ゴマメの呟き・アンモナイトの徒然草 -8ページ目

ゴマメの呟き・アンモナイトの徒然草

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(おばあちゃんの昔話より)
このお話は、フィクションであって実際の事件、実在の人物とは無関係です

お坊さまは、しばらくの間、黙ったまま、憐れみと、悲しみの入り混じった複雑な表情を浮かべられながら、祐貞の顔を、じっと眺めていらっしゃいました。
やがて、
「この子や、お前達使用人、そしてこの村を回って会ってき来た、この村の連中を見る限り、代々、仏の教に帰依し、長年にわたって仏道の修行に励む者達を庇護してくれていた、観佐衛門の家にも、この村にも、滅びの時が来ているようである。
全てのものに終わりがあるように、観佐衛門の家も、生々流転、盛者必滅の理(ことわり)から逃れる事が出来ないようじゃのー。
南無遍照金剛、南無遍照金剛」
「この子は、やがて、一粒のお米が、どれほど大切な物であるか、それが無事に実るまでには、どれだけ沢山の神や仏の助けがあり、それが人の口に入るようになるまでには、(この一粒のお米)が」どれほど多くの人間の、汗と脂が沁み込んでいるかを、骨の髄に沁み込むほどに、知る時がやって来るであろう。
しかしそうなるまでには、生きているのが嫌になるほどの苦難を、味わねばならないであろう。
哀れな事じゃのー。
この子一人の罪ではないのにのー」
「観佐衛門の家が立ち直れるかどうかは、この子次第であるが、それは容易な道ではあるまい。
ただ、幸いな事に、この子は、ご先祖様がこれまでに行ってきた積善の余慶を、沢山沢山に受け継いでいる事である。
これからこの子が生きていく上で、背く者、誹謗する者、騙そうとする者などなど、いろいろな人に遭い、悔しい目や、悲しい目を、見なければならない事も多々出てこよう。
しかし、幸いな事に、それ以上に、この子の背中を押してくれる強い力として、この子を支え、共に苦しみ、励ましなが、一緒に、苦難の道を切り開いていこうとしてくれる者達の存在が感じられる事である。
この子自体も、もともと素質を持った子であるから、正しい仏の道に立ち帰り、過ちに気付き、八正道を実践するならば、そういった人々の助けによって、己自身だけでなく、この家も、この村落も立ち直らせ、豊かさと、幸せをもたらす事になるであろう」
*
註:八正道(ハッショウドウ)とは、釈迦が説かれた修行の基本となる
正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定の八種の実践徳目の事、すなわち正しい見解、決意、言葉,行為、生活、努力、思念、瞑想をさします

「観佐衛門殿には気の毒であるが、天は今のところ、この家や、この村落の運命に、私が干渉する事を望んでおられない」
「始まりがあれば終わりがあるように、終わりがあればこそ、始まりもある。この家も、長年続いた繁栄によって、不純な物、例えば驕り高ぶり、奢侈、増長、我欲、妄執、感謝の気持ちの喪失、憐憫の情の欠如、などなどといった諸々の物が、澱の(おり:液体の底に溜まった滓)ように、或いは老廃物のように滞ってしまったており。
まさに滅びの時がきているのであろう。
次なる始まりが本当にやって来るかどうかは、この子次第であるが、それはこのまま、自然の理(ことわり)に任せるほかあるまい」と呟かれると、そのまま、立ち去っていかれました。

その10
お大師様のこの呟きにもかかわらず、まだ何も気づかなかった祐貞は、勝ち誇ったように、
「インチキ坊主、糞坊主。やれるものならやってみな」
「お前なんか、怖くなんかないぞ。
罰でも何でも、当てられるものなら当ててみな。
ほら、ほら、どうだ。どうだ」と叫びながら、お坊様の後を追いかけるようにして、道にあったものを、手あたり次第掴んでは、お坊様の後ろ姿をめがけて、投げつけました。
「坊ちゃま、いけません。本当にお止めください。
これ以上そんな事をされますと、罰が当たって、口が曲がり、手が動かなくなってしまいますよ。
坊ちゃまの家だって、潰れて(つぶれて)なくなってしまうかもしれませんからね。
その上、死んだ後、地獄に堕ちねばなりませんが、それでも宜しいんですか」
お兼と、お米は、悲鳴のような声をあげて叫びながら、祐貞を、懸命に止めました。
そして、二人は、なおも抵抗して暴れ、お坊様に悪態をつき続けようとする祐貞を、抱きかかえるようにして引き摺りながら、家へと連れ帰ってまいりました。

その11
8代目観佐衛門さんは、既に、家に帰ってきておりました。
三人を見て、「ご苦労だった。」「それでお坊さまはどう言っておられた。さぞかし喜んでおられたであろう。」と機嫌の良い声をかけてきました。
いつも通りの御世辞たらたらの、お礼の言葉を期待しての問いかけでした。
しかし、お兼からは、すぐに返事が戻ってきませんでした。
なんだか言い出し難そうに、もじもじと言い澱んで(よどんで)おります。
「一体全体、それで、どう言われたのだ。グズグズしてないで、早く言ったらどうだ」
普段と違う女中の反応に、何か異様な気配を感じた観佐衛門は、苛立たしそうに、声を荒げました。
それに促されるようにして、お兼は重い口を、やっと開きました。
「それが、大変でございます。
こんな事、私が申しましても、実際に、お拝みにならなかった旦那様には、信じていただけないかもしれませんが、今回私どもの所にお訪ねくださったお坊さまというのは、普通の托鉢のお坊様ではございませんでした。
高野山で入定〈ニュウジョウ:高僧が死去する事〉された後も尚、苦界に沈む衆生を案じ、その人々を救うために、姿を変えて、国々を回っていらっしゃると、噂に聞いておりました、弘法大師さまその方だったのでございます」
「本当?話には聞いたことがあるけど、本当にそんなことがあったんか。
ちょっと信じられんなー。お前達、そのお坊様に、騙されたのと違うか」
「祐貞、お前もその尊いお姿を、拝ませていただいたのか」
「ウーン、ウ。見てない。こいつらあの坊さんの眠りの術に(催眠術)かかって騙されているだけだよ」
「いいえ、違います。騙されたのではございません。私どもはその尊いお姿を、確かに、拝ませていただきました。
金色に輝くそのお姿を拝見した途端、私もお米も、今迄、経験した事がないような、厳かな気持ちにさせられ、あまりの有難さに、思わず、手を合わせて伏し拝んでしまったほどでございました。
今になってみますと、それが夢、幻だったのか、それとも、本当にあった事だったのか、区別が付かないような奇妙な体験でございました。
でも二人が同じお姿を拝見し、別々の所に、連れて行かれ、ありがたいお導きを、頂いたと言う事は、やはり、あれは夢、幻ではなかったのだと確信しております。」
「お坊ちゃまは、何も見なかったとおっしゃいますが、旦那様のお怒り覚悟で、はっきり言わせていただきますと、それはお坊ちゃまの信心が足りなかったせいだと思います」
『お坊さまが、この家を立ち去られた後、台所で、無茶苦茶、陰口をたたいていた、私どもが一番悪かったのでございますが、それを聞いておられたせいで、お坊ちゃまは、お坊さまの事を頭から胡散臭い奴だと、きめつけてしまわれたのでございます。
その為、お坊さまの、本当のお姿、すなわち、このお方が、どんな尊いお方かと言う事を、見抜く事が出来なくなってしまったのでございます。
お坊様の方も、自分に対し、とんでもない失礼な態度で接してくる、小生意気な男の子の事を、「縁なき衆生」と考えられたのか、あるいは何か別の思惑がおありになった為か分かりませんが、本当のお姿、すなわち仏としてのお姿を、お坊ちゃまには、お見せにならなかったのではないかと思われます。
だからお坊ちゃまにはわからなかったのでございます」
次回へ続く


一粒の米にも 店主原稿 その3
このお話は、フィクションであって実際の事件、実在の人物とは無関係です

その5
気配でお察しになったのか、お坊さまは振り返られると、お兼の所まで戻ってこられました。そして お兼の頭の上に手を翳される(かざす)と、静かに経文を口ずさみ初められました。
その瞬間、お兼は意識を失いトランス状態に陥りました。

註:トランス状態・・・・通常の意識が失われ、自動的な活動、思考が現れる、常態とは異なる精神状態。催眠術に掛かった時などにみられる

カクンと頭を垂れると、顔には至高の喜びを浮かべ、涙を流し、身体を小刻みに震わせながら、その読経に聞き入っておりました。
その様子に、お米も又、このお方が、徒ならぬお方である事に気づきました。
彼女もまた、そのお坊様の足元にひれ伏し、手を合わせながら、先ほど来の数々の無礼を、心から詫びました。
お坊様の上げる読経の声が、お米の耳に、ひときわ高く響き始めたと思ったら、いつの間にかお米は、自分が、突き出た、高い断崖絶壁の上に座っておるのに気付きました。
今にも吹き飛ばされてしまいそうな強い風が、次から次へと、断崖の下の方へと吹き下ろしていきます。
傍には、地を這うように生えている、細い小さな松の木がたった一本立っているだけです。彼女は懸命にその木にしがみ付いているのですが、その松は細く、小さく、今にも根こそぎ吹きとばされてしまいそうです。
気付くと、目の前には、先ほどのお坊さまが、金色の光を放ちながら、空中に浮かん
でおられました。
しかしそのお坊さまは、ただ眺めておられるだけで、手を差し伸べて、助けようとはして下さいません。
「先ほど来の無礼の数々をお許しくださいまして、どうか私をお助け下さい。
このままでは(私は)崖から転げ落ちてしまいます。
これからは、尊い貴方様にたいして犯しましたこの罪を悔い、生涯、贖罪の道を歩ませていただきます。どうかお許しください」お米は涙を流しながら、謝り、懸命に祈り続けました。

その6
すると、「それに掴まっているだけでは、心細いか。・・・怖いか」お坊様の厳か(おごそか)な声が、何処からともなく心に伝わってまいりました。
恐ろしさで声にならず、懸命に頷くお米。
「それが、命のありようなんだよ。生きとし生けるものの命は全て、そのような危なさの下(もと)にあるんだよ。
下手に手を離して動こうとすれば、崖下に転げ落ち、掴まっている枝を強く握り締め過ぎれば、折れて千切れてしまうだろう。
お前が助かる途(みち)は、残っているもう一つの手で、周りの土をその木の根元へと掻き寄せ、かき寄せ、その木を強く太く育てていく以外にはないのである」
「今の私の足をよく御覧。汚いと思うか」その足は金色に輝いておりました。
首を横に振って否定するお米に向かって、お坊さまは更に話し掛けられます。
「この足も、先ほどお前が汚いと嫌って(いやがって)、いやいや洗ってくれた、あの足と、同じ足なんだよ。
ほら、私のニオイも嗅いで御覧」
お坊様のお身体からは、何とも言えないすがすがしい香りが立ち上ってまいります。
「どうだ、臭いと思うか」
懸命に首を横に振るお米。
お坊様は更に話しかけられます。
「このニオイだって、先ほどお前が嫌って、顔を背けた、あのニオイと全く同じものである。どうだ、今でもこれを嫌な臭いと思うか。」
首を横に振るお米。
「さよう、そうは思わないであろう」
「お前がある物に対して、汚いと感じたり、綺麗と感じたり、また、好ましいと感じたり、嫌だと感じたりするのは、全てが、ただ認識によって生じている、心の問題にすぎない」と言われる荘厳な声が聞こえてまいりました。
その声は更に「お前が今回、私の足を洗う事になったのは、お前は先輩の意地悪によって押しつけられたのだと思っていたであろう。
だがそうではない。それは、必然だったのである」
「今まさに、非道、不幸のけもの道へと迷い込もうとしていたお前を、正道に立ち帰らせ、真の人の歩む道へと、導く為のみ仏の慈悲だったのである。
そしてそれは、そうなって欲しいと願っている、信心深かった亡きお前のご両親の、切なる願いを叶えるためでもあったのである。
お前は、心の中で、毒づきながらではあったが、それでも手抜きをすることもなく、懸命に私の足を洗ってくれた。
また、私の去った後、自分の行いを恥じ、心の痛みも感じてくれた。
さらに主人に怒られるのが怖いと言う理由ではあったにしろ,私に渡し忘れた喜捨の品々を手渡す為に、懸命にもなってくれた。
そこに、多少の救いをみる事が出来よう。
よってお前には、正道を歩み、幸せを掴むチャンスを、今一度与えることにする。
お前は、これから後も、その右手の不自由さゆえに、幾度となく、差別に苦しむことになるであろう。
しかしそれは、因果の理(ことわり)にのっとり、お前が乗り越えていかなければならないこの世での試練である。
この後、お前を苦しめたり、バカにしたりする人に出会ったとしても、その人を恨んだり憎んだりしてはならない。
そう言った事で差別したり、軽蔑したりする人がいたら、逆に憐れんでやりなさい。
そう言う行為は、その人自身、自分で、自分の価値を貶めて(おとしめて)いる、可哀そうな人なのだから。
何があろうと、仏を信じ、感謝の心を忘れず、真心をもって人に接しなされ。
その時々、自分のやるべきことをきちんとやっていきなされ。
外見や地位によって、人を差別することなく、困っている人、弱っている人を見かけた時は、どんな人であれ、手を差し伸べ、助け上げてやる為に、その時出来る、精いっぱいの努力をなさい。
中には、真意が分からず、貴方の差し出した手を振り払おうとする人も出てくるであろう。
またお前の力が及ばず、結果として、一緒に泣いてやるくらいしかできないことも多々あろう。
しかしそれはそれでしかたがないことである。
そういった事を地道に続けていく事が、(この世において)徳を積むことであり、先ほど申した例えで言えば、松の木の根元に土を掻き寄せる行為なのである。
お前のその手によって救われた者の数が、百と八つの数を越した時、この世においては、お前のその手の不自由さは消え失せ、その手によって、お前自身も、抱え込めないほど大きな幸せを掴むことになろう。
さらにあの世においても、仏の台(うてな)の、最も近い所に座する事になるであろう」という、厳かな声が耳に、響いてまいりました。
・・・・・・・・・・・・・・
その7
お米は、うっとりとした顔に、安堵(あんど)の色を浮かべながら、お坊様の足にしがみ付き、涙をぽろぽろ流しながら、伏し拝みました。
しかし祐貞はそれでもまだ、何も気付きませんでした。
祐貞は、馬鹿にしたように、
「お兼、お米、しっかりしろよ。
一体お前ら、何をやっているんだ、真昼間(まっぴるま)から。
こんなインチキ糞坊主に騙されるなんて、ど情けない」
「何が尊いお方様だ。こんなのただの乞食坊主じゃないか」
「俺が今、お前らの目を覚ましてやるから、よう見とれ」というやいなや、お坊さまから先ほどのお握りをひったくると、地べたに投げ捨て、それでも足りず、更に、足で踏ん付けました。
お握りは無残にも、へしゃげ、泥の中に、めり込み、泥や泥水が混じり込んで、全く食べられなくなってしまいました。
「ほら、よく見ろ。こんな事をしたって、変わった事なんか何にも起こらなかっただろう。
どうだ、どうだ、これでもこの坊主の事、尊いお方だといえるのか」
「糞坊主め、仏罰なんか、おれは怖くないぞ。
そんなコケオドシは俺には通用せんからな。
罰を当てると言うなら、当ててみろ。ほら、ほら、やってみろ。どうだ、どうだ」
と何度も何度も、お握りの包みを踏んづけ、挑発するかのように、大声で叫び続けました。
次回に続く
その5として12月26日アメーバへ送付
その3

お坊さまが立ち去られた後、台所に集まってきた女中達は、しばらくの間、お坊様の話に、花を咲かせておりました。
「ああ臭、臭。窓も、扉も、しばらく開けっ放しにしておきなさい」
「それにしても汚い坊主だったわねー。あれ何処から来たと言っていた」
「どうせ無住の乞食坊主でしょ」
「ご主人様も、ちょっとは、わたしたちの身にもなって欲しいもんだわ」
「こんな道楽、もういい加減にしてほしいよねー。
お米、お前も、大変だったね。御苦労さん」
「お前も嫌だったろうに、よく我慢したわね。」
「一体、あのくそ坊主、何日間、お風呂に入ってないのだろうね。」
「私なんか、もう、近くに寄ってこられただけで、ぞぞ毛が立ったわ。
お米、お前はよくやったよ。感心、感心。」
「お米。あの乞食坊主が腰掛けた所、きちんと拭いておいておくれ。ダニや虱(しらみ)が落ちているかもしれないからね」などなど、みんな勝手な事を言い合っておりました。
しかしお米は、何か心に引っかかるものがあって、他の女中達に同調する事も彼女達のように浮いた気分になれませんでした。
その時でした。上り框(かまち)を見た女中の一人が、
「お米。お前、お坊様にお渡しする事になっている、御喜捨の品々をお渡しするのを、忘れたんじゃない?」と咎め(とがめ)ました。
言われてみれば、お坊様に差し上げる為に、いつも準備してあるお米、小銭、そしてお握りを包む用の葉蘭の葉、竹筒の水筒等といったお布施の品々が、そっくり準備した時のまま、置かれておりました。
女中頭は蒼く(あおく)なりました。
かねてより、御主人から、丁重に扱うように命じられている僧侶を、新米の、幼いお米一人に押し付けて接待させ、そのあげく、大失態を起こしてしまったのです。
そんな事が御主人に知れたら、大目玉を食うにきまっています。
「未だ遠く迄は、行かれてないだろうから、直ぐに追いかけて、お渡ししてきなさい」
「お米だけじゃ―、心もとないから、誰かほかにもう一人行ってくれる人は、いない?」と女中頭(がしら)。
その声に応じて、お兼(おかね)が
「わたしがまいりましょうか」と手をあげました。
お兼はどちらかと言うと、温和な性質で、思慮深く、40歳を少し過ぎているだけに、とても常識的な女でした。
しかし事なかれ主義で、何事につけても、角が立たないよう、仲間外れにされないようにと立ち回って、自分を出さない女でもありました。
従って今回の、お坊様のお接待についても、皆と同じように、幼いお米一人に押し付け、逃げはしました。ところが、もともとはとても信心深い女でしたから、良心が咎め、内心では、自分のしたことを、とても悔やみ、心の中で、自分を責めていたところでした。
その為、お米と一緒に行ってくれる人をと、女中頭が言った時、真っ先に手をあげたのでした。
「お兼、そう、お前が行ってくれるの。お前が一緒なら一安心。きちんとお詫びをしてきておくれ」と言いつけると、女中頭は、そそくさと、奥へと入ってしまいました。
お米とお兼の二人は、御喜捨の品々を持つと、早速、出かけようとしました。
所が、その時でした。
少し前に、遊びから帰って、女中達の話を聞いていた祐貞坊ちゃまが、にやにや笑いながら、二人の所に近寄ってきて言いました。
「お前達、慌てて追いかけようとしたって、その坊さんが、どちらへ行ったのか、知らないだろう。俺、知っているから、一緒に行ってやろうか」と。
一緒に行って、何かトラブルでも起こされたら大変と思ったお兼は
「大丈夫ですよ、お坊ちゃま。私たちだけで行ってまいりますから。どちらの方に行かれたか、方向だけ教えて下さい。」と返しました。
しかし祐貞は「ベーだ。おれを連れて行かないのなら、教えてやらなーい。教えて欲しけりゃ、おれのいうとおりにしろ」と言うなり、
お米の手から、お握りの包みをひったくり、先に立って、走り始めました。

その4
竹藪の中の道を走り抜け、広々と田んぼが広がる場所に出た所で、田んぼ道の彼方に、お坊さまらしい小さな人影が動いているのが見えました。
二人の女中は、「お坊様、お坊様、どうかお待ちください」と大声で叫びながら一生懸命追いかけました。
やっと追い付いた二人の女中は、
「先程は失礼しました。お立ち寄りくださったお坊様方に、お渡しするようにと、かねてより、主人から言いつかっておりました、御喜捨の品々を、お渡しするのをつい失念してしまいました。本当に申し訳ありませんでした。どうかお受け下さい。」と言って、米、小銭、竹筒の水筒を差し出しました。
それから祐貞の方を振り向いて、「さあ、お坊ちゃまも御挨拶をして、手に持っている物をお坊様にお渡しして」と申しました。
すると祐貞は「お前たちが噂していた乞食坊主というのは、こいつの事か。お前たちが言っていた通り、本当に汚らしい奴だなー。ほらお握りを恵んでやるから、もっていけー。」というと、托鉢僧の足元へと、お握りの包みを投げつけました。
運悪く足元に当たって跳ね返った、そのおにぎりの包みは、あぜ道をころがり、田植えをする為に、満々と水が張られていた田の端まで、転げ落ちてしまいました。
内輪の者達の中だけでしていた話をばらされ、耳まで真っ赤にした、お兼は、「もうお坊ちゃまったら。」と言いながら、あわててお握りを拾い上げました。
しかしお握りは、もうかなり泥水で汚れしまって、とてもお坊様に差しあげられるような状態ではなくなっておりました。
それをみたお兼は「申し訳ありません。本当に申し訳ありません。直ぐに、家に帰り、取り替えてまいりますので、どうかしばらくの間お待ちください」というと、早速家にとって返えそうとしました。
しかしお坊さまは、「良い、良い。構わぬ。構わぬ。水に浸ったからといって、どうせお握りを食べた後は、腹の中に入ってからお茶で潤す(うるおす)ものだから、後が先になっただけじゃ。ありがたく、それを頂こうぞ」
と言われると、そのお握りを押し頂かれ、それを持って歩き初められました。
その後ろ姿を見た時、お兼は、お坊様の背中から、神々しい光の線が無数に差し出ているのに気付きました。
思わず道に座り込んだお兼は、お坊様の後ろ姿を伏し拝みながら、「尊いお方とは存ぜず、私どもがいたしました無礼の数々、どうかお許しください」
「ぼちゃま、お米、貴方達も、早くお詫びを。
姿はこのように、むさい姿に替えておられますが、このお方こそ、話に聞いている、苦界に苦しむ、私達衆生を救うため、入定後(にゅうじょう後:聖者がお亡くなりになった後)も尚、お姿をお変えになって、日本国中を歩いておられるといいう、霊験あらたかな(霊験がはっきり表れる)あのお方、そう、あの弘法大師様に違いありません。」
「さあ、早く今迄の無礼をお詫びし、これからのご加護をお願いなさい」
「坊ちゃまも、どうかそうなさってください」と二人にもお詫びをするようにと促しました。
しかし信じる心を持たない二人には、托鉢僧の本当の姿を、知る事が出きませんでした。二人はお兼(おかね)のする事を、ただきょとんとした眼で、眺めているだけでした。
続く