7月半ばだと言うのに
ここ一週間、シトシトと
小雨が降り続いている。
例年以上に蒸し暑い
梅雨時期に心がすかっとしない。
今年の梅雨も長いのか
そんな事を思いながら
テーブルに並べられた
将棋の駒を片っ端から
舐めていた。
舐めているといっても
ペロリほどではない。
一度口の中にいれ
木材に掘られている
駒の刺繍を丁寧に口の中で
なぞるのだ。
これがこの町の交遊場所
「将棋のマスダ」で
働いている私の休憩時間の
唯一の楽しみである。
何が楽しみかって?
もちろん私が舐めている
将棋の駒はこのあと
年の頃で言うと
40歳後半から上は
80歳を超える長老が
将棋をさす駒だ。
「結局のところ乳しかみない」
「安倍さん!頼むから服着用禁止令を発足させてよ」
そんな言葉をかわしながら
おじ様達が楽しそうに
将棋をさすのだ。
そんな姿をみて
私は受付のところで
その駒は私がさっき
全部舐めましたよ。
そう心の中で叫んでいる。
なんとも卑猥な叫びだ。
ただそんな姿を
見ながら、心で叫ぶのが
私のここで働く唯一の楽しみであって、私の生き甲斐、
性欲を満たすことなのである。
*
お昼の1時過ぎた頃に
続々と町の初老がやってきた。
この初老達は毎日決まって
13時24分に来店してくる。
決して指定席などはない
この店だが、彼らは
自分の年間指定席かのようにいつも決まった位置に座る。
中にはマイ駒を持ってくる
ものもいるが当店では
マイ駒を断っている。
なぜかというと
私の楽しみが無くなるからだ。
そんなことされたら
たまったもんではない。
初めて来る客に
マイ駒を持ってくるものが
多いのだが、そんな客には
遠慮なく
200m先から
ハッシュドポテトを
30個くらい投げつける。
開店当初は
店の入り口が香ばしい
ポテトの香りで包まれたくらいだ。
毎日来る常連の初老は
決して強くもない
将棋を偉そうにさしている。
リーグ戦なのか
入れ替わりで
対戦相手を変えては
あーでもない
こーでもないとほざく。
早く帰らないかなぁ....
そう思いながら
受付でこっそり
将棋の駒を舐めていた。
*
全員と戦い終わったのか
初老達が安いタバコを
ふかしながら
井戸端会議をしている。
カランコロンカラン
3時を回った頃だ
店の扉が開き
一人の女性がやって来た。
見ない顔だ。
そう思いながら
なにもないような顔で
受付を済ませ、
初老達がいるテーブルに
背を向けて座った。
なにをするのだろう?
女は一人だ、
こういう場合
我々が相手をするか
その場にいる客で
相手を探し将棋をさすしかない。
ただ一向に女は喋らない。
将棋盤に駒を並べ
ひたすそれをみつめている。
その時だった。
綺麗に並べられた
駒を女が口に運んだのだ。
*
気がつけば日も暮れ
客は女一人。
かれこれあれから
5時間ほど舐め続けている。
しかも全部ならまだしも
5時間桂馬のみを舐めている。
駒を舐める私からすれば
桂馬を舐めるのが1番気持ちいい。
飛車は画数が多すぎて
顎が疲れてくる。
かと言って歩では
物足りない。
桂馬がちょうどいいのだ。
だがここまで5時間を
桂馬を舐め続ける人間を
初めて私はみた。
しかもよくよく考えれば
その桂馬も当然私が
舐めている駒だ。
なんだか考えながら
興奮してきた。
まさか将棋の駒で
間接キスが成立するとは
思ってもいなかったからだ。
女も女で舐めているわりに
顔の表情、輪郭
顔の軸
座る姿勢
右足の位置
なに一つぶれない
なに一つ変わっていない
あの女だけ5時間
時間が止まっているようだ。
むしろ5時間前に
タイムスリップしている。
まさかこの手のプロが
この世にいるとは
嬉しい反面
心のどこかでこの女が
憎かった。
自分にはないものが
この女にはある。
私は我慢ができなかった。
その技を習得したい。
そしたらば
休憩時間ではなくても
堂々と受付で駒を
舐めることができるのだ。
私は勇気をだして
女に声をかけた。
「塩ラーメンを私にかけてください!!」
*
商店街の人通りも減り
気がつけば
夜の11時を回っていた。
床に散らかった
チャーシューや
鶏ガラの香ばしい
スープの上に座りながら
女の香水の匂いが残る
座っていたテーブルを
見つめていた。
塩ラーメンを頭から
かけられ
頭皮が軽い火傷をおこし
ヒリヒリしている。
気がついたころには
店には人影もなく
いつのまにか女の姿もない。
私が見ていたのは幻か?
そんなはずはない
こうして塩ラーメンが
散らかっているではないか
だったらあの女は
なんだったんだ。
でも自分のなかで
よく考えた。
そもそも私が休憩時間
舐めたくった駒を
5時間にわたって舐め続け
挙げ句の果てには
塩ラーメンまで頭から
かけてくれた。
彼女は天使だった。
私の心にぽっかりあいた
穴を埋めてくれた。
彼女は知っていたのだろうか
私があの駒を舐めている事を。
なにもかもを知った上で
あの様な行動を
とっていたのか。
どっちにしろ私は今
幸せに満ち溢れている。
溢れすぎて
失禁しているくらいだ。
散らかった塩ラーメンと
将棋の駒を片付けているときなにか違和感を感じた。
なにかが足りない。
なにかがない。
なんだ?
私はいたるところを
探した。
テーブルの上
靴の中
食器洗浄機の中
脇の下
股の間
どこにもない。
というより何がない?
考えているが
気持ち悪い違和感で
支配されていた。
そのときだ、
私は気がついた。
桂馬がない。
桂馬が足りない。
あっ!!!!
あの女だ!
埋められた心の穴が
一気にぶち抜かれた。
なんてことだ。
私の1番好きな桂馬
それを盗まれた。
私は明日から
飛車や王将で疲れた顎を
どうやって癒せばいいんだ。
考えるだけで腹がたつ。
ピロリロピロリロ
電話がなり始めた。
誰だこんな時間に。
電話の向こうで
か細い声で女性が出た。
「あのー」
「先ほどまで店にいたんですが、ありがとうございます」
さっきの女だった。
なぜかお礼を言いだした。
「私の空いていた心の穴、否、穴が塞がれました」
「これも貴方のおかげです」
「貴方が5時間桂馬を舐めさせてくれて穴に入りやすくなったんです」
なるほど。
そういうことだったか。
自分の穴を塞ぐ為に
舐めて、舐めて、舐めて
舐め続けて、、、
納得できた。
電話を切り受付のテーブル
を見てみると一通の手紙と
現金が入った茶封筒が。
金額はそれほどだったが
手紙にはこう綴られていた。
「主食は天津甘栗です」
隙間風が吹く店内で
私は上を一枚羽織り
下に落ちたチャーシューを食べた。
完
著者
覚野元気
ここ一週間、シトシトと
小雨が降り続いている。
例年以上に蒸し暑い
梅雨時期に心がすかっとしない。
今年の梅雨も長いのか
そんな事を思いながら
テーブルに並べられた
将棋の駒を片っ端から
舐めていた。
舐めているといっても
ペロリほどではない。
一度口の中にいれ
木材に掘られている
駒の刺繍を丁寧に口の中で
なぞるのだ。
これがこの町の交遊場所
「将棋のマスダ」で
働いている私の休憩時間の
唯一の楽しみである。
何が楽しみかって?
もちろん私が舐めている
将棋の駒はこのあと
年の頃で言うと
40歳後半から上は
80歳を超える長老が
将棋をさす駒だ。
「結局のところ乳しかみない」
「安倍さん!頼むから服着用禁止令を発足させてよ」
そんな言葉をかわしながら
おじ様達が楽しそうに
将棋をさすのだ。
そんな姿をみて
私は受付のところで
その駒は私がさっき
全部舐めましたよ。
そう心の中で叫んでいる。
なんとも卑猥な叫びだ。
ただそんな姿を
見ながら、心で叫ぶのが
私のここで働く唯一の楽しみであって、私の生き甲斐、
性欲を満たすことなのである。
*
お昼の1時過ぎた頃に
続々と町の初老がやってきた。
この初老達は毎日決まって
13時24分に来店してくる。
決して指定席などはない
この店だが、彼らは
自分の年間指定席かのようにいつも決まった位置に座る。
中にはマイ駒を持ってくる
ものもいるが当店では
マイ駒を断っている。
なぜかというと
私の楽しみが無くなるからだ。
そんなことされたら
たまったもんではない。
初めて来る客に
マイ駒を持ってくるものが
多いのだが、そんな客には
遠慮なく
200m先から
ハッシュドポテトを
30個くらい投げつける。
開店当初は
店の入り口が香ばしい
ポテトの香りで包まれたくらいだ。
毎日来る常連の初老は
決して強くもない
将棋を偉そうにさしている。
リーグ戦なのか
入れ替わりで
対戦相手を変えては
あーでもない
こーでもないとほざく。
早く帰らないかなぁ....
そう思いながら
受付でこっそり
将棋の駒を舐めていた。
*
全員と戦い終わったのか
初老達が安いタバコを
ふかしながら
井戸端会議をしている。
カランコロンカラン
3時を回った頃だ
店の扉が開き
一人の女性がやって来た。
見ない顔だ。
そう思いながら
なにもないような顔で
受付を済ませ、
初老達がいるテーブルに
背を向けて座った。
なにをするのだろう?
女は一人だ、
こういう場合
我々が相手をするか
その場にいる客で
相手を探し将棋をさすしかない。
ただ一向に女は喋らない。
将棋盤に駒を並べ
ひたすそれをみつめている。
その時だった。
綺麗に並べられた
駒を女が口に運んだのだ。
*
気がつけば日も暮れ
客は女一人。
かれこれあれから
5時間ほど舐め続けている。
しかも全部ならまだしも
5時間桂馬のみを舐めている。
駒を舐める私からすれば
桂馬を舐めるのが1番気持ちいい。
飛車は画数が多すぎて
顎が疲れてくる。
かと言って歩では
物足りない。
桂馬がちょうどいいのだ。
だがここまで5時間を
桂馬を舐め続ける人間を
初めて私はみた。
しかもよくよく考えれば
その桂馬も当然私が
舐めている駒だ。
なんだか考えながら
興奮してきた。
まさか将棋の駒で
間接キスが成立するとは
思ってもいなかったからだ。
女も女で舐めているわりに
顔の表情、輪郭
顔の軸
座る姿勢
右足の位置
なに一つぶれない
なに一つ変わっていない
あの女だけ5時間
時間が止まっているようだ。
むしろ5時間前に
タイムスリップしている。
まさかこの手のプロが
この世にいるとは
嬉しい反面
心のどこかでこの女が
憎かった。
自分にはないものが
この女にはある。
私は我慢ができなかった。
その技を習得したい。
そしたらば
休憩時間ではなくても
堂々と受付で駒を
舐めることができるのだ。
私は勇気をだして
女に声をかけた。
「塩ラーメンを私にかけてください!!」
*
商店街の人通りも減り
気がつけば
夜の11時を回っていた。
床に散らかった
チャーシューや
鶏ガラの香ばしい
スープの上に座りながら
女の香水の匂いが残る
座っていたテーブルを
見つめていた。
塩ラーメンを頭から
かけられ
頭皮が軽い火傷をおこし
ヒリヒリしている。
気がついたころには
店には人影もなく
いつのまにか女の姿もない。
私が見ていたのは幻か?
そんなはずはない
こうして塩ラーメンが
散らかっているではないか
だったらあの女は
なんだったんだ。
でも自分のなかで
よく考えた。
そもそも私が休憩時間
舐めたくった駒を
5時間にわたって舐め続け
挙げ句の果てには
塩ラーメンまで頭から
かけてくれた。
彼女は天使だった。
私の心にぽっかりあいた
穴を埋めてくれた。
彼女は知っていたのだろうか
私があの駒を舐めている事を。
なにもかもを知った上で
あの様な行動を
とっていたのか。
どっちにしろ私は今
幸せに満ち溢れている。
溢れすぎて
失禁しているくらいだ。
散らかった塩ラーメンと
将棋の駒を片付けているときなにか違和感を感じた。
なにかが足りない。
なにかがない。
なんだ?
私はいたるところを
探した。
テーブルの上
靴の中
食器洗浄機の中
脇の下
股の間
どこにもない。
というより何がない?
考えているが
気持ち悪い違和感で
支配されていた。
そのときだ、
私は気がついた。
桂馬がない。
桂馬が足りない。
あっ!!!!
あの女だ!
埋められた心の穴が
一気にぶち抜かれた。
なんてことだ。
私の1番好きな桂馬
それを盗まれた。
私は明日から
飛車や王将で疲れた顎を
どうやって癒せばいいんだ。
考えるだけで腹がたつ。
ピロリロピロリロ
電話がなり始めた。
誰だこんな時間に。
電話の向こうで
か細い声で女性が出た。
「あのー」
「先ほどまで店にいたんですが、ありがとうございます」
さっきの女だった。
なぜかお礼を言いだした。
「私の空いていた心の穴、否、穴が塞がれました」
「これも貴方のおかげです」
「貴方が5時間桂馬を舐めさせてくれて穴に入りやすくなったんです」
なるほど。
そういうことだったか。
自分の穴を塞ぐ為に
舐めて、舐めて、舐めて
舐め続けて、、、
納得できた。
電話を切り受付のテーブル
を見てみると一通の手紙と
現金が入った茶封筒が。
金額はそれほどだったが
手紙にはこう綴られていた。
「主食は天津甘栗です」
隙間風が吹く店内で
私は上を一枚羽織り
下に落ちたチャーシューを食べた。
完
著者
覚野元気