こんばんは。

冬个です。

お久しぶりですね、元気でしたか。変わりない世界を楽しんでますか。生きていますか。

この前キャスで話した内容なんですが、どうしても文章に残したくなったので。




暗転。




さて、皆さんは何か幸せに思うことはあるでしょうか。喜悦。愉悦。法悦。どのような事でも
、何か心から喜びを感じることはあるでしょうか。

良いでよね、幸せということは。

そして皆さんはふとした幸福に慣れて、至高の幸福を求めているのではないでしょうか。

人生遊んで暮らせる程の大富豪になりたい、誰よりも抜きん出た才能をもって世界に認めて貰いたい、と言ったような至高の幸福。

この時僕はふと思ったんです。

至高の幸福が当たり前になった人間は仄かな幸福に対して幸せだと思えるのか。
至高の幸福を知ってしまった人はつまらなくないのか。

私たちは当たり前のように今の環境よりも良い環境、自由を日々求めていると思います。

しかし結果としてそれはどうなのでしょうか。今現在我々のいるつまらない世界であるからこそ、寧ろ幸福と言う概念に対して目前に向き合えるのではないでしょうか。

誰しもが絶望するような環境でも、目の前にふとした幸福が転がっていたら、その幸福は至高になり得るのではないでしょうか。

1日を終えるお風呂が気持ちよかったり、一方通行に好きだと思っていた人から告白されたり、ご飯が美味しかったり、道に迷わななったり。

僕は至高の幸福を知ってしまってつまらない人間になるよりかは、どこまでも凡人だけど自分を貫いて、仄かな幸福に縋ってそれを噛み締めて這いずり回る方がずっと人間だと思います。

皆さんはどうですか。改めて考えると、今の絶望的な世界でも、少しは光を見ることが出来るのではないでしょうか。

こんなつまらない腐った世界も捨てたものじゃないです。

皆さんも絶望と仲良くなりましょう。

少し短いかも知れませんが、今回はこのまでです。

それでは、またいつかの宵に会いましょう。