マッチングアプリがすごいです。すごいというかヤバイです。
といっても私が利用したわけではないし、推奨するのでもないのですが、
私の世代的な思い込みを大きく更新することができたのでシェアのような記事となります。
私の世代の感覚だとマッチングアプリはいわゆる「出会い系」と呼ばれ、誠実なものが少ないとてもいかがわしいものでした。
でも今は?
実情はあまり変わりはないように思いますが、今の世代の男女においてはれっきとした出会いの場、社交の場として成立しつつあるようです。
少なくとも、昔と比べて、女性が初日に怖い思いをするリスクは多少は減っているように思います。これも時代の変化だと思います。
昔、知人になぜアプリを使用するのか聞いたことがありますが、「いわゆるいい人と呼ばれる人が周りにいないからです」と即答され、その説得力に驚かされました。
女性の日々の当たり前のルーティンという名の努力とは、男性からすると想像を絶するものがあります。
が...それでも昔は、それでイーブンとされてきたのだと痛感しました。
でも今は?多少は男性の無自覚な手抜きが許容される...その名残はあるかもしれませんが、
たとえば、不潔なものを不潔とアドバイスできる女性が増えてきたように思います。
一部の男性は、女性が感じるほどに不潔なものを不潔だと思いもしないのだと思い知る必要があるのかもしれません。
なにも不潔だけを取り上げてるつもりはありません。礼儀、気遣い、察する力など多岐に渡ります。
映画「君の名は」とかはほんの一部分ですが、ちょっとした気付きになるかもしれませんね。若々しい高校生でさえあの感覚です。20代、30代、40代、50代は...
いまどき結婚して幸せになりたいという女性は以前と比べると減っているのかもしれません。
もっと手前の部分、女性にとっての、いや、人類にとってのいい人であれば、出会い系から派生し進化を遂げたマッチングアプリのそもそもの存在意義以上の役割を果たしてくれるような気がしています。
(これはゴール設定というよりはバランスホイール上のバランスの話になりそうです。)
本当の人間性というものは、つまるところ男女は親密にならなければわからない部分がかなり多くありますので、そういうことも考慮しておくと備えとしては万全かなと思います。
類は友を呼ぶ、と言ってしまえば、そりゃそうなのかもしれませんが、どれほどマッチングアプリが素晴らしいものだとしても類友だからと言い放つに酷な話になりかねませんので。
ここでも誠実さと機能の提供が鍵になるのですが、それがあるのならそもそもアプリなどなくとも...という話になりループするので、ここまでにしておきます。
あ、1点だけ気になるのはコマーシャルです。
これ見よがしに、さもクリーンなイメージ広告、誰もが使用している感、乗り遅れますよー感のあるイメージ広告には辟易しています。
膨大な量の広告は膨大な額の広告料とイコールで、つまり、膨大な額を使用してもリターンが取れる巨大な産業だとそっちの方が気になってしまう私は、もし利用したとしてもきっと楽しめないのだろうなぁと思ったり思わなかったりです。
