3/24、月海に姉妹ができました。

私がとうとうお母さんに。

ここまでの道のりはとても簡単ではなかったと思う。

二回目に残念な事がおきてから、生理の量も少なく色も薄くなっていた私は、かなり焦っていたし、40才を過ぎたため今度駄目だったら、諦めないといけないだろうなという思いでいっぱいだった。

とりあえず、思い付く事は全部やってみた。

妊娠前は、子宮を温める食べ物を食べ続け、骨盤矯正をやった。

不育症かもと病院に足を運んだ時に妊娠がわかり、検査が出来なくなった為、流産予防の鍼灸に通った。

検診が怖くて仕方がなかった。もし、心拍が停止していますと言われたら…。

5ヵ月迄は軽い鬱だったと思う。

姉に報告できたのは、8ヵ月に入ってから。

産まれてすぐのこの子を抱いた時、肩の荷がおりた気がした。

今のところ、元気いっぱいのこの子を見て、たまに泣きそうになる。同時に天国にいる月海とくるみの事を思わない日はない。

旦那のご両親や、姉、父、様々な人が待ち望んでいた、赤ちゃん。私の元に来てくれて本当にありがとう。

優依華





本当は、2月25日に更新したかったのだけど、スマホに替えてやり方が分からなかったので遅くなってしまった。

改めて、月海、一歳の誕生日おめでとう!!そして、くるみも2月は産まれ月だったね。

一年半前出産して、私の場合わりと最近迄旦那意外とは話したくない気持ちで一杯で、あまり外出もしてない状態だった。正直よくないなとは思っていたけど、無理に自分を変える事はせず、時が流れるのに任せていた。

2月に入って、以前働いていた派遣先から連絡があり、月海の誕生日あたりに4日間だけど、働いてみた。一緒に働いた人も、子供に中々恵まれなかったり、事情で二人堕胎してしまった事など色々話しをした。
外で人と話せるか心配していたけど、自分の話しも、人のお祝いも捉えて返せるようになれた事が分かり、ちゃんと時間が解決してくれてるんだなと、痛感した。

一年半家で過ごしてみて分かったのは、私は専業主婦より、外で働く方があってるという事だ。

これからも、様々な事が起きるだろうけど、時間がかかっても、自分の中で納得して、日々過ごしていこうと思う。








Android携帯からの投稿
昨日めったに連絡のない姉から、電話がかかってきた。

なんとなく、嫌な感じがして電話に出ると、父が心筋梗塞で意識不明になり倒れ、病院に運ばれたというものだった。

父のお嫁さん(私は父と一回り年下の、あまり交流出来なかった後妻さんなので自分の中でそうよんでいる)は元看護婦なので、父を絶対動かないように指示し、即救急車を呼んでくれたので、助かったらしい。

今日実家へ電話してみると、もう退院して帰っていた。何事もなくて良かった。父はMRIも撮ったが、出血もなく、問題なかったそうだ。長年の喫煙と、飲酒がたたったんだろう。なんせもう75歳…。

父には、心配ばかりかけて、少しも親孝行してあげてない。
今更ながら悲しくなった。

せめて、孫の顔位見せて、喜ばせてあげたいんだけどな。

今借りてるマンションも、昔ながらの大家のやり方で、住居する人各々で、保証人が必要で、二年に一度、更新する度に保証人にも印鑑をもらわなければならない。今時保証会社をつけないやり方らしい…。
居住後に知ったので、引っ越しなど考えてない私達は、来年二度目の更新の為に印鑑をもらわないといけない。

こんな状態の父をまだ頼らなければならないのは、情けないなあとつくづく思った。