H24.8.23 12.時25分 祖母 逝去しました
7年前に自宅で転倒して腰椎圧迫骨折した、ばあちゃん
少し前から、認知症でもあって、一人暮らしも難しくなった、ばあちゃん
一緒に住んで、暮らそうよ
6年前に、娘の家に一緒に住み始めた、ばあちゃん
私たちからしたら、安心と思うけど
新しい場所・馴染みのない街・環境が変わって大変だったろうに
「そんな事はないよ・・・お世話になります」と気を遣ってた、ばあちゃん
近くのスーパーで家族の分まで牛乳やお米・パンなど、押し車で買い物してた、ばあちゃん
認知症で毎日同じ物を買ってくるけど、家族分までいつも買ってきてた、ばあちゃん
私は、ばあちゃんを介護していきたい。
一緒に住むんだったらずっと元気でいて欲しいと思い、介護の道にすすんだ
新しい街に来て、デイケアに5年前から通い始めた。
認知症も少しづつ進行していってたけど、買い物や手伝うことはないか?と身体が動く限り
娘に聞いてた、ばあちゃん
一緒に私とばあちゃんで喫茶店でお茶して、昔の事を話たりしたよね
ずっと、夫の酒癖が悪くて、暴力受けた事とか、子供の話してた、ばあちゃん
いつものソファーに座って、ご飯食べて、家族の話聞いて笑ったり、床のほこりを拾ったりして
家族をずっと優しい眼差しで見てくれてた、ばあちゃん
持病も悪くなり、認知症も進行して、家族の介護負担も大きくなってきてた
でもね、ずっとばあちゃんは「いつも、あんたに世話なってごめんね」って、こんな孫にまで
気を遣ってた、ばあちゃん
施設とか、他の場所では「孫が優しくてね」って他の人から、そんな事を聞いて
他の場所にまで家族の事を想ってくれてた、ばあちゃん
私は、ずっと元気にいて欲しいと思いリハビリの先生になる道をすすんだ
膝・腰が少しづつ弱くなって歩行するのも難しくなってきてたけど、家の階段を頑張って上って
いつものようにソファーに座って、笑顔で家族を優しい眼差しで見てた、ばあちゃん
家族の些細な喧嘩でも、「もう、辞めときや」と心配そうになだめたり、傾聴してた、ばあちゃん
これまで、ショートステイや老健・特養など色々な介護サービスをケアマネさんのおかげで
受けてきた、ばあちゃん
最終的には、持病で意識障害に陥り、今年6月~現在まで入院していました
季節もわからなくなった
少し前の事も忘れてた
家族の名前も忘れるようになった
トイレの失敗も多かった
でもね、入院中で意識朦朧としてても、しんどくてもね、笑って「ありがとう。うれしいわ」
って言ってくれてた。
目を開けれなくても、笑って「ありがとう」って言ってくれてた、ばあちゃん
そしてH24.8.23 ゆっくりと息を引き取りました
「ありがとう」の言葉
ばあちゃんのその性格・言葉がね、ばあちゃんの子供・孫・ひ孫達が最期一緒に居たいって
集まってくれてたんだね。
みんなが共通して、ばあちゃんに言っておきたい言葉
「ありがとう」
本当にありがとう、ばあちゃん。
ばあちゃんが居てくれたから、今の自分の道がある
家族もこうして居る
ばあちゃんの子供達も揃って話せる
新しい街に来ることも、今考えると必然で、ばあちゃんがそうしたのかなって。
私たちが逆にばあちゃんに世話・助けられてたんだって、思った
ばあちゃんの孫でよかった
本当にありがとう、ばあちゃん
来世でもね、娘が言ってた「来世でもおかあさんの娘で居たい」って
私も「来世でばあちゃんの孫で居たい」ってね。
その時まで、待っててね。