憶があり、いろいろを話をして、とっても、とっても、楽しかった。クーマの遺跡に車で案内してもらったり、歴史あるpizza屋さんに連れて行ってくれたり・・・
本当に、良くしてもらった。ポッツォーリからローマに戻る日には、車で荷物を運んでくれた。
ホームでは「ウルルン滞在記」のようになってしまった。
それから、6年。事前には、メールしたり、電話をしたりして、日程的なものは、伝わっていたと思うし、とっても心待ちにしてくれている感じだった。電話だと言葉にまだまだ、不慣れな状態だと伝わらない部分が相当あり、どこまで伝わっているのかが、非常に不安だった。
こんなことから、今回、ポッツォーリに滞在する事になったのだ。6年の期間を感じさせない再会だった。予定していた時間より、Italoの遅延で、40分程度遅れているのに、ホームで待っていてくれたってことは、ぞうぶん長く待たせてしまったなぁ~と思ったことと、本当に心待ちにしてくれていたんだなぁ~ってこと。
会ってから、矢継ぎ早に話をし始める。が、しかし、自分は、ほとんどわからず、かみさん頼り。ホテルまで、一緒に行くとのことで、辞書片手に、会話を続ける。ホテルに着いたら、フロントに、「日本からわざわざ来たので、見晴らしの良い部屋を用意できないの?」らしきことを言っていたらしい。ポッツォーリだけは、ツアー会社では、ホテルを見つける事が出来ず、netで見つけたホテル。Villa Avellinoは、到着してわかったことだが、アパートメントタイプの宿泊施設だった。
料金が安かったが、日本人口コミが0件だったので、ちょっと怖かった。が、とても素晴らしい景観と室内だ。宿泊者の多くは、車で来て、長期滞在する客が多いみたいだった。

ホテルに、荷物を置き準備する間、rosaは待っていてくれて、さっそく観光に連れて行ってくれた。まずは、ポッツォーリを代表するフラヴィオ円形劇場Anfiteatro Flavio。イタリアの3大円形闘技場だ。コロッセオは、地下部分には、入れないがここは、地下部分も公開している。

感動再びで、その後、rosa宅へ。そして、またまた感動のsandro(rosaの旦那様)再会。お土産を渡したり、お茶したり、自分たちの紹介アルバムを見てもらったりして楽しく話をした。
で、車で観光に行こうとのことで、フサロ湖 Lago di Fusaroへ。


なんだか南の島に来た感じだった。ここの湖では、ムール貝の養殖をしているとのことだった。少しずつ会話も、スムース?になり始めた。次は、アヴェルノ湖Lago d'Averno(ギリシャ人にとっての地獄の入口)。ギリシャ神話の話をいろいろしてくれたが、ちょっとわからないことが多かった。もっと、歴史を勉強しておけば、残念。
そして、セラピス神殿Tempio di Serapide。

地盤沈下と地盤隆起を繰り返しているって話は、わかったが・・・紀元前か紀元200年ごろの建造物らしい。勉強しなきゃ。でも、バックの建物が夕日を浴びてとっても綺麗だった。
漁港をちょっと散歩した。週末だったので、カプリ島へフェリーで向かう車が沢山止まっていた と聞いた。けっこう家族連れが多かったようだ。
夕食は、rosa e sandroは行けないが、HOSTERIA ANGELI&DEMONIに行くといいよと。店まで、案内してくれた。本当に感謝、感謝だ。


料理も旨かったけど、カメリエーレも良かった。前菜、プリモ、メインと全て魚介系を頼んだと思う。ワインも、1本飲んじゃった。最後にレモンチェッロも、サービスしてくれた。
メニューがイタリア語のみだったので、ムール貝を頼みたかったが、わからんかった。とても、楽しく美味しい食事が、なんと€57だった。料金も、感動した。
ホテルに戻って、チェアに座って、ぼーっと出来たのも充実した時を過ごせた。
明日は、rosaとナポリ観光だ。早く寝なきゃ・・・でも、隣の部屋のmusicうるせ~なぁ~
連絡通路で、感動の再会と初めましてのハグ。(かみさんは、「初めまして」なもので)
そのrosaは、何者かと言うと、
rosaとの出会いは、2005年、冬にさかのぼる。フィレンツェからローマへの移動のユーロスターで、たまたま、4人ボックスに自分たち3名とrosaが座ることに。この時は、5名でミラノ、ボローニャ、フィレンツェ、ローマの旅をしていた。

あるきっかけから、中井(現fianco a fiancoのオーナー)が、イタリア語を話せるので、話をするようになり、「ナポリも行きたいが、危険だ」と伝えると、ナポリ近郊の町、ポッツォーリ在住のrosaが、「そんなことはない。もし、またイタリアに来ることがあれば是非、連絡をして」とのことになり、連絡先をもらった。なぜか非常に親日なようで、不思議だと思っていた。
翌年(2006年)も、イタリアにめでたく行くことが出来るよう(当時は、航空券だけで11万程度だったので行けた)になり、rosaに連絡を取ったところ、「是非、家に遊びに来い」とのことらしい。旅程も、ナポリ近郊のポンペイ遺跡、ソレント、アマルフィ、ポジターノなどを組んで、ポッツォーリ4泊。(2006年も、中井家夫妻と4名の旅行)
当日、電話を入れたら、「今からこい」とのこと。で、rosa宅、訪問となった。

2日、伺った記憶があり、いろいろを話をして、とっても、とっても、楽しかった。クーマの遺跡に車で案内してもらったり、歴史あるpizza屋さんに連れて行ってくれたり・・・
本当に、良くしてもらった。ポッツォーリからローマに戻る日には、車で荷物を運んでくれた。
ホームでは「ウルルン滞在記」のようになってしまった。
それから、6年。事前には、メールしたり、電話をしたりして、日程的なものは、伝わっていたと思うし、とっても心待ちにしてくれている感じだった。電話だと言葉にまだまだ、不慣れな状態だと伝わらない部分が相当あり、どこまで伝わっているのかが、非常に不安だった。
こんなことから、今回、ポッツォーリに滞在する事になったのだ。6年の期間を感じさせない再会だった。予定していた時間より、Italoの遅延で、40分程度遅れているのに、ホームで待っていてくれたってことは、ぞうぶん長く待たせてしまったなぁ~と思ったことと、本当に心待ちにしてくれていたんだなぁ~ってこと。
会ってから、矢継ぎ早に話をし始める。が、しかし、自分は、ほとんどわからず、かみさん頼り。ホテルまで、一緒に行くとのことで、辞書片手に、会話を続ける。ホテルに着いたら、フロントに、「日本からわざわざ来たので、見晴らしの良い部屋を用意できないの?」らしきことを言っていたらしい。ポッツォーリだけは、ツアー会社では、ホテルを見つける事が出来ず、netで見つけたホテル。Villa Avellinoは、到着してわかったことだが、アパートメントタイプの宿泊施設だった。
料金が安かったが、日本人口コミが0件だったので、ちょっと怖かった。が、とても素晴らしい景観と室内だ。宿泊者の多くは、車で来て、長期滞在する客が多いみたいだった。

ホテルに、荷物を置き準備する間、rosaは待っていてくれて、さっそく観光に連れて行ってくれた。まずは、ポッツォーリを代表するフラヴィオ円形劇場Anfiteatro Flavio。イタリアの3大円形闘技場だ。コロッセオは、地下部分には、入れないがここは、地下部分も公開している。

感動再びで、その後、rosa宅へ。そして、またまた感動のsandro(rosaの旦那様)再会。お土産を渡したり、お茶したり、自分たちの紹介アルバムを見てもらったりして楽しく話をした。
で、車で観光に行こうとのことで、フサロ湖 Lago di Fusaroへ。


なんだか南の島に来た感じだった。ここの湖では、ムール貝の養殖をしているとのことだった。少しずつ会話も、スムース?になり始めた。次は、アヴェルノ湖Lago d'Averno(ギリシャ人にとっての地獄の入口)。ギリシャ神話の話をいろいろしてくれたが、ちょっとわからないことが多かった。もっと、歴史を勉強しておけば、残念。
そして、セラピス神殿Tempio di Serapide。

地盤沈下と地盤隆起を繰り返しているって話は、わかったが・・・紀元前か紀元200年ごろの建造物らしい。勉強しなきゃ。でも、バックの建物が夕日を浴びてとっても綺麗だった。
漁港をちょっと散歩した。週末だったので、カプリ島へフェリーで向かう車が沢山止まっていた と聞いた。けっこう家族連れが多かったようだ。
夕食は、rosa e sandroは行けないが、HOSTERIA ANGELI&DEMONIに行くといいよと。店まで、案内してくれた。本当に感謝、感謝だ。


料理も旨かったけど、カメリエーレも良かった。前菜、プリモ、メインと全て魚介系を頼んだと思う。ワインも、1本飲んじゃった。最後にレモンチェッロも、サービスしてくれた。
メニューがイタリア語のみだったので、ムール貝を頼みたかったが、わからんかった。とても、楽しく美味しい食事が、なんと€57だった。料金も、感動した。
ホテルに戻って、チェアに座って、ぼーっと出来たのも充実した時を過ごせた。
明日は、rosaとナポリ観光だ。早く寝なきゃ・・・でも、隣の部屋のmusicうるせ~なぁ~
2012年10月イタリア旅行3日目 1/2
10/5 今日は、ヤスと3人でフィレンツェ中央市場Mercato Centraleへ。ヤスの知り合いがいるかも・・ってことで、ブラブラ見て回った。衝撃は、ウサギがまるまんま皮をはがれて売っていた。目も残っていたので、ちょっと・・・鶏も当然、まるまんま。臓物屋さんがあるのもビックリ。ハム屋さんは、日本語で話しかけて、ちょっとうるさい感じだった。

あったよ、ヤスの知り合いの人が働いている店。チーズ、ハム、乾燥ポルチーニなどを売っている。チーズやバルサミコ、オリーブオイルをたらふく試食させてくれた。結構、腹一杯。無事にお土産を購入。

メディチ礼拝堂方向へブラブラとしていたら、出店?がずらっと並んでいて、また、ちょっと革製品を買っちゃった。ヤスとの記念にパチリ。

そろそろナポリへ向かう時間となり、ヤスが最後まで付き合ってくれた。ホーム到着が・・・がっが~~ん。40分遅れ。ヤスも、ジェラテリアに行きたいと言ってたのもあるので、ココでヤスとお別れ。また、「イタリアで飲みましょう!」って約束で、ciao,ciao!
こんなことなら、ユーロスターにすればよかったなどと思いつつ、ホームで、人間観察。なんと中国人の多いこと。判断付かないときには、スーツケースを見るとわかった。ハードケースは、99%日本人。ソフトケースは、中国人って。
そうこうしているうちに、やっと列車が到着。昼食用に、キオスク的な所で、パニーニを購入しているので、安心。

ユーロスターより、気持ち静かな程度だ。シートは、ちょっとだけいい感じ。何事もなく、ナポリ到着。さぁ、これから、地下鉄で、ポッツォーリへ。
が、乗車券の売り場がない、自販機がないんだ。結局、おまわりさんに聞いたら、「そこのお店で買って4番からの電車に乗りなさい」らしきことを言われた。乗車券を無事購入し、黄色い刻印機で、乗車時間を刻印して、乗り場に到着。
が、が、しかし、ポッツォーリへの列車が来ない。電光掲示板には、見たことない駅名の列車が、表示されるばかり。さすがに人に聞くことに。1人目は、「これには乗るな。ポッツォーリ行きにのれ」的な回答。2人目は、「ロシア人だから、わからん」的な回答。3人目は、「途中で止まるので、そこでホームを移動しなければならないので、ポッツォーリ行きを待て」的な回答。次に来た列車の乗務員に聞くと「X?#$”」となんだかわからんかった。
もうちょっと待ってみようと・・・電光掲示板が、「ポッツォーリ行き」になった。うれしかった。
後でわかったことだが、ポッツォーリまで行く電車とその途中で止まってしまう電車があるようだ。途中で、泊まるとホーム移動が階段で大変なので、ポッツォーリ行きにのることが、一番楽だったってことだ。

あったよ、ヤスの知り合いの人が働いている店。チーズ、ハム、乾燥ポルチーニなどを売っている。チーズやバルサミコ、オリーブオイルをたらふく試食させてくれた。結構、腹一杯。無事にお土産を購入。

メディチ礼拝堂方向へブラブラとしていたら、出店?がずらっと並んでいて、また、ちょっと革製品を買っちゃった。ヤスとの記念にパチリ。

そろそろナポリへ向かう時間となり、ヤスが最後まで付き合ってくれた。ホーム到着が・・・がっが~~ん。40分遅れ。ヤスも、ジェラテリアに行きたいと言ってたのもあるので、ココでヤスとお別れ。また、「イタリアで飲みましょう!」って約束で、ciao,ciao!
こんなことなら、ユーロスターにすればよかったなどと思いつつ、ホームで、人間観察。なんと中国人の多いこと。判断付かないときには、スーツケースを見るとわかった。ハードケースは、99%日本人。ソフトケースは、中国人って。
そうこうしているうちに、やっと列車が到着。昼食用に、キオスク的な所で、パニーニを購入しているので、安心。

ユーロスターより、気持ち静かな程度だ。シートは、ちょっとだけいい感じ。何事もなく、ナポリ到着。さぁ、これから、地下鉄で、ポッツォーリへ。
が、乗車券の売り場がない、自販機がないんだ。結局、おまわりさんに聞いたら、「そこのお店で買って4番からの電車に乗りなさい」らしきことを言われた。乗車券を無事購入し、黄色い刻印機で、乗車時間を刻印して、乗り場に到着。
が、が、しかし、ポッツォーリへの列車が来ない。電光掲示板には、見たことない駅名の列車が、表示されるばかり。さすがに人に聞くことに。1人目は、「これには乗るな。ポッツォーリ行きにのれ」的な回答。2人目は、「ロシア人だから、わからん」的な回答。3人目は、「途中で止まるので、そこでホームを移動しなければならないので、ポッツォーリ行きを待て」的な回答。次に来た列車の乗務員に聞くと「X?#$”」となんだかわからんかった。
もうちょっと待ってみようと・・・電光掲示板が、「ポッツォーリ行き」になった。うれしかった。
後でわかったことだが、ポッツォーリまで行く電車とその途中で止まってしまう電車があるようだ。途中で、泊まるとホーム移動が階段で大変なので、ポッツォーリ行きにのることが、一番楽だったってことだ。
