生活保護費を思えば、とても贅沢な事だというのが、現実。

 

生活保護制度の文言に、「健康で文化的な最低限度の生活を保障し」とあるけれど、「文化費」なんてものは想定されていない。

 

本は、ブックオフで1冊100円になったものを探して買うくらい。

 

音楽は、昔買ったCDや、録音していたMDを、何度も何度も繰り返し聞いている。

 

美術館は、立地的にタクシーをつかわなければ行けないので、捻出が難しい。

 

子供の頃から、映画館が好きで、映画が好きで・・・・・・お金に余裕があれば、やはり映画館で映画が観たい。

 

テレビの地上波で見られる映画もあるけれど、やっぱり映画館の雰囲気が、たまらなく好き。

 

映画館の大スクリーンで、最新の音響設備で、五感を刺激されながら観る映画は、テレビとは別格。

 

「映画館で、映画が観たい」のだ。

 

障害者手帳があるから、1000円で観られる。

 

でも、その1000円を捻出するのに、数日、1食をカップラーメンにしなくてはならない。

 

そうして捻出したお金で、映画館へ行ったのが、先週。

 

映画館は、コロナ対策をしっかりしているし、時間帯をずらしたので、観客は8名ほどだった。

 

パニック発作を起こした場合を想定して、友達に付き添って貰っての鑑賞。

 

「シン・エヴァンゲリオン」

 

エヴァンゲリオンを、最初に知ったのは、まだ私が、毎日真夜中まで仕事をしていた頃。

 

たまの休みで、友人と待ち合わせた本屋で、手に取った漫画。

 

最初の10ページくらいで、「この作者は・・・・いったい、何者?」

 

と、驚愕したのを覚えている。

 

それ以後、手に取ることは、憚られた。

 

テレビ版でも、心がモヤモヤしたし、劇場版の上映は観るのが怖かった。

 

地上波で放送されたものを観て、もっとモヤモヤというか、「こころが、イガイガ」した。

(綾波レイは、ぽかぽかしたらしいけど)

 

エヴァンゲリオンシリーズの、集大成との事で、やっと映画館で観る事を決意したのだ。

 

映画館で観て、良かったと思う。

 

庵野監督が「ロボット映画です」と舞台挨拶で言ったそうだけれど、確かに、エヴァンゲリオンのメカニックデザインは、私が男の子だったら夢中になっていたかもしれない。

 

だけど、それ以外の人間模様というか、バックステージがすごすぎて・・・・・頭がついていかない。

 

あの場で、初めてあの映画を観た人で、一度ですべて理解出来た人が居たとしたら、すごいと思う。

私は、後半のめまぐるしい展開に、完全に置いて行かれてしまった。

今まで広げまくった伏線を、大急ぎで回収して、でも回収しきれず不法投棄された感が残った。

 

だけど、観て良かった。

 

エヴァンゲリオンがこの世に出現してから、私の人生も大きく変化した。

 

まさか自分が、生活保護者になり、障害者手帳で映画を観る日が来るなんて事・・・・・・・

 

その事実が、より私の心に刺さった。

 

でも、映画館を出た私は、いつもよりすっきりとした気分だった。

 

「文化」は「刺激」をも含む。

 

ATフィールドを外して、無防備にあの映画に触れて、全身で感じた。

 

あのアニメ作品に関わった、監督をはじめ多くの人たちに、心から拍手を送りたい。

 

(理解不足を補う為にも、もう一度観たいけれど、お財布が・・・・・・(^_^;)

 

 

 

小学生の頃から、いじめをする男子達(悪たれ集団)からよく虐められていた子がいた。

 

いくちゃん(仮名)

 

私の通っていた学校では、男子でも、女子でも、いじめられる子にはタイプがあった。

 

まずは「転校生」

 

次の転校生が、やってくるまで、叩かれたり、悪口を言われたりを、悪たれ集団にやられる。

 

彼らは、いつもターゲットを探していて、「理由」をつけて、いじめをするのだ。

 

「転校生」がなぜ理由なのかわからないけれど、彼らには充分な理由。

 

そして、いくちゃん他、男子数名。

 

あまり書くと、悪口になってしまうけれど、あまり成績が良くなくて、身だしなみができてなくて、反撃をしないタイプ。

 

いくちゃんは、側にいくと、ほんのり牛小屋の匂いがするような子だった(家は農家で、牛も飼っていたらしい)

 

いくちゃんと私は、友達ではなかったけれど、いくちゃんがいじめられはじめると、その間に割って入るのが、その当時、やたら正義感だけが強かった私だ。

 

悪たれ集団のリーダーは、いつも私と、学級委員をしていて、何かと張り合っていた男子生徒。

 

彼との争いの歴史は長く、いくちゃんに対するいじめも、最後は結局、彼と私の喧嘩に発展して、始業のベルの音で終了~というのがパターンだった。

 

そんな私が、中学3年生の時に、入院をした。

 

2週間。

 

実家から、車で1時間くらいの病院で、田舎の中学生がお見舞いに来られる距離ではなかったから、お見舞いには誰も来なかった。

 

ただ、ある日、手紙が来た。

 

手紙と共に、「重さがオーバーしてるから、14円(だった?)追加で、こちらで支払ったから、払って下さい」と看護婦さんに言われた。

 

私は、厚みのある封筒の差出人のところに、いくちゃんのお世辞にも綺麗と言えない文字を見て、手紙を送ってくれた感謝よりも、追加料金を取られた事に腹を立てていた。

 

本当に、子供だった。

 

馬鹿な、子供だった。

 

いくちゃんの家は貧乏で、いくちゃんがびんせんやふうとうや切手を買う事が、たやすい事では無いという事すら、その時は思いをはせることができなかった。

 

手紙は、無地の可愛さのかけらもない便せんで、読みづらい文字で、よく意味のわからない文章が、延々と綴られていた。

 

正直、入院の慰めには、全くならないような内容だった・・・・・・・・・・・・・・と記憶している。

 

退院後、私は、「いくちゃんに切手の料金が足りなくて、追加を払ったから、その分をちょうだい」と言った。

 

手紙のお礼を言うより先に・・・・・・・・・・その時の、いくちゃんの顔、今も覚えている。

 

10数円のお金も、数日経って・・・・・・それも数回請求して、やっと回収する事が出来た。

 

そのときの事を思うと、本当に、私はなんて思いやりの無い、心の貧しい子供だったのだろうと思う。

 

いくちゃんが、精一杯の気持ちで、お見舞いの手紙を送ってくれたのに、私ったら・・・・・・・・私ったら・・・・・・・・・・

 

中学を卒業してからの、いくちゃんの消息は知らない。

 

私が進学した高校に入れる成績ではなかったから、中学の卒業でお別れになるのはわかっていた。

 

卒業式の日、せめて、一言言えば良かった。

 

「入院の時、手紙くれてありがとう。手紙くれたの、いくちゃんだけだったよ」

 

と。

 

私は、いくちゃんがいじめられているときに、間に入ってかばった。

 

でも、それは自己陶酔的な正義感で、悪たれ集団のリーダーと張り合っていただけで、いくちゃんが好きだからかばったわけではない。

 

だけど、いじめられて、時には泣かされていたいくちゃんには、私はそういう存在だったのだ。

 

一生懸命書いてくれた手紙。

 

その気持ち、ありがとうって、なんで言わなかったんだろう。

 

最近、その事ばかりが脳裏をよぎる。

 

いくちゃん、元気に暮らして、幸せになっていて・・・・・・・・・・・ただ、それだけを思う。

生活保護を受け始めて、毎月、生活日を頂いている。

 

その内訳などについては、全く聞かされないし、通知も来ない。

 

だから、知らなかった。

 

本来、無いはずの、障害者加算が数年にわたりされていた事を。

 

あるとき、ケースワーカーから言われた。

 

「過支給されているので、約38万円を支払って下さい」

 

 

え?

 

 

何も考えられなかった。

 

勿論、そんなお金は持っていない。毎月の生活費をきりつめながら、ギリギリの生活をしている。

 

支給日近くになると、ほとんどお金は無くなり、インスタントラーメン生活が始る。(その食生活も一因で、成人病予備軍として、内科治療も受けている)

 

理不尽すぎる。

 

不服申し立てとか書面が来たけれど、うつがひどくて、何をどうしたらいいかわからない。

 

相談する相手もないし、寝たり起きたりの生活で、同情した友人がたまにまとめて食糧を代理で買ってきてくれることで、命をつないでいた頃。

 

市役所に連絡し、「払う」「払わない」「払えない」「では分割で」「分割でいくら」

 

そのやりとりをくりかえしているうちに、数年が経過。

 

そして、誓約書のようなものが送られてきた。

 

少し体調が良くなってきた時期だったので、友人に頼み、法テラスに弁護士に相談に行った。

 

結局のところ、差し押さえる資産や財産というものが全く無い。

 

役所が訴えたところで、毎月の生活は、国が定めた最低の金額。

 

支払えない事は明確。

 

私には、それしかない。

 

また、うつがひどくなる。眠りが浅く、睡眠薬の効き目が続かない。頓服を飲む頻度が上がる。

 

摂食障害の症状も出始めるが、これは絶対に、何が何でも嘔吐はしない。

 

そう心に決めて、ぐっとこらえている。

 

なぜなら、嘔吐の中の胃酸は、歯をもろくするからだ。歯がボロボロになっても、私には、自費でインプラント治療など出来ないとわかっているから。

 

ここでふんばらなくてはならないとわかっているけれど。

 

『過払いによる返還金請求』

 

市役所のミスなのに、まるでこちらが悪者のような書面、上から目線の文章。

 

あんまりではないですか?

 

理不尽すぎませんか?

 

返すお金があるならば、保護など受けていないです。

 

働きたくても、働けないんです。

 

また・・・・・・・・・・・・・・・・・落ち込みがひどくなる・・・・・・・・・・

 

子供の頃から、本を読むのが大好きだった。

 

小学校、中学校、高校の、図書館の本はすべて読破した。図書館司書の先生よりも、本の場所に詳しかった。

 

そんな私が、うつ病になって辛かった事の一つが、「本を読めない」という事だった。

 

集中が続かないのだ。

 

この本も、4年前にどうしても読みたくて購入して、4年が経っていた。

 

最近、少し体調が良いので、読めるかと思ったら読めた。

 

本を読めた事は嬉しい。

 

でも、はっきりいって、石原慎太郎って、本当に作家なの?という疑問。

 

作家というより、まるで、「自慢話」と「政治話」のパッチワークデザイナー。

 

私は、石原慎太郎も田中角栄も、テレビでしか知らない。

 

そして、二人とも、好きなタイプの政治家だ。

「目的の為には、念入りに準備をしながらも、ためらわず突きすすむ」

タイプが、好き。

でっかい事をする人が好き。器の大きな人が好き。

 

小利口なタイプの政治家は、嫌い。

 

この小説は、好きな政治家二人が作った、「駄作のパッチワーク」だったのが、とても残念。

 

ただ、「人生を作るのは、出会う人」という一言が、胸に響いた。

 

引きこもりの私に足りないのは、多分、これだと思う。

 

「私」は、「他人」がいて初めて存在する。そういう意味では、今の私は「幽霊」かもしれない。

敬愛するマザーテレサが、おっしゃっていました。

 

「愛情の反対は、憎しみではなく、『無関心』です」と。

 

その言葉を、初めて聞いた時も、涙が出た。

 

そして、少し前・・・・・・・・・・・・・・・

 

私には、大学生からの古い知り合いがいる。

 

彼は、事業を成功させ、大金持ちになった。

 

人生の成功者になった彼に、深い足場の無い井戸に落ち込んだような私が、連絡を取る事は、正直、とても惨めだった。

 

だけど、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うつ病との戦いに疲れて、もう死にたいと思った時、最後に彼の声を聞こうと思い電話をした。

 

彼は、私に寄り添い、自分のうつ病の経験談も話してくれた。

 

彼とのその電話で、私は自殺を思いとどまった。

 

先日、また辛い気持ちで電話をした。

 

彼は、再び、私の気持ちに寄り添い、色々と話をしてくれた。

 

先日、母校の高校で、講演会の依頼があり、久しぶりに旧友と飲んだそうだ。

 

その中で、両親の介護の為に会社を辞めて介護を続け、年金を受け取りながらギリギリの生活をしている友達がいる事を話してくれた。

 

その友人は、楽しかった飲み会のひとときを、「本当に嬉しかった、これでまた生きていける」と、他の友達に言ったのだそうだ。

 

私は、その友達の気持ちが、痛いくらいに伝わってきて、涙が溢れた。

 

私たちが辛いのは、お金が無い事だけでは無い。

 

それ以上に、「社会から隔離されている」という孤独感が辛いのだ。

 

閉ざされた世界で、地を這うようにして生きている人間にとって、成功した友人が自分を見下すこと無く、昔と変わりなく接してくれて、みんなと同じように盛り上がって騒いで笑った事が、本当に、宝物のような時間だったに違いない。

 

友人の喜びように、「大げさだな」と、彼は笑いながら話してくれたけれど、私は、涙がこぼれそうだった。

 

彼は、とても忙しい人間だ。

 

気軽に電話をかける事は、やっぱり出来ない。

 

それでも、短い会話の中でも、私の気持ちに寄り添い、励ましてくれる事が、どれだけ嬉しい事か・・・・・・・・

 

生活保護者に必要なのは、「お金」もあるけれど、やはり「社会から隔離されない事」だと思う。

 

もう一度、言わせて下さい。

 

「愛情」の反対は、「無関心」なのです。