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この国に誇りと希望を!

皆様、一年間、駄文続けたこのブログを最後までお読み頂きありがとうございました。


海外の生活で、日本の素晴らしさと普通の国にあって日本に無い常識の無さを痛感し、自分でも何か出来ることが無いかと東京JCの門を叩いたのが8年前。


その時の気持ちは、海外の友人に対して「日本はもっと素晴らしい国だぞ!」という気持ちと、日本人の友人に対して「日本はこのままではヤバイぞ!」というものです。


とはいうものの、何の実力も無い私は、最初はJCで目先のことを務めるだけで、まさか、自分が理事長を務めるとは夢にも思っていませんでした。


この職務を終えて思うこと。


国や、地域を思う心がなくなっては、社会がまったく成り立たない、そう思います。


日本人は豊かになりすぎて、大切なことを忘れ、大事なものが何か分からなくなっているような気がします。


贅沢がそんなに素晴らしいことか、便利がそんなに素晴らしいことか、今年一年活動してきて今一度疑問に思っています。


そんな社会の中で、青年の義務とは社会に贖い、常に自分の理想を描き、そこにチャレンジすることだと信じ今年一年活動してきました。


ここまで、私の選択すべてが正しかったと思いません。しかし、私に未来が見通せない以上、その時その時で自分の思うベストの判断をしてきたのが事実です。 そういう意味では、得たもの失ったもの大きかったかも知れませんが、後悔などはまったくありません。


これからも個人として、海外の友人達に自慢できる国づくり、地域づくりに進むことを皆さんとお約束し、筆をおきたいと思います。


一年間、東京JCを支えてくれた皆様本当にありがとうございました。


2009年12月26日

神田の事務所にて

栂野 慶太 拝

対馬

先日、1泊2日で対馬に行ってきました。


韓国が領有を主張し、議員が返還請求を決議したり、運動をする市民が来島したり、島の不動産を韓国の資本が所有したりといったことが、最近マスコミをとおして報道されていました。


残念ながら現地の様子は、シーズンオフということもあり、韓国人が大挙して押し寄せている様子も見受けられませんでした。


逆に感じたのは短期の訪問だけでは意見をすることができないのではないかと思いました。


但し、確実にこの島では、国境を感じることが出来ました。

他国では普通に感じる国境も、日本という国では一部の地域を除いて感じることは少ないと思います。


日本人の10倍の観光客がいる中、観光客のマナーや町に溢れるハングル文字、そして韓国の人の強い領土意識があいまって、一部のひとの排斥意識が高揚しているようにも思いました。


現地の人の意識はもっと現実的で、その10倍いる観光客がいなければ経済的にも成り立たない事を十分認識しているようです。


東京からみても、一部の地域は外国人地域ができていたり、築地の外国人のマナーの悪さは国籍を問わずよく伝わってきます。 ただし、東京が外国に領有される可能性はまったく感じませんが、対馬の置かれている環境は逆です。


これは冷静に考えれば、日本人にも同じことが言えるのだと思っています。アメリカ、ブラジルには日本人街がありますし、世界遺産に落書きした日本人学生もいました、三菱地所はアメリカの魂であるロックフェラーセンターを始め不動産を買占め、「日本を売れば、アメリカが二つ買える」と心無い言葉を吐き続けた時期もありました。


一つひとつの事象を良く見れば、日本も同様の事を外国でしていると思います。


が一つ、大きく違うところは、領有権の問題です。 私が出した日本の例も経済上の話で、日本も決して他国に対して領有を言っているわけではありません。


私の目から見て、大きな問題は、本当に日本の政府は対馬を守る意識があるかどうかです。


尖閣諸島をみても、竹島をみても、私は日本の政府に、国家の義務である、国土の保全や国民の財産を守ろうとする意識の見えなさに、島外の私達は不安を感じるのだと思います。


日本がしっかりと、領有権を守るのであれば、沢山押し寄せる観光客も街の経済を支え事になりますし、そこで起きるマナーの悪さは韓国側の旅行会社と上手く話し合いをすべきです。 不動産への投資も、日本は自由経済の国ですから、あまり激しい規制はかえって日本や島自体の衰退にもつながってしまいます。


そのことを島の人は冷静に理解し、島外の人間が盲目的に「やばい、やばい」と思っているように感じました。


大事なのは排斥運動より、この国がつしっかりとした領土意識と外交政策を持つことだと思います。



12月例会 卒業式

青年会議所は、40歳で卒業です。つまり、40歳を迎えた年の12月の活動を最後に、JC活動が最後になります。

東京JCの毎年の12月例会は、年間の活動に対する褒章があり、有名歌手のエンタメあり、そして最後は卒業生が登壇して、現役側からの送辞と卒業生代表からの答辞を受けるという流れです。

が、今年は盛り上がった。私が理事長だから贔屓目で見ているのではなく、入会以来殆どの12月例会に出ているが、本当に今年は盛り上がりました。

なぜか?まず、今年は舞台の設えが、凸状になっていて、上手下手の階段以外に真ん中にレッドカーペットが敷かれた階段も用意されていました。

この階段が、褒章や卒業生登壇に大活躍。

そして、エンタメ。 中西 圭三さん。 Womanでメンバーがいっきに聞き入り、ぼよよん行進曲で同伴の子供達も大盛り上がり、そして、choo choo trainで座っていられなくなったメンバーが凸状の先端にいる中西さんを壇下で取り囲み、週末のクラブ状態(といっても最近のクラブなんてしらないので、80’sディスコの週末状態ってことです)。

最後には、壇上にメンバーが上る失礼がありながら、中西さんは笑って許してくれて、暴徒とかす一瞬手前まで盛り上がってしまいました。

その盛り上がりに気を良くしてくれたのか、中西さんは2曲もリクエストに答えてくれました。

送辞、答辞も無事に終え、卒業生から「世界に一つだけの花」の曲のプレゼント。

いつもなら、1曲のところ、さらにChoo Choo Train の音楽と共に、卒業生がエグザイルのぐるぐる千手観音状態に。 大爆笑の中、よく見ると一番後ろに中西さんがいらっしゃるじゃないですか!!?

じゃあ、この盛り上げの為に1時間以上待っていてくれたってこと!?

このサプライズ、理事長にも黙っていた笹島理事めぇ~、・・・よくやった。

またまた、ご本人と一緒のチュウチュウトレインで、涙と笑いとで大盛り上がりの卒業式でした。

やっぱり、自分達の若い時代の曲はいつまでも忘れないし、盛り上がれますね。

めったに騒がない私も、(不覚にも・・)ちょっと騒ぎ過ぎました。

緒方貞子先生&60周年記念事業

60周年記念事業として、緒方貞子女史の講演、ならびに私と対談させていただきました。


緒方貞子女史といえば、歴代の犬飼首相を祖父に持ち、UNHCR、国連高等弁務官として時の総理大臣よりもその名を世界に知られた方であります。


私も当時、国連のお膝元ニューヨークで仕事をして、頻繁に現地の新聞の書面を飾る日本人、Sadako Ogata、の名前には、元気付けられたものです。


「社会貢献をより身近なものに」というのが、周年事業のコンセプト。世界の平和に貢献されたということでは、近年緒方女史の右に出る方はここ近年の日本では思い当たりません。


そんな、緒方女史とは実は初対面ではなく、約7年ほど前、ある先輩の伝をたどって、東京JCの国際会議宛てのインタビューを撮りに行ったことがあります。


当時は、入会2年目。副理事長や理事の露払い兼、現地通訳で同行しましたが、前日の食事による食あたりで、夜中から吐き続け、インタビューも、当時緒方女史が所属していた、ロックフェラー財団までたどり着くも、現地のロビーで伏せている状態。


あげくの果てに、見かねた職員さんが、地下の医務室に運んでくれて、大変な迷惑を掛けました。


そんな、失態を仕出かしたせいか、私の顔や名前は兎に角、その事件自体は覚えていらっしゃっいました。


打ち合わせのとき、「緒方先生で始まったJCが、今年最後の事業としてまた緒方先生とお話できて光栄です。前回の失態もあったので、今回は自分へのリベンジなんです。」と言ったら大笑いされていらっしゃいました。


お話の中で特に印象的だったのは、「けっして、はじめから自分では世界の平和に貢献しよう」なんて思っていなかった。まず、目先にある困難を解決しようとしただけだ。」とおっしゃっていたこと。


本当にお忙しい中ありがとうございました。


で、そのあと、元中田横浜市長を先生に、スクール形式に他のJCメンバーが登壇する2部もありました。

中田元市長の素晴らしい進行にたいして、メンバーがあがっちゃってる為か、アドリブがまったく利かない利かない。

が、かえってそれが笑いを誘い、楽しく社会貢献を学ぶ機会を提供できました。

モーニング娘

チュニジアから帰った当日、奥山理事の無理なスケジューリングとアグレッシブな例会企画でモーニング娘と一緒に、3万人を前に、それも武道館で、ステージに上がる何とも言えない栄誉をいただきました。


10年の米国滞在を終え帰ってきた日本で、「モームス」、「ブッチフォン」など、聞いたことも無いような日本語が飛び交っていて、そのブランクを感じたものです。


本気で、「モームス」は天むすから、おむすびの一種を、「ブッチフォン」は約束をブッチするための電話かと思ってました。


さらに、本例会に関する会議での一こま。

栂野:「おれ、モー娘って言っても、ひごちゃんもかごちゃんも分かんないよ。」

メンバーA:「ダチョウクラブじゃないんだから、ひごちゃんなんていませんよ。」

メンバーB:「かごちゃんももういません。」


失礼ながら、ほんとにそんな感じからのスタートでした。


が、お会いすると、みんな本当に明るい子で、楽屋でも本当に仲がよさそうでした。


私の挨拶から、マイクを渡す高橋愛ちゃんは、打ち合わせ中もしっかりしていて、びっくり。


他のみんなも、あの大舞台で打ち合わせのとおり進めていく姿は、やっぱりプロなんだな~、と自分の娘でもみるお父さん気分でステージを眺めていました。


この企画は東京JC60周年記念事業の一連で行われました。主催は学生の団体AGE。


武道館で、劇団ひとりさんや歌手のChemistryやA.I、(あと有名な人も居たんだと思うんですがわかりません。ちなみにA.Iも当日しりました。)、お笑いのオードリーなどを招き、お笑いや歌の間に、NO.1学生バンドを決めたり、学生企業家を表彰しようというイベント。


東京JCとしては、そのなかの30分を頂き3万人の皆さんと環境保護の大切さを学ぼうというもの。


そして、東京JCと協力関係にあるNPOやNGOのブースを出展して、紹介していこうというものでした。


ですこし、時間を遡って。


イベントのスタートは、劇団ひとりの司会によってスタート。ものすごくつかみがよくて、武道館が歓声と笑いでゆれんばかり。

「おれ、こんな雰囲気の中どうやって出て行くの!!!?」

奥山理事:「大丈夫です。今日は盛り下がっても良いんです。普段、社会貢献やボランティアと関係ないと思われる人間に訴えかけるのが今日の主旨です。みんなが席をたってトイレに行っても、伝わる人に伝われば委員です。」


そりゃ~正論で、事業計画書の時点でわかっちゃいるけど、正直な気持ちは「そんな殺生な・・・」。


今年理事長として、皇室はじめ著名な皆様と大舞台を踏ませていただきました。


正直、舞台の大きさや人数では緊張しません。が、学生を中心とする世代が3万人とモーニング娘は想定外。


それは、武道館に集まった多くのメンバーも感じていたみたいで、自分の事のように緊張していたようです。


まぁ、無事かどうかは置いておいて、なんとかこなし、終了の挨拶をもう一度モー娘の皆さんとご挨拶。


いっきにモーニング娘のファンになってしまった夜でした。

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