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学級通信のブログです。

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中学卒業の日を迎えました。この3年間、いろいろなことがありました。

 

感染症の大規模流行が始まったのは、中学1年のことでした。

マスク着用が推奨され、全国の学校が閉鎖し、見通しも立たない中で様々な模索がされました。

 

中学2年は、時差登校を設けた分散登校から始まりました。

学級に入る人数を半分にするため、「午前」組と「午後」組に分かれて登校していたため、駅などで仲の良い友達に会えて嬉しかったという声も聞きました。

6時間授業となった時も、始めは教室内の生徒の数が増えた印象から、圧迫感を感じたという声も聞かれました。

夏休みも、例年よりも1週間短くなり、8月から2学期が始まりました。

(夏の暑いなかでの登校ということで、短縮期間も設けられました)

 

昨年度は、運動会が行われず、その代わりに5月に実施することのできなかった球技大会が秋に実施されました。新型ウイルスの影響が見られるようになってから、学年を通じて行う行事、クラスメイトと共に過ごす行事がほとんどなかったので、一緒になって学び合い、想い出を作る機会ができたことを嬉しく思っています。

 

授業の中でも、様々なことが変わりました。

「調理実習」や「合唱」などの感染リスクが高いとされるものは行われませんでした。

感染状況により、グループで学び合うものも、一時的に休止される時期もありました。

「対話的•主体的で深い学び」を礎とした教育へと舵が切られ、多様な価値観を持つもの同士が議論を重ね、問題を解決する手段を共に講じる力を身につけることが求められるようになってきた中で、この疫禍のもと、どのようにすればそのような力が身につくのか、様々な試行錯誤がありました。

 

そうした状況のもとで、先日クラス内発表会が催された「SocialChange」(3年総合)という授業が展開されてきました。

社会に存在する様々な「課題」「問題」に目を向け、知り、どうしたら解決への糸口が見つかるかを考えるという内容のものでした。グループでテーマを決め、役割分担し、文献やwebサイトを参考にしたり、インタビューに赴いたりすることで情報を収集し、文章にまとめ上げ、プレゼンテーション発表を行いました。

 

社会課題と切り離せないのが、修学旅行です。

一時は開催も危ぶまれていましたが、日程をずらし、日数を減らして行程のスリム化を図ったり、看護師を増員し、すぐにレスキューできるように救護車を用意するなどして、実施の運びとなりました。今、世界情勢が非常に不安定な中にあります。当時はこのような状況になるとは予想もしていませんでした。改めて、広島の地で平和について考える機会を設けることができたことを良かったと思っています。

 

この先も、様々なことがあります。

先述の感染症、戦争の開始、あるいは先日の地震など、いずれも急に起きるものです。

そのような大きな変化でなくても、当たり前にある日常が、当たり前でなくなるということは往々にしてあります。

ですが、どのようなことがあっても、自他の心と体の健康を一番に考えて生きていて欲しいです。

「学び」は、進学のために行われるものではありません。

「生きる」ために、学びはあります。

この先、どこに行っても、どのような環境にあっても、自分の生を大切にして下さい。

教室から見える景色に、春がやってきました。

クラスメイトと共に過ごした時間が、この先も色褪せることなく残っていくことを願っています。

東日本大震災から11年が経ちました。

 

この災害を引き起こした「東北地方太平洋沖地震」はマグニチュード9.0を記録し、日本国内観測史上最大規模のものとなりました。本震後も余震が続き、11年5月末までの間だけでも、最大震度4〜6強までのものが168回(最大震度6強:2、6弱:2、5強:6、5弱:23、4:135)ありました。建物が倒壊し、津波に様々なものが押し流され、明日どうなるかわからない中、度重なる余震により不安な日々を過ごした、という方も数多くいらっしゃいました。

 

時々、「大きな地震が1回あり、それによって災害が引き起こされた」、そして「今は復興が完了し、概ね解決している」と思われる場合があります。

 

ただ、実際のところ、そのような単純なものではありません。

先にも述べたようにたくさんの余震があり、様々な二次災害、三次災害…が連鎖的に発生してきました。

 

また、10年以上の時間が過ぎても、まだ、解決できていない課題があります。

以前行方不明の方は多数います。「まだ、終わっていない」と話されるご家族も少なくありません。

悲しいことですが、「風評被害」も依然として見られます。

 

また、復興してきているからこそ生じる「課題」もあります。

例えばこの11年で、傷跡が深く残った地域に、災害公営住宅が作られるなどし、仮設住宅に住まわれていた方の移転が行われてきました。新しくなった町で、現在進行形で交通網、あるいは医療介護提供体制が整備がされています。町は、建物を用意し、人間がそこに住めば出来上がるかというと、そうではありません。5年、10年、20年と、人が育つのと同様に、町も育ち、町になっていきます。

 

興味を失わないこと、そして、何が変わり、何が変わっていないのかを知り、自分自身の「生きる」に繋げることが、哀しみを今に活かす上で何よりも大切です。

 

今日は、11年の節目の日です。

学年末考査も終わって、ホッと一息つく時に、新聞や報道などで伝えられる「あの日」や、「今」に対して、ほんの僅かな時間であったとしても、意識的に目を向けられるといいな、と思っています。

 

学生ボランティアを率いて行った際に気仙沼市で見た景色。

本校からも沢山の参加がありました。

様々な才能や興味をもつ子がこの学校には多いです。

 

先日、酒井正裕くんが「プログラムが出来ました」と言って、報告に来てくれました。

元々は記念祭の時に、有志企画として出したいと話してくれていたものでした。

 

昨年度は有志企画としての公開があったのですが、残念ながら今年度は中学の記念祭で有志企画はありませんでした。

そこで、「作って公開できる形になったら、学級通信blogで紹介するよ」と話したところ、「お願いします!」と話してくれました。

 

その作品が、様々な修正を加え、ようやく完成・公開の運びとなりました。

 

EasyScript https://github.com/ski-dot-com/EasyScript

 

今回作ってきてくれたのは、「スクリプト」と呼ばれるプログラムの一種です。

扱う人が、比較的読み書きしやすいプログラミング言語で書かれたプログラム(ソースコード)を、すぐに実行することができるようなものを、「スクリプト」と呼びます。

(こうしたプログラムを記すための言語を「スクリプト言語」と呼びます)

 

元来、ソースコードは、コンピュータが直接解釈して実行しているわけではありません。

コンピュータのC P UやM P Uが解釈するためには、0と1を並べたビット列で表す必要があります。これを機械語(マシン語)と言います。人が書いたプログラミング言語をコンピュータに実行させるには、機械語へと翻訳(コンパイル)する必要があります。

また、書いたソースコードを実行させる上で、他プログラムの内容が関わる場合があります。そうした場合にリンクをするなどして、あらかじめ実行可能なファイルを作成する必要があります。

 

こうした作業はとても煩雑です。

ソースコードを書き、実行して、動作を確認し、不具合があった場合は修正し、それを実行して再確認する…ということを繰り返して、プログラムが作られていきます。

 

この工程を簡略するために用いられるのが「スクリプト」です。

(有名なところでは、JavaScriptというものがあります。これは、WEBブラウザ上で実行することを目的に作られたスクリプトです。WEBページを見やすくしたり、ゲームを作ったりすることもできます)

 

興味がある人は、是非とも挑戦してみて欲しいです。

また、正裕くんに聞くと、色々と教えてくれると思います。

 

自分の「面白い」を広げるツールとして、スクリプトは極めて有効です。

是非とも、自身の世界を広げて欲しいと思います。

 

◯information

●Windows対応

 repl.batをダブルクリックして起動

 実行すると、黒い画面が出てきます。

 そこに、文字を打ち込みます。(打ち込み終わった後に「改行」するのを忘れずに‼︎)

・//import␣ について

 EaxyScriptExtensionSupport.dll を使って、作った拡張機能を導入できます。

 //import␣と打つと出てきます(␣は「空白記号」と言い、スペース入力を表します)。

 

ただし、スマートフォンでは動きません。

Macでは直接開くことはできませんが、BootCampなどのソフトを用いてWindowsが動作するものであれば利用可能です。

 

・学年末考査後、大規模なアップデートを予定

  ・型の追加

  ・コンパイラ追加

   ・マクロ(プログラムをプログラムに書かせること)

   ・定数(コンパイル時に決定される値) など

 

◎ ダウンロードして実行することになります。

ただしPCの設定によっては、ダウンロードできない場合があります。

◎ バグがあった場合は、酒井正裕くんまで問い合わせください。

◎ 今回、本人ならびに保護者の承諾を得、氏名を掲載しました。

今日から学年末考査が始まります。

これまでに習った成果が反映されることを願っています。

 

しばしば「なかなか勉強する気にならないけど、どうしたらやる気になりますか?」と聞かれることがあります。

 

「しなきゃいけない/した方がいいのはわかっている」。

だけど、「やる気が起きない←面倒(億劫)で、今したくない」。

だから「今はやらない」。

 

でも「しなきゃいけない/した方がいいのはわかっている」。

なので、「やる気を起こす←今したいと思えるようになる」方法を知りたい。

 

この流れがあるものとして考えてみたいと思います。

 

まず、「やる気になる」方法を模索している段階で、改善しようとする前提に立っています。

「今のままではいけない」という危機感や、焦りを抱くというのは、とても大事なことです。この危機感や焦りをうまく消化して、自分自身のモチベーションにつなぐことができると、ペースを作る上での大きな原動力になります。

 

その一方で、大きな力となるものは、使い方を誤るとマイナスな方向に働いてしまうこともあります。危機感や焦りは、人を追い詰め、追い込みます。

だからこそ、原動力にもなるのですが、その圧が「直視したくない」という向きに作用してしまうことも決して少なくありません。その場合は、まず「面倒(億劫)で、今したくない」という、「面倒さ」「億劫さ」の背景にある「焦燥感」とうまく向き合うことが大切です。

 

「面倒臭い」は、決して他所からやってくるものではありません。

自分の内側から湧き上がる「思い」の一つです。そして、その多くは「ある程度の理想系」(テストで言えば「自身が評価できる/他者が評価できる点数を取る」というのを掲げる人もいるかも知れません)と、「現状」を埋める“間”の部分に対して湧き上がります。

 

別の見方をすれば、進む方向にハードルを設け、そのハードルの高さを上げているのは他の誰でもなく、自分自身です。ハードルを設け過ぎたり、高くして、進めなくなるのであれば、「理想系」を見直すことが大事です。

 

先の例で言えば、「評価できる点数」という軸ではなく、「特定の科目の特定の単元の理解を深める」など、実現可能なスモールステップに切り替え、「できることを増やす」戦略に変えるなど、方法はいくらでもあります。

 

果たさなければならない課題があるのであれば、向き合う工夫、維持する工夫が大事です。

 

「学ぶ」ということは「自分を知る」ことでもあります。

たくさん悩み、挫折し、思考して、歩み始める力、歩み続ける力を養って下さい。

試験前になると見られる表示。

高校職員室も同じようなものがありますが、形状もフォントも書かれる文面も違います。

いよいよ、卒業式も目前となりました。

 

本校の卒業式は、元々他学年の終業式と同時に、講堂で行われてきました。

式としても、校長式辞と代表生徒への卒業証書授与が行われるだけのもので、他校で見られるようなセレモニーのようなものはありません。

終業式も兼ねており、全校生徒が一堂に集まることになるため、座席はほぼ全てが埋まります。

こうした性質をもつものであるため、保護者の列席もありませんでした。

 

昨年度は、疫禍の中での卒業式ということで、どのように行うか3年学年団により検討されました。

議論が重ねられ、感染状況とも照らし合わされて、3年生のみ講堂で卒業式を行うことになりました。保護者参加に関しては例年と同様に、(また密を避けることもあり)行わないというものでした。

 

この方法が、今年度の卒業式でも引き継がれます。

当日は、10時30分に学校集合です。

式典後、教室でさまざまなものを配ったり、話をしたりして、終了はお昼頃になる予定です。

当日、元気に迎えられるよう、それぞれ体調管理に気をつけるようにして下さい。

明日は高校の卒業式です。

培ってきた様々なことを、この先生きていく中で、活かして欲しいと願っています。

先週2月26日(土)、サタデープログラムが行われました。

 

この行事は実行委員の生徒たちが中心となって実施されています。

多くの人の見る「サタプロ」は当日だけです。しかし、実行委員の子たちは当日の運営だけでなく、講師の選出から交渉、事前の打ち合わせに、会場設営、後片付けをおこなった上で、次回に活かすための振り返りと、見えない部分で様々な役があります。

 

これまでに培ったノウハウを次の世代に伝えるため、後輩や新人に対して、アドバイスをしたり、相談に乗ったりしている姿も、しばしば見かけます。

彼らにとって、この経験はとても大きなもので、卒業した後もサタプロ当日になると顔を出すOBスタッフも沢山おり、彼らもまた、率先して後輩たちのサポートをしてくれます。

そうした「OBスタッフ」に憧れて、自分が卒業したら手伝いにやってこよう、と思っている生徒もいます。

また、OB同士が愛知を離れた別の地で思い出話に花を咲かせることもあるようです。

 

部活動や教室以外に、このような場所が当たり前にあることを、とても羨ましく思います。

たとえ、自分自身が実行委員でなかったとしても、クラスの中、あるいは友人の中に、参加している、関わっている子がいるというのは、とても大きな財産になります。

 

その時は価値に気付いていなかったとしても、後になって改めて振り返ると、「実はすごいことだった」と思うことがあります。

卒業して何年か経って、社会に出た子たちが訪ねてきたときに「卒業して、サタプロや文化祭などの凄さを改めて感じた」と話してくれることも、今までに何度かありました。

 

きっと、このクラスの中にも、そんなふうに感じる子が出てくるのではないかなと思っています。

実行委員の皆さん、お疲れ様でした。次回も楽しみにしています。

今回の案内に記された「一陽来復」。

いい言葉を選択したと思います。語彙を身に付けるのはとても大切なことだとしみじみ感じます。

 

先々週20日(金)のホームルームの際「運動場か体育館を使ってホームルームの時間に何かしたい」という希望が出ました。

25日は、その希望を叶える日となりました。

 

まず、朝のSTの時間に体育館と運動場、どちらが良いかをクラスで決めました。

多数決により運動場に決まり、4時間目が始まる時には、講堂前に集合という約束をしました。

 

その後、クラスの中で自分達でホームルームにやりたいことを考えて、その結果を議長が伝えにきてくれました。

内容は「ケイドロ(ドロケイ)」そして、「警察と泥棒がすぐに区別がつくようにしたい」と、こちらが準備する事柄を伝えてくれました。

 

担任がいなくても、ホームルームなどの時間でなくても、自分達で話し合って決めるべきことを決められるというのは、大切なことです。自分達で決めたからこそ、より良く、より楽しくする上での責任も身に付く切っ掛けにもなります。

 

体育大会や運動会で用いた、クラスのビブスを生徒会から借りて、講堂前に行ったところ、既に全員が揃っていました。

「ケイドロ/ドロケイ」と、呼び方にも揺れがあるように、こうした遊戯にはローカルルールがあります。

公式のルールがある訳ではないので、遊び方もいろいろです。だからこそ、様々な環境から来る生徒たちが混乱することなく、トラブルを最小限に減らして皆で楽しめるよう、ルールの確認と、設定を行いました。

 

そして、いよいよ戦いの幕が切って落とされました。

まず、泥棒役の子たちが蜘蛛の子を散らすかのように広がり、その後警察が逮捕に行きます。

泥棒役の子は、逮捕されて「牢屋」にいる子たちを解放することもできます。

 

ただ、開放のため牢屋に向かうとなると、警察の目を掻い潜らなければなりません。相手の領域に乗り込むことでもあるため、逮捕される危険性もあります。大胆さと慎重さのバランスが必要です。彼らは知恵を絞り、様子を伺い、狙ってきました。

 

今回、1時間かけて3セット行いました。

終わった頃には、息を切らせ、ホッカホカに上気した子もいました。

先週・今週と、普段見ることのない子どもたちの色々な姿や表情を見ることができました。

彼らにとって、クラスで過ごした想い出の一つになると良いな、と思っています。

 

25日(金)はちょうど晴天に恵まれました。

こうしたゲームをすると、それぞれの性格や優先順位が見えてくる気がします。

先日23日は中学入試の追試験が行われました。

 

この追試験は昨年度から、試験日に受験をすることが叶わない児童が出てきた時のために、準備されてきたものです。できることであれば、無いに越したことはないことであっても、考えたり、準備をしたりした方がいいことはたくさんあります。

 

例えば、災害に対する控えもそれに当たります。

来月には東日本大震災から11年を迎えます。これから、おそらく様々なメディアで取り上げられることも増えてくると思います。

それらを「過去のこと」「他人事」でとして捉えるのではなく、「未来のこと」「自分のこと」として受け止められるようになって欲しいと思います。

 

今年に入って政府の地震調査委員会は、南海トラフ巨大地震により今後40年以内にマグニチュード8〜9級の地震が発生する確率を「90パーセント程度」に引き上げました。

(10年以内は「30パーセント程度」、30年以内では「70〜80パーセント程度」としています。これは、周期的に発生する地震の場合、地震が起きていない期間が長くなればなるほど、発生確率が上がることに起因しています)

 

40年という期間を長いと見るか、短いと見るかは人それぞれです。

ただ、その期間は今中学3年生の子たちにとって、社会に羽ばたき、生きていく大事な時間でもあります。

万が一の時に生き残るためには、どのような力が必要になるのか。

どうすればその力を身につけられるかを考え、体得し、何があっても、どんな時でも、どんなところでも生きていける、そのような人に育って欲しいと願っています。

講堂の屋上。

これまで卒業式や入学式など、節目となる行事が執り行われてきました。

先日15日(火)、卒業アルバムの写真撮影を行いました。

 

教室に行くと、すでに写真屋さんが脚立を立ててセッティングを行なっていました。

指定された位置に座ると、様々な指示が写真屋さんから出ました。

「左から○番目の子、一列下がって」「そこの◯色のマスクの子、もう少し右に」など、ファインダー越しに見て、全体のバランスを調整する上での細かな指示がそれぞれの子に出されました。

 

40人以上いると、どうしても重なり合いができてしまいます。

「クラス写真」のように、撮影台が用意され、そこに並んで撮影するのであれば、重複する部分は少ないです。しかし、本校で用いるような卒業アルバムの集合写真は、できるだけ自然な表情を撮るべく、教室や中庭、明照殿前など様々な場所で、それぞれの立ち位置で実施することになります。

そのため、調整がとても重要になります。

 

写真の特性上、「顔が写らない」ということがあってはなりません。

ただ、全員の顔さえ写っていれば良いか、というと、そういう訳でもありません。それぞれの表情を大事に記録することが求められます。明るさが強すぎて、表情が見えにくいと感じたら、教室の照明を落とし、カーテンを閉めます。きっと、スタジオで撮影すれば背景色や、明るさなど、ある程度コントロールが可能です。しかし、たとえば今回のように撮影場所が「教室」ともなると、天気や時間帯、校舎内での位置などで、全く異なります。

こうした条件のもと、より良い環境を作り上げていかなければなりません。

 

その一方、写真撮影にもスケジュールがあります。

限られた時間の中で撮影に適した状況を作り出していくことになります。

先に述べたような光や立ち位置などの撮影環境だけでなく、主役である被写体ができるだけリラックスして、適切な位置に収まることができるよう、指示の中にジョークを入れたり、言葉を丁寧に選んだり…と様々な工夫が見られました。

本当に、骨の折れることだと思います。

 

D組の生徒の様子を見ていると、写真屋さんの指示に対し、皆、積極的に協力して動いていました。

騒ぎ過ぎることもなく、穏やかな雰囲気の中で緩やかに撮影が行われました。

それぞれが環境を作るための協力をしたからこその賜物だったと思います。

 

また、撮影後、写真屋さんに対して、自発的に「ありがとうございました」と伝える姿を見ました。「それが仕事なんだから、してもらって当たり前」という態度で接するのではなく、相手を一人の人間として大切に扱い、感謝の気持ちを言葉に託して伝えられるのは、とても大切なことだと思います。

 

写真は、日常の風景を切り取ると言いますが、今回、撮影を通じて彼らのそのような姿を見ることができて嬉しく思っています。

この疫禍のなか、写真屋さんも本当に苦労をされている、という話を聞きます。

行事が中止になったり、規模を縮小したりというのは、学校写真を扱う店舗にとって、打撃がとても大きいそうです。

先日5日の土曜日、中学入試が行われました。

 

雪が舞い散る中、試験会場に向かう子どもたちの姿がとても印象的でした。

この中学入試に向け、4日の金曜日、前日準備が行われました。

 

教室を受験教室仕様にするため、教室清掃の担当の子たちが、まず通常清掃を行い、そのあと定められたレイアウトに整えていきます。注意事項や、試験時間割、受験番号などを掲示したり、必要なことを板書したりしながら、少しずつ受験教室に近付いていくのを見て、「懐かしい」と声を漏らす子もいました。

塾でもらった鉢巻をどうした、とか、当日の朝はこんな風だったなど、様々なエピソードを聞きながら準備をしていたら、あっという間に設営が完了しました。

担当してくれた子たちがチェック項目を一つ一つ確認しながら行ってくれたので、最終点検もスムーズに行うことができました。日頃から清掃で慣れていたり、普段から綺麗に保っていることもあってか、校内でも早く準備を終えることができました。

 

3年前に試験を受けた子たちが、今、この学舎で学ぶ子たちを迎える準備をテキパキと行っています。

以前のTEXTでも触れましたが、今年度も昨年度に引き続き、役員による中学入試の当日手伝いはありませんでした。ですが、在校生の存在、働きがこの行事を大きく支えていることを、改めて感じました。

土曜日は、小6の子たちが行き来した廊下。

体調不良者のための別室や予備教室なども準備し、学校全体で迎えました。