とじこのブログ

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下北沢楽園
小宮さんの一人芝居三連発
一気上演を、トリプルチケットで観た
三本とも名作なんてあり得ない

小宮さんは異常

三本とも違う世界、違う表現、違う思い、

でも全て小宮さん。


ずっとずっと小宮さんの芝居だけ見れるなんて、、、
たまらんでしょう、ええ、たまりませんでした(一人問答)

「キチガイを見に行く」 ええそのとおりです。
異常にのめり込んでいる、その姿を貰いに行くのじゃ!

どこかで現実というブレーキを、欠けがちな自分の歯止めを、
今回は小宮さんに外してもらいました。

終演直後、眼精疲労解消にヘッドマッサージを受けるほどだったが

この満足感、幸福感よ、、

小宮孝泰ひとり芝居三連ちゃんの証明
$とじこのブログ-小宮さん一人芝居三連ちゃんの証明
心の仲間は20人
歌舞伎名優 十二代目市川團十郎さん死去
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130204/k10015269241000.html
2月4日 2時0分

歌舞伎界を代表する人気俳優で、白血病の闘病を乗り越えて活躍を続けていた十二代目市川團十郎さんが、3日夜、肺炎のため東京都内の病院で亡くなりました。
66歳でした。

市川團十郎さんは、昭和21年、十一代目の長男として東京で生まれ、7歳のときに市川夏雄を名乗って初舞台を踏みました。
11歳で新之助、昭和44年には十代目市川海老蔵を襲名しました。
そして、昭和60年には300年以上の歴史がある歌舞伎界の大名跡、市川團十郎の十二代目を襲名しました。
團十郎さんは、19歳のときに父親の十一代目が急死し、家の芸を父親から教えてもらうことはほとんどできませんでしたが、「荒事」と呼ばれる勇壮な家の芸を忠実に演じ、「勧進帳」や「暫(しばらく)」など、市川家のお家芸である「歌舞伎十八番」の演目を受け継ぎました。
また、豪快で骨太、明るいキャラクターも魅力で、「助六」や「義経千本桜」などでの演技も人気を集めました。
團十郎さんは、平成16年に「急性前骨髄球性白血病」と診断され、厳しい治療を乗り越えて2年後に復活を果たし、平成19年3月には世界最高峰の舞台の1つ、パリ・オペラ座で初めての歌舞伎公演を長男の海老蔵さんと共に実現しました。
こうした功績が評価され、平成19年には紫綬褒章を受章しています。
しかし、同じ年の年末から白血病による貧血に悩まされ、平成20年夏には舞台を休んで妹からの骨髄移植に踏み切り、半年後の平成21年1月には、国立劇場で復帰を果たして舞台で活躍を続けてきました。
團十郎さんは、同じ白血病などの難病に苦しむ患者を励ましたいと劇場に白血病患者を無料で招待する取り組みに協力したほか、平成23年には全国骨髄バンク推進連絡協議会の会長も務めました。
團十郎さんは去年12月、京都の南座での公演の途中に体調を崩し、肺炎の兆候がみられるという医師の診断を受け、先月、出演する予定だった東京・新橋演舞場での舞台など、ことし予定されていた公演を休んで療養を続けていました。
團十郎さんは、ことし4月2日に東京・銀座で開場する予定の新しい歌舞伎座のこけら落とし公演での舞台復帰を目指していましたが、3日夜、東京都内の病院で肺炎のため亡くなりました。

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歌舞伎に新しい風を吹き込みながら広く人々を取り入れていくのが
勘三郎の芝居なら、
ずっしりと重厚な芝居で「そこに伝統の歌舞伎がある」と
安心させてくれていたのが團十郎

十二代目として「相続」する、思い大きな重責を必死に受け止めて、
両の足でがっちりと大きな大きな市川團十郎としてそこに居てくださいました。

弁慶のような重厚な歌舞伎も、助六のような色気のある美しい芝居も
暫のようなやんちゃな芝居も、毛抜きのようなとぼけた芝居も
不動、象引き、、ほかに次々と復活させていった十八番
歌舞伎座の祭りで見せたへんてこりんな女形も

小猿七之助のような猥褻なまでの軽率な艶っぽさにも
魅せられて、心奪われて、歌舞伎役者の中で一番大好きな役者でした。

そう、大好きな大好きな歌舞伎役者、勘三郎さん、團十郎さま
天はなぜ、二人とも連れて行ってしまったのでしょう。
悔しく悲しくてなりません

役者にとって芝居をしないことはつらいことかもしれません。
でも、激務のために身体を壊して、いなくなってしまうことは
それ以上につらく悲しいいやなことです。

松竹は、企業として、役者の体調管理についても大きな責任を持つべきです。
一般企業であれば、これは労災対象になる話ではないだろうか。

十一代と比べられ「当代は悪声だ」「何を言っているのか分からぬ」などと言われ
本人も非常な苦労をされて稽古されていたというが、

私は團さまの、あの地の底から響き渡るような、
神の咆哮のような、低く太い響く声が大好きでした。

玉三郎様をはじめ、大きな懐に安心してお芝居ができた方が多いと聞いている。
本当に、悔しく悲しい。

若くして後ろ盾を失った不安、長い長い、病との戦い、気の休まらぬ息子の行状、
御苦労の絶えぬ一生、だからこその大きなお人柄

私は死ぬまで、十二世市川團十郎が一番の役者だったと言い続けます。
ええ、何の苦労もなく。
小宮さんのひとり芝居「先代」をちょっと反すう中
芝居の後しばらくは芝居の世界の余韻に浸っていたくてアンケート書きながらじっと黙っていた。
真面目に狂っている姿があまりに素敵すぎて、
けなしながらも本当に好きだった先代の落語をまた観たいと懇願するとこ
凄く染みた。
ちょっと泣きそう。