「コラム力!」JAPAN
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「コラム力!」8月26日

今日(8月26日)の「コラム力!」ランキングです。
「春秋」氏はホリエモンに好意的みたいです。


第1位 「春秋」(日経新聞):尾道
 「小津安二郎監督の『東京物語』の冒頭とラストは尾道である」。3カ月前尾道の古寺を巡った。路地を歩くと、半世紀前の映像から抜け出たような家並みが残っている。「あの坂の街が、連日テレビのワイドショーをにぎわす激戦区になろうとは思いもよらなかった」。「六本木ヒルズを根城にするIT長者」が「『古い日本を守ろう』派の旗頭」に挑む。「小津監督は低い位置に固定したカメラで東京と尾道の暮らしを描いた」。今回、「TVカメラはどんな『広島6区物語』を映し出すのか」と。◆「六本木ヒルズを根城にする」という表現が面白い。
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20050825MS3M2500525082005.html


第2位 「天声人語」(朝日新聞):「商品」
 「商品です」と言われてもしっくりこないが、「膨大な不安の上に成り立った安心の仕組みの一つ」が保険だ。「大手の損害保険各社の社内調査による保険金の不払いが、1社あたり数万件、数億円程度にのぼる見通し」。「大半は自動車保険」の特約。必要となった時に約束が果たせないのでは、何のための保険か。「業界の内側に、消費者が安心できるだけの仕組みがあるのだろうか」と。◆「1社あたり数万件」というのがすごい。
http://www.asahi.com/paper/column20050826.html


第3位 「余禄」(毎日新聞):ツクツクボウシ
 夏目漱石の「我輩は猫である」の「我輩」は、ツクツクボウシについて「おしいつくつくと鳴くのか、つくつくおしいと鳴くのか、その解釈次第によっては蝉の研究上少なからざる関係があると思う」と問いかけた。ホームページ「自然観察の部屋」で自然観察指導員の田中利秋さんが調べたところ、現代では「『オーシーツクツク』派が多数派」。しかし実際は、「『ツクツク』は『ホーシ』と鳴くための準備で、その逆ではない」らしい。ようやく落ち着いてきた衆院選だが、各党の本音をとことん追究したい。「それができぬようではネコにあなどられそうだ」と。◆「ネコ」と言っても、実際は漱石。「現代日本の開化」や「私の個人主義」を書いた人だから、あなどられても仕方ないかも。
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/yoroku/archive/news/2005/08/20050826ddm001070002000c.html


第4位 「編集手帳」(読売新聞):「雨風食堂」
 「雨風食堂」という言葉があるが、意味は「菓子、飯、うどん、酒など、なんでも食べさせる食堂」のこと(小学館「日本語大辞典」)。「甘辛とりまぜた献立がどうして『雨風』なのか」。渇水や台風など、夏から秋に移りゆく今の時期ほど、「ときに甘く、ときには飛び切り辛い雨風の、ふたつの味を肌で感じる季節はない」。井伏鱒二の小説「駅前食堂」に、深夜、降りしきる雨の中、男が雨どいに耳を押し付けて、「聞えるんだよ、人生の内臓の音だ…」と言う場面がある。「人は誰もが、ままならぬ雨風食堂のさびしい客かも知れない」と。◆「雨風食堂」という言葉、初めて聞いた。「編集手帳」氏は珍しい言葉をよく知っている。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20050825ig15.htm


第5位 「産経抄」(産経新聞):「ギリシャ人に笑われる」
 小泉首相は民主党の岡田代表から申し込まれた一対一の「党首討論」を断った。もったいない。確かに二十九日には「六党党首討論会」が予定されているが、あっと言う間に終わる。自民と民主の党首は事実上の首相候補なのだから、「真剣勝負がないほうがおかしい」。「アリストテレスは『弁論術』で、議会弁論の主題で重要なものとして(1)国家の財源(2)戦争と平和(3)国土防衛(4)輸入品(貿易)(5)立法―をあげた」。「そんな根本的な議論もせず、投票しろというなら、二千年以上も昔のギリシャ人に笑われる」と。◆何も民主党とだけ議論する必要はない。だいたい、そんな違わないし。
http://www.sankei.co.jp/news/050826/morning/column.htm



★小泉さんが首相になるまでは、常にアンチ自民党の立場だったのですが…。改憲や首相の靖国参拝には反対です。しかし…。

「天声人語」:選挙キャッチフレーズ

今日(8月25日)の「コラム力!」ランキングです。
「天声人語」が各政党のキャッチフレーズをまとめています。


第1位 「天声人語」(朝日新聞):総選挙用キャッチフレーズ
 明治23年、1890年に日本で初めて行われた総選挙で当選した中江兆民は、政党について「政治向に就いて了簡の同じ人物が若干人相合して一の党を為し他の党と張り合ふことなり」と書いている(『明治文学全集』筑摩書房)。了簡(りょうけん)とは、今なら政権公約か。自民党は「改革をとめるな。」。小泉首相のポスター写真は4年前のものを再利用した。民主党は「日本を、あきらめない。」。「政権を、あきらめない。」とも聞こえる。公明党は「日本を前へ。改革を前へ。」。日本をというより小泉首相を前へではないのか。共産党は「確かな野党が必要です」。この国をどうするのかが気にかかる。社民党は「国民を見ずして、改革なし。」。「改革」というのは「小泉語」。国民新党は「権力の暴走を止めろ!!!」。新党日本は「信じられる日本へ。」。とりあえず、各党の「構えはうかがえる」と。◆それぞれに大手の広告会社がかかわっているのだろう。
http://www.asahi.com/paper/column20050825.html


第2位 「産経抄」(産経新聞):郵政族の成り立ち
 「明治期、前島密は郵便事業を興すために地方の名士に私財の提供を求めた」。田中角栄元首相は、局長たちの「国家のために」という思いに目をつけ、特定郵便局をせっせと増やし、自民党最大の支持団体に育て上げた。「金丸信―小渕恵三―野中広務という経世会人脈に受け継がれ」、「途中で中曽根派も分け前にあずかり、一部は亀井派に継がれる」。郵政民営化への造反組みは商工族とも重なり、農協は「郵政の次はうちか」と恐れをなし、農水族が反対に動く。「かくて、小泉改革が向かうところ敵ばかりだ」。一方、ライブドアの堀江社長は族つぶしには強力な劇薬だが、「国という単位を特別視しない」「靖国参拝にこだわるべきではない」とかで、小泉流の対立概念でしょうに、と。◆「国という単位を特別視しない」という言い方がしゃれている。
http://www.sankei.co.jp/news/050825/morning/column.htm


第3位 「余禄」(毎日新聞):「人口問題」
 日本では「『人口減少』や『少子化』の時限爆弾が着実に時を刻んでいる」が、イラクでは新憲法草案をまとめる「産みの苦しみ」の真っ最中。この国では、日々の生命の安全こそ「人口問題」。アラブ諸国では10~20代が圧倒的多数を占めており、「原理主義や過激思想に政治の道を委ねたら、秩序は一気に崩壊してしまう」。新憲法の焦点は、「(1)連邦制をどう盛り込むか(2)政党結成の自由と旧バース党の扱い」など。「小泉劇場に関心を奪われず、違う世界に目を向ける心のゆとりも持ちたい」と。◆「小泉劇場」ではなく「小泉テレビ」と言った方がいいと思うのだが。
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/yoroku/archive/news/2005/08/20050825ddm001070005000c.html


第4位 「編集手帳」(読売新聞):おこがましい
 「問われて名乗るもおこがましいが…」で始まるのは、歌舞伎の“白浪(しらなみ)五人男”、「稲瀬川勢揃(ぞろ)いの場」。「新党のお披露目にも似ている」。新党日本は、国民新党から長谷川憲正参院議員を借り受けて「政党」の要件5人を揃えた。志が同じであるなら、新党が二つ存在する理由はないし、志の違いに目をつむるのなら、志の目方はずいぶん軽い。5人の役者を揃えたことで、新党日本は小選挙区と比例区の重複立候補が可能になり、小選挙区選の政見放送もできる。しかし有権者の目には「結党の精神がぼやけて映る」。くれぐれも国民から「『日本』や『国民』を名乗るもおこがましいが…」と、愛想尽かしされないように、と。◆三省堂の『新明解』によれば、「おこがましい」とは「身の程知らずに思い上がって振舞っているようで、気恥ずかしい」の意味。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20050824ig15.htm


第5位 「春秋」(日経新聞):天才的観察者トクビル
 フランスの貴族トクビルは「アメリカの民主政治」で19世紀の米国社会を余さず描いた。「アメリカ連邦では、女性は家庭の領域から殆(ほとん)ど出ない」という記述は間違いのようにも見えるが、「ある程度に従属的ではあっても、他のどこにおいてよりも、女性の地位は高いように思われる」と続き、納得させられる。「伝統的な米国の政治文化と思われているものが実は民主主義ゆえとする分析にも改めて新鮮さを感じる。例えば米国の政治家たちの雄弁さだ」。「30年後に米議会を見た福沢諭吉も同じ驚きを感じ、後に『演説』を造語した」。「今年はトクビル生誕200年。天才的観察者がいま日本を旅したら国会を目指す女性たちの雄弁ぶりをどう書いただろう」と。◆「演説」も諭吉の造語だったとは。
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20050824MS3M2400E24082005.html



★民主党が自民党に一対一の党首討論を申し込みましたが、自民党にちょっと甘えているのではという気がします。

「コラム力!」:「小泉テレビ」「テレビ型総選挙」

今日(8月24日)の「コラム力!」ランキングです。
新聞のコラムには、どうしてこんなにたくさん短歌や俳句が登場するのでしょうか?


第1位 「春秋」(日経新聞):少子化
 ほとんどの国内問題の根底には「少子高齢化」がある。2007年から人口は減少に転じると予測されていたが、今年から始まるかもしれない。上半期、「死亡者数が出生数を3万1034人上回った」。50年には1億人すれすれになるとの推計がある。「人口減は危機ではない、という意見もあるが、年金や福祉・医療などは」「人口構成の変化と連動する」。「少子化を食い止めた先例はいくつもある」。各党のマニフェストには、この点からも注目したい、と。◆「少子化を食い止めた先例」について、具体的に書いて欲しかった。
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20050823MS3M2300223082005.html


第2位 「余禄」(毎日新聞):トロイの木馬
 古代ギリシャの「トロイの木馬」の話にはロマンがあるが、現代のネットワーク社会におけるトロイの木馬といえば悪質なプログラム。鳥インフルエンザの世界では「アヒルが木馬の役目を果たすかもしれない」という。「小泉自民党が送り込む『刺客』や、反対派が設立した新党をみていると、ここにもトロイが潜んでいるような気がしてくる」。有権者の目をくらますだけではなく、「政党を内部から侵食する候補者も出てくるのではないか」。「人から人に感染する新型ウイルスが登場しないよう、監視の目を光らせたい」と。◆言われなくても、政党も候補者も新聞もテレビも、国民は静かに監視していると思う。少なくとも、テレビみたいに騒いでいるわけではない。
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/yoroku/archive/news/2005/08/20050824ddm001070048000c.html


第3位 「編集手帳」(読売新聞):若山牧水
 大正の末年、51日間かけて九州を旅した若山牧水は、旅の間に「一日平均二升五合」、合わせて「約一石三斗を飲んできた」(九州めぐりの追憶)という。石は約180.4リットル。その3年後に、肝臓を患い、43歳で亡くなったが、死後も「体内のアルコールが防腐剤となって遺体が傷まなかったという伝説にも、さもありなんとうなずくよりほかない」。「海底(うなぞこ)に眼(め)のなき魚の棲(す)むといふ眼の無き魚の恋しかりけり」。「抽匣(ひきだし)の数の多さよ家のうちかき探せども一銭もなし」。「きょうは生誕120年」。歌集を傍らに故人と盃(さかずき)を傾けるのも、悪くない、と。◆「今日は何の日?」ネタだった。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20050823ig15.htm


第4位 「産経抄」(産経新聞):正岡子規
 茨城県の筑波山は標高わずか八七六メートルにすぎないが、万葉の時代からたくさんの詩歌に詠われてきた。「正岡子規が東京・根岸の庵(いおり)から遠望して詠んだ『赤蜻蛉(とんぼ)筑波に雲も無かりけり』もそのひとつ」。この句より五年前、二十一歳の子規には筑波登山の機会があったが、旅の初日に降った雨と疲労のために断念したらしい。帰ってまもなく喀血(かっけつ)。「血を吐くといわれるホトトギスの異名である子規と名乗るのは、このころから」。東京の秋葉原から筑波学園都市までを結ぶつくばエクスプレスが今日開通。バリアフリーにも配慮した車両になっている。「今なら明治の俳聖を『病牀(びょうしょう)六尺』の生活から車椅子で連れ出して、山頂からの眺めを堪能してもらえるのだが」と。◆新聞のコラムでは、短歌や俳句が取り上げられることが驚くほど多い。若山牧水や正岡子規の作品集をちゃんと読んだことのある人は、それほど多くはないと思うのだが。
http://www.sankei.co.jp/news/050824/morning/column.htm


第5位 「天声人語」(朝日新聞):灯火管制
 作家の常盤新平さんは、戦争が終わり窓から暗幕がとりはずされた日を、「生まれてはじめての開放感を味わった」(『文芸春秋』増刊号「昭和と私」)と回想している。「八月二十日、灯火管制解除」という前書きが付された久保田万太郎の句には「涼しき灯(ひ)すゞしけれども哀しき灯」とある。民俗学者の柳田国男は戦時中、「世の中が明るくなるといふことは、灯火から始まつたといつてもいゝのであります」(『柳田国男全集』筑摩書房)と書いた。「60年後の一夜、光が閉ざされたり、焼け跡を照らし出したりした日々があったことを思い起こしたい」と。◆「なぜ今日?」と思うネタである。明らかに前に書いてとって置いたネタ。おそらく「天声人語」氏が夏休みであるか、どうしても書けなかったかのどちらかだろう。
http://www.asahi.com/paper/column20050824.html



★最近ようやく、テレビの選挙報道が落ち着いてきました。テレビではよく「小泉劇場」とか「劇場型総選挙」と言っていますが、疑問に感じます(以前は「劇場型」と言われて、なるほどと思っていたのですが、最近、見方が変わりました)。正しくは「小泉テレビ」であり、「テレビ型総選挙」であると思うのですが。だいたい劇場には「ワンフレーズポリティクス」なんてありえないです。本来「ワンフレーズポリティクス」は、テレビの解説者・コメンテーターの専売特許だったはずです。「ワンフレーズ」で言いたいことを言わなければ、時間が限られたテレビでは放送できません。VTR放送だったら、くだくだとしゃべっても、どうせ編集されカットされてしまうのです。テレビが、「小泉テレビ」というべきものを「小泉劇場」と呼ぶのはなぜなのか? 意図的であるとすれば悪質だし、自らの姿に気づいていないだけだとすれば単なるバカということになります。小泉さんのやり方で「テレビ的」でないのは、テレビのように状況(視聴者の反応)によって自らのスタンスを変えない点、首尾一貫している点ではないでしょうか。

「コラム力!」夏休みが明けました

今日(8月23日)の「コラム力!」ランキングです。
「春秋」「産経抄」「編集手帳」「余禄」の4コラムが選挙ネタ。


第1位 「春秋」(日経新聞):「日本」?「国民」?
 昔「太陽党」が結成されたころ、永田町では「オレは今、何党だったと秘書に問い」という川柳が受けた。「日本新党」「新生党」「新党さきがけ」が糾合して非自民の細川護熙内閣に結実した時には、新党を旗揚げした人たちの高揚感が伝わってきた。今回新たに出来た2つの新党の場合は、便宜ばかり目につく。「ご祝儀で持ち上げたいのはやまやまだが、『日本』や『国民』をこう軽々しく使われては」と。◆結論に同感である。
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20050822MS3M2200D22082005.html


第2位 「産経抄」(産経新聞):テレビ選挙
 昔、自民党が総裁選びでもめていたとき、筆者はサルの研究者に談話取材を申し込み、編集幹部に怒られた。面白がることで、より多くの人が政治に関心をもってくれればいい、という思いは今も変わらない。ただ、ライブドアの堀江社長を密着取材する番組作りには違和感を覚える。「選挙報道が面白いだけでいいはずがない」。新党日本の旗揚げ会見は、テレビに面白がってもらうことが目的としか思えなかった。「チーム、ニッポン!!」と雄たけびをあげる光景に、「寒気を感じたのは筆者だけだったろうか」。新進党時代の小沢一郎氏が野村沙知代さんを候補にしたとき、曽野綾子さんは「選挙と選挙民をこの程度になめている人なのだな」と感じた(『部族虐殺』新潮文庫)。テレビとなれ合うのが、当選への近道、などと考えている候補者は、選挙民のしっぺ返しを食うだろう、と。◆今回の対立候補と野村沙知代氏とでは人間的質がまったく違う。テレビのコメンテーターが「誰でもいいのか?」などともっともらしい発言をしていたが、本来ならもっと早くこういった人たちが政治家になっていてもよかったと思う。
http://www.sankei.co.jp/news/050823/morning/column.htm


第3位 「編集手帳」(読売新聞):「輸入候補」
 「落下傘候補」のことを昔は「輸入候補」とも呼んだらしい。明治・大正期の政治家、佐々木安五郎が東京・本所から輸入候補として選挙に出たときの演説は、地元で後々までの語り草になった。「大石内蔵助は播州生まれの浪士、本所土着は吉良上野介だ。元禄時代に両人が立候補したなら、諸君は輸入候補を理由に大石を落選させるのか」。自分を善玉に見立てたがる政治家の習性はいつの世も変わらない。今回の選挙では、善玉・悪玉をめぐる中傷合戦が起きないとも限らない。大石内蔵助の辞世のように、「本懐を遂げるのが誰であれ、晴朗な後味の残る選挙戦であってほしい」と。◆個人的には、後味などどうでもいいと思う。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20050822ig15.htm


第4位 「余禄」(毎日新聞):選挙小説
 首相の「殺されてもいい」発言や「刺客」候補など、血なまぐさい言葉が飛び交っている。南北朝時代以降の戦場には、時宗の僧侶が信者の武士に同行し、それが中世文芸の軍記物語に結びついた。今回の選挙に同行するのはメディアということになる。しかしなぜ現代には、記憶に残る選挙小説がないのだろう。「設定はスポーツ小説に似る」。時宗の祖、一遍上人は教団の結成を禁じて死んだが、苦悩の末に他阿上人が教団を結成した。「今日は一遍忌、教団ならぬ新党の結成が続く」と。◆テレビでは血なまぐさい言葉が飛び交っているが、選挙に落ちたからといって、別に死ぬわけではない。
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/yoroku/archive/news/2005/08/20050823ddm001070022000c.html


第5位 「天声人語」(朝日新聞):「土星より薄(すすき)に届く着信音」
 正岡子規や高浜虚子を輩出した松山市で行われた「俳句甲子園」。「8回目の今年は、全国20都道府県から36チーム約200人が出場した」。決勝戦の題は「本」。東京の開成と茨城の下館第一の間で争われ、「5句ずつ詠んで審査員が判定を下し、開成が一昨年に続く2度目の優勝」。全1260句中の最優秀句は、京都・柴野高3年、堀部葵さんの「土星より薄(すすき)に届く着信音」。これまでの大会では、「長き夜十七歳を脚色す」などの秀句が生まれている、と。◆いくつか紹介されていた句の中で、個人的に好きな2句を取り上げた。
http://www.asahi.com/paper/column20050823.html



★「コラム力!」も「夏休み」がようやく明けました。残暑お見舞い申し上げます。

「コラム力!」8月15日

今日(8月15日)の「コラム力!」ランキングです。
すべてのコラムが終戦記念日ネタです。


第1位 「編集手帳」(読売新聞):「亡びるね」
 三四郎が熊本から上京する列車で乗り合わせた髭(ひげ)の男は、「日本より頭の中は広い」と言い、日本について「亡びるね」と語った。軍部が本土決戦に備えて掘った地下壕群「松代大本営」を歩きながら、夏目漱石の「三四郎」を思い浮かべた。「降伏を拒み、この施設を用いる機会が訪れたとすれば列島はその時、屍(しかばね)の山であったろう」。「頭の中」はどこまでも狭くなり得る。今日8月15日は、「『頭の中』の広さを定期点検する日でもあろう」。漱石が日記に残した「内ヲ虚ニシテ大呼スル勿(ナカ)レ」(中身が空っぽなのに大言壮語するな)の「虚」の一字が胸を刺す、と。◆確かに日本は一度亡びた。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20050814ig15.htm


第2位 「天声人語」(朝日新聞):「戦前」
 作家・大佛次郎は『敗戦日記』(草思社)の中で、「自分に与えられし任務のみに目がくらみいるように指導せられ来たりしことにて……」と軍人たちを案じているが、「『与えられた任務のみに目がくらんだ』のは、国民のほとんどだった」。結果として周辺国などを含むおびただしい人の命を奪ったが、「メディアもまた、本来の任務を踏み外していたと自戒する」。「この今を『戦前』などと呼ぶ日の来ることがないように」、それぞれが「与えられた任務のみに目がくらんでいないかどうか」を問い返したい、と。◆戦時中のメディアは、本来の任務を踏み外すどころじゃなかったと思うのだが。
http://www.asahi.com/paper/column20050815.html


第3位 「余録」(毎日新聞):編集者の良心
 終戦当時、毎日新聞大阪本社のデスクだった井上靖の遺稿「終戦日記」を読むと、「翌16日の新聞に『玉音 ラジオに拝して』を書いたときの社内の光景がありありと浮かぶ」。東京、大阪とは異なり、西部本社では、「発表や事態の推移のみを紙面化すると決め、16日の2面(社会面)は白紙のままだ」。「『鬼畜米英』を唱え、焦土作戦を叫び続けた紙面を180度の大転換をする器用なまねは編集者の良心が許さなかったという(社史『毎日』の3世紀)」。その日、国民の一人一人がどう生きていくのか選択を迫られた。終戦60年、還暦を「新たな戦争の始まりにしてはならない」と。◆もし万一、日本がもう一度戦争をすることになったら、メディアはまた同じことをするような気がする。
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/yoroku/archive/news/2005/08/20050815ddm001070041000c.html


第4位 「春秋」(日経新聞):風化
 画家の野見山暁治さんは、戦地で没した同窓の画学生の実家を訪ねる旅をつづった「遺された画集」の中で、「戦争というものは、華々しい使命感や美しい自己犠牲が、ラッパの高鳴りのように響いているものかと子供のころ思っていたが、存りようはまるっきり違っている」と書いている。戦後60年、戦争体験の「風化」が盛んに取りざたされているが、「むしろ、癒えぬ傷の上に少しずつ築いてきた様々な和解の枠組みが今、粘りを失い風化の危機にさらされている」と。◆歴史とは、風化した体験のことか。
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20050814MS3M1400214082005.html


第5位 「産経抄」(産経新聞):海ゆかば
 「一週間ほど前に『海ゆかばのすべて』というCDアルバム(キングレコード)が売れていると教えてくれたのは、知り合いの若い女性だった」。「『天皇陛下のおそばで死のう』という歌意が平和教育にそぐわない、と戦後は封印されていた感のある歌がいま、オンライン・ショップで売れ行き上位に入り筆者より若い世代が聴いている」。「日本人が自らの目で先の大戦を評価し直そうという機運の表れ、ともいえようか」と。◆初耳である。
http://www.sankei.co.jp/news/050815/morning/column.htm



★扶桑社の歴史教科書は一般向けが出ているので、アマゾンで買えるのですが、山川の教科書は買えません。アマゾンで学校の教科書を買えるようにして欲しいと思います。

「天声人語」:「コスタリカ消滅」

今日(8月14日)の「コラム力!」ランキングです。
「天声人語」によれば、「コスタリカ消滅」の新聞記事にコスタリカ出身の女性が驚いたそうです。


第1位 「天声人語」(朝日新聞):「コスタリカ消滅」
 東京在住23年、中米コスタリカ出身の女性マリセル・フタバさん(50)は先週、日本の新聞の「コスタリカ消滅」「コスタリカ崩壊」などという記事に驚いた。「母国で何か大変なことが起きたらしい」。日本では、同じ党で地盤も重なる候補者が小選挙区と比例区に交代で立つことをコスタリカ方式という。実際のコスタリカは、腐敗を避けるため議員の連続当選が禁止され、任期を終えたら4年待たないと再挑戦できない。日本では、郵政解散にともない共存共栄のコスタリカの誓いが、相次いで破られつつある。「おりしも今月半ば、コスタリカから来日するパチェコ大統領の目に、日本の選挙はどう映るのだろう」と。◆コスタリカの大統領が来日するんだ、と思った。
http://www.asahi.com/paper/column20050814.html


第2位 「余録」(毎日新聞):「景気回復宣言」
 「政府と日本銀行が『景気回復宣言』を出した」。4~6月期の実質経済成長率は年率1・1%。少子高齢社会では、1%台半ばの経済成長ができれば十分。人口が少なくなる分、1人当たりの分け前は大きくなる。「だが、人口が減っていく中で本当にプラス成長ができるのだろうか」。アメリカは1980年代の半ば、競争力委員会で生き残り策を「ヤング・リポート」にまとめ、その時の危機意識が今日の繁栄の土台になっている。昨年末、再び「パルミサーノ・リポート」を出したが、「活気に満ちた若々しいアメリカが『問題は人材だ』と叫んでいる」。「その危機感は日本にこそ必要だ」と。◆今後は国民の所得格差が拡大していくだろうと思う。
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/yoroku/archive/news/2005/08/20050814ddm001070013000c.html


第3位 「春秋」(日経新聞):『作家の食卓』
 先ごろ亡くなった料理人の村上信夫さんは、中国大陸で出撃の前夜、カレーを作ったことがあった。食べようとした矢先、見とがめた本隊の少佐がやって来て、「おれにも食わせろ」と言ったとか。戦後の作家たちが愛した食を再現した『作家の食卓』(平凡社)によれば、「立原正秋氏は新鮮な鰺(あじ)の干物にカブや梅干しとラッキョウ、それにみそ汁とご飯。石川淳氏は朝からローストビーフにトーストと紅茶」。「『食の60年』がそこに映る」。「『どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人であるかを言いあててみせよう』。美食家のブリア・サヴァランの言葉からいまどんな日本人像が浮かび上がるのか」と。◆8月3日の「編集手帳」に続き、再びブリア・サヴァラン登場。
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20050813MS3M1300G13082005.html


第4位 「産経抄」(産経新聞):新盆
 政治家には、「選挙区の中で新盆を迎えた家を一軒一軒訪ね線香を上げる習慣がある」。大きな選挙区では二、三百軒。今年はお盆の直前に衆院が解散され、立候補予定者は「なりふり構わぬ選挙区回り」。ほかに大事な課題もあるのに、選挙に走り回らせるのは時間の無駄では、という小泉首相への批判もある。「しかし民主主義には多少の無駄は必要だ」。「政治家たちが新盆を回ることで、先祖や家を大事にする日本の良き習慣を国政に生かせるなら、それはそれで無駄なことではない」と。◆今回の選挙を「時間の無駄」という政治家には、とてもじゃないが国政は任せられない。
http://www.sankei.co.jp/news/050814/morning/column.htm


第5位 「編集手帳」(読売新聞):万葉集の歌碑
 「東京の私立上野学園中学・高校で昨年まで国語を教えていた三井治枝さんは、大学在学中から40年にわたり、全国に点在している万葉集の歌碑調査を続けてきた」。万葉歌碑についての、全国所在地一覧のような資料がないことに気づき、このほど「全國萬葉(ぜんこくまんよう)歌碑」を出版した。「1918基が都道府県別に掲載されている」。最も多く歌碑になった歌は、山上憶良の「銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも」で22基。次が大伴家持の「春の苑(その)紅にほふ桃の花下照る道に出でたつ少女(をとめ)」の20基。「昭和の後半から『万葉公園』などと名付けられて一か所に何基も建てられる現象が、今も続いている」と。◆万葉人と現代人は本質的には何も変わっていないような気がする。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20050813ig15.htm



★昨日(8月15日)、「国家」が「しくみ」であることに、やっと気づきました。

「コラム力!」8月13日

今日(8月13日)の「コラム力!」ランキングです。
「余録」が宇宙旅行ネタです。


第1位 「編集手帳」(読売新聞):8月13日
 終戦の年の夏、8月13日、作家の高見順は、地面に転がっていた脱皮する前の蝉(せみ)を家に持ち帰った。脱皮が遅々として進まず、片方の羽根の付け根に傷口があったことを「敗戦日記」(中公文庫)に書いている。「前々日の日記には、『街では、十三日に原子爆弾が東京を襲うという噂(うわさ)が立っていた』と書かれている」。脱皮の抜け殻「空蝉(うつせみ)の」は「世」「人」などにかかる枕詞で、はかないもののたとえだが、「小さな虫にわが身のはかなさを重ねていたのかも知れない」。「『蝉はやはり死んだ』と短く記している」と。◆広島・長崎の原爆投下から降伏まで、政府は何を考えていたのだろう。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20050812ig15.htm


第2位 「産経抄」(産経新聞):「ワル感覚」
 「浜田幸一氏は、日本の政局を『弾丸なき戦争』と呼んだ」。造反組からみれば、対抗馬は「刺客」であり、狙いは造反組の「抹殺」。「仁義なき戦いか何か知らないが、えげつない」「(攘夷派を弾圧した)安政の大獄だ」と亀井静香元政調会長。「人を罵倒するときの政治家の語彙は実に豊富だ」。綿貫民輔元衆院議長は「総務会で多数決による党議決定は、これまでのよき慣行に反する」と文句をいったが、「過去の自民党は、社会主義的な全会一致が『よき慣行』だったらしい」。小泉首相は「独裁者」の称号を受けたが、英国のサッチャー元首相と同じ。「指導者に戦略的な『ワル感覚』がなければ、既存勢力から返り討ちにあうのは目に見えている」と。◆やはり日本は社会主義国家だったのだろう。
http://www.sankei.co.jp/news/050813/morning/column.htm


第3位 「余録」(毎日新聞):一般向け宇宙旅行
 「ロケット打ち上げの際の『3、2、1、発射!』というカウントダウンの秒読みは、1928年のフリッツ・ラング監督のドイツ映画『月世界の女』でこの世に登場したという」。この映画の技術顧問だったロケット科学者ヘルマン・オーベルトを手伝っていたのが、後に米国の宇宙開発の中心人物になるフォン・ブラウン。「それから80年近い時を経て、一般向けの宇宙旅行の話がにぎやかだ」。米社は21億円で国際宇宙ステーション訪問ツアーを呼びかけ、英社は2200万円で高度1000キロを25分飛行するツアーを売り出す。「極めつきが同じ米社による1人約112億円(1憶ドル)で月を周回するパックの売り出し計画」。同社は月旅行のお客になりそうな1000人以上をリストアップ。「大富豪ならぬ身には現実の重力にとらわれて、夢もうまく宇宙へ打ち上がりそうにない」と。◆112億円では「一般向け」とは言えないだろう。
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/yoroku/archive/news/2005/08/20050813ddm001070010000c.html


第4位 「春秋」(日経新聞):連載小説「勝海舟続編」
 2ページしかない60年前8月の小紙には、連載小説「勝海舟続編」(子母沢寛)が載っている。「終戦末期から戦後の混乱期にかけて新聞各紙は連載小説を休んだ」が、「勝海舟続編」は、44年5月に始まり、終戦詔書を掲載した45年8月15日は休んだものの、46年12月まで続いた。14日付けでは、「先生は飽迄(あくまで)、官軍に降伏なさる御論だといふが、ほんたうですか」と聞かれ、勝は「降参なら降参で、それもいゝぢゃあねえか」と答える。「勝が語る子母沢寛の時局批判が戦時も戦後も痛快で魅力的だったのだろう」と。◆現実と小説の内容がシンクロしているところがすごい。
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20050812MS3M1200D12082005.html


第5位 「天声人語」(朝日新聞):「日本はまだ決断しない」
 「八月十三日……日本はまだ決断しない」。米に亡命していたドイツの作家トーマス・マンが記している。「十四日 日本の無条件降伏、すなわち第二次世界大戦終結のニュースがあらしのように伝わる」(『トーマス・マン 日記』紀伊國屋書店)。「『平和』こそ人間生活の至上の概念かつ要請」。「その厳粛さの前に立てば如何なる国民的英雄も精神も時代遅れな茶番でしかない」。やがてスイスに移住したマンは、50年前の8月12日に80歳で他界した、と。◆「天声人語」には時々あることだが、引用が多すぎるのでは、と思う。
http://www.asahi.com/paper/column20050813.html



★今日、生まれて初めてクラシックのコンサートに行ってきました。なかなかよかったです。

「コラム力!」8月12日

今日(8月12日)の「コラム力!」ランキングです。
20年前の今日、520人の命が失われる飛行機事故がありました。


第1位 「余録」(毎日新聞):「安全文化」
 航空会社の安全度には最大42倍もの格差がある。英国の心理学者J・リーズン教授は、その理由の一つを「安全文化」の差だとする。「組織事故」(邦訳・日科技連刊)によれば、組織の安全文化は「報告する文化」「正義の文化」「柔軟な文化」「学習する文化」の四つからなる。「520人の生命を奪った日本航空123便墜落事故からきょうで20年」。「今年上半期、国内空港を発着した飛行機のトラブルの55%は日航グループの便で起こっていたが、便数における同グループのシェアは35%」。リーズン教授によれば、安全文化とは人間における「優雅さ」のようなもので、組織が「もつ」ものではなく、組織「そのもの」であり、「達成するもの」ではなく、常に「努力すること」なのだ、と。◆今日も福岡発ホノルル行きのJALグループの便がエンジンの不調で引き返したらしい。NHKのニュースでは、NHKのカメラマンが偶然とらえたエンジンが火を噴く瞬間の映像を流していた。JALには乗らないようにしようと思った。
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/yoroku/archive/news/2005/08/20050812ddm001070007000c.html


第1位 「天声人語」(朝日新聞):「あれから二〇年」
 日航ジャンボ機の墜落事故の遺族の文集『茜雲(あかねぐも) 総集編』(本の泉社)で、美谷島邦子さんは、9歳だった息子の健君に語りかけている。「あれから二〇年、本当に、いろいろなことがありました」。弟夫婦とめいを亡くした池田富士子さんは、文に「あまりにも 早きに逝きし弟の 歳をおりてはまた胸あつくす」という短歌を添えた。「末尾には生存者のひとり川上慶子さんの叔母と記されている」。事故の翌日、生存者発見の報が本社に届いた時、「社会部から原稿を受け取った入力部員も、涙をこらえながらキーボードを打ったという」。美谷島さんは、文をこうしめくくる。「二九年間、健ありがとう。……これからも君と一緒に空の安全の鐘を鳴らし続けていきたいと願っています」。◆日本国内で起きた墜落事故だったのに、当時かなりの時間、誰も墜落現場を特定できなかった。今から思えば信じられない。
http://www.asahi.com/paper/column20050812.html


第1位 「編集手帳」(読売新聞):「幸せな人生だったと感謝している」
 1985年8月12日、524人を乗せた日航ジャンボ機が御巣鷹の尾根に墜落した。当時の本紙が、絶望の機内で乗客が走り書きした「遺書」を伝えている。「助けて 恐 恐 恐 死にたくない」(大阪豊中市の主婦)。「まち子 子供よろしく」(箕面市の会社員)。「大阪みのお」。「画数の多い漢字を避けた仮名書きに、命の残り時間に追われる人の切迫した鼓動が聞こえる」。「幸せな人生だったと感謝している」(神奈川県藤沢市の会社員)。遺族には、どんなに生きていく心の支えになったことだろう。「新聞の縮刷版から抜き書きしたメモを前にして、ほかの仕事が手につかないでいる」と。◆やりたいことをやろうと思う。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20050811ig15.htm


第4位 「産経抄」(産経新聞):「政治家の行動原理三原則」
 「第一は事故の利害得失で、これが七割。第二は情熱、第三が怨念だ」とか。郵政民営化法案に青票(反対票)を投じた前議員には、圧力団体への配慮という利害得失の計算と、小泉首相への怨念はあったが、「その先の展望と政権奪取への情熱がなかった」。今の反対派には、昭和二十八年、吉田茂首相に反旗を翻し脱党した当時の、鳩山も三木も見当たらない。「これでは勝負にならない」。「和をもって貴し」精神が通用した「古きよき時代は終わったのだ」。「投票まであと一カ月。有権者はちゃんと見ている」と。◆日本人のメンタリティが変化したのだと思う。小泉政権以前の自民党政治が、両者リングアウトで決着がつかないプロレスだとしたら、今国民が求めているのは、プライドやK1のような真剣勝負だ。たぶん。だから民主党にも大いにチャンスはあるのだが、今回はどうだろう。郵政民営化でリングアウトを狙っていたくせに、今さら「マニフェスト」と言っても。
http://www.sankei.co.jp/news/050812/morning/column.htm


第5位 「春秋」(日経新聞):「ドラマは始まったばかり」
 天下分け目の戦いと呼ばれた関ヶ原の合戦で勝った徳川家康は、西軍大名の広大な所領を没収、再配分し、政権の基盤を盤石にした。「関ヶ原」がなければ、家康は二百数十年も続いた体制の創始者になれたかどうか。そこで、わざとすきを見せ、石田三成を挙兵に追い込んだという説が消えない。法案否決後に小泉首相が見せた不敵な笑みは、計算ずくだったのか。「『刺客』などと血なまぐさい言葉が飛び交うので、つい乱世を引き合いに出した」が、歴史は「IF」に事欠かない。政治の世界は一寸先は闇。「ドラマは始まったばかりだ」と。◆ライブドアVSフジテレビ以来の楽しみができた。
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20050811MS3M1100811082005.html



★いつだったか、トルシエがサッカー日本代表の監督だった頃、解任が取りざたされ、試合があった国立競技場に川淵チェアマン(当時?)ら協会幹部が観戦に来ていたことがありました。トルシエのチームは試合に勝ち、川淵チェアマンらの目の前で、満員の観客からものすごいトルシエコールが起こりました。今思えばあれは、日本人のメンタリティの変化(の始まり?)を象徴するような出来事だったような気がします。ライブドアVSフジテレビを報じていた頃、マスコミはまだその変化にまったく気づいていなかった、と思います。

「産経抄」:元放送記者の真実

今日(8月11日)の「コラム力!」ランキングです。
「産経抄」氏が実に興味深いネタを提供してくれています。


第1位 「産経抄」(産経新聞):郵政一家
 「その昔、ある県議会議員が息子の就職の件を、親分の参院議員に電話で依頼した。親分は、郵政族議員のドンとして公共放送に強い。息子は晴れて放送記者になった。やがて、彼は転じて衆院議員になり、郵政改革に反対票を投じた」。「小欄は県議宅の夜回り取材で、たまたま依頼の一部始終を目撃した」。「郵政一家の絆は鉄壁なのだ」。自宅にお手伝いをおかず、冷暖房を使わず、メザシを好んだ国鉄改革の土光敏夫さんも、郵政改革は族議員に跳ね返された。解散前夜、森元首相が公邸を訪れたが、出されたのは「干からびたチーズと、サーモンみたいなもの」。「公邸の冷蔵庫にはこれしかなかったらしい」。質素な小泉公邸はメザシの土光宅とダブる。「国民の『マニフェストを守れ』の声は、支持率上昇になって跳ね返った」と。◆これは一つの告発である、と思うのだが。
http://www.sankei.co.jp/news/050811/morning/column.htm


第2位 「春秋」(日経新聞):老朽船
 「18世紀後半J・クックが3度目の大航海で乗った船は2度目の時と同じレゾリューション号」。新たに購入した僚船をともなっての出航だったが、疲弊は募り、修理を重ね、4年後何とか英国にたどり着いた。この時の僚船の名がディスカバリー号。5年後には全シャトルの引退が待ち受ける。ディスカバリー号は今回で飛行が31回目という老朽船だった。性急な打ち上げの背景には、1日も早くコロンビアの事故から立ち直りたいという焦りがあったようだが、「過去2回の死亡事故から『安全とは何か』を発見できなくては『ディスカバリー(発見)』の名が泣く」と。◆ディスカバリーがもう31回も飛んでいたとは。
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20050810MS3M1000410082005.html


第3位 「余録」(毎日新聞):「雨の中のサムライ」
 「雨の中のサムライ」といえば、黒沢明監督の「七人の侍」の豪雨の決戦シーンを思い浮かべるが、世界陸上で銅メダルを獲得した為末大選手は、スタート前に「雨にさらされてサムライっぽいなと思った」という。01年エドモンド大会に続く2個目の銅メダル。為末選手は予想外の豪雨の中、「こんな時こそラッキーと思っているのは私だけだ」と考えた。父の死や長いスランプの経験を重ね、勝負の間合いを見切るサムライの冷静さが培われた。ハードル競争の神様の「雨を使った演出も味わいがある」と。◆「五輪・世界選手権を通じて短距離・障害種目で複数のメダルを得たのは、日本人初の快挙」だそうだ。
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/yoroku/archive/news/2005/08/20050811ddm001070006000c.html


第4位 「天声人語」(朝日新聞):ハードル
 「ハードルが立ち並んだ障害競走のコースには、人間がスポーツのルール作りで見せるユーモラスな一面が映っている」。テレビをつけると、どしゃぶりのヘルシンキで号砲が響き、400メートル障害の決勝が始まった。「選手がハードルを越える瞬間の形が美しい」。「獲物を追うしなやかな動物のようだ」。不振、不運、父の死を経て、為末大選手が銅メダルを手にした。野口聡一さんたちのスペースシャトルも無事ホームイン。「ハードルを乗り越えた姿には、周りをも力づける輝きが宿っている」と。◆ハードル競技は、19世紀半ばのオックスフォード対ケンブリッジの大学対抗戦のレースが元になっているらしい(宮下憲『ハードル』ベースボール・マガジン社)。
http://www.asahi.com/paper/column20050811.html


第5位 「編集手帳」(読売新聞):無常転変
 「荒城の月」の詩人、土井晩翠は1923年の随筆の中で、「人も、我も、この酷暑にはほとほと弱り切っている」と書いている。人の営みは「かげろう一瞬の生」と変わらないように思える、と筆は進む。帰還したスペースシャトルの乗組員の中には、「宇宙船から眺めた地球の映像に、かつての詩人のように、自然の悠久不変と人事の無常転変を重ねた人もいただろう」。「永田町も無常転変の一例かも知れない」。反対派が賛否の態度をひた隠す「ステルス作戦」で法案の否決に成功したかと思えば、党執行部が「刺客戦術」を繰り出す。「『天上影は替わらねど/栄枯は移る世の姿』ではある」と。◆1923年に書かれた土井晩翠の随筆がネタとして出てくることがすごい。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20050810ig15.htm


★ニュースを見ていたら、小池百合子環境相は「自民党の上戸綾」だと誰かが言っていました。「あずみ」みたいな刺客だからとか。

「余録」:ガリレオ・ガリレイ「偽金鑑識官」

今日(8月10日)の「コラム力!」ランキングです。
「余録」のガリレオの話が面白かったです。


第1位 「余録」(毎日新聞):ガリレオ・ガリレイ「偽金鑑識官」
 「ヨーロッパにはサソリに刺されたら、そのサソリをつぶして傷口にすり込めば毒を吸収するという俗説があったそうだ」。ガリレオ・ガリレイは、論敵をサソリにたとえ、ズタズタにひねりつぶしてやるとすごみ「偽金鑑識官」を書いた。解散に踏み切った小泉首相は「それでも地球は動いている」(ガリレオ)と心境を語ったが、「『論的はひねりつぶしてやる』の方が本音に近かったかも」。造反議員は新党を旗揚げするかと思いきや、小泉後をにらみ、自民党復帰への道を開けておく算段。民主党に必要なのは、年金や増税などの争点に「国民の耳目を引き寄せる論争術」。「有権者はいつもより少し遠目に視線を向けた方がよさそうである」と。◆刺客のたてかたなど、まさに「小泉劇場」、面白い。
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/yoroku/archive/news/2005/08/20050810ddm001070004000c.html


第2位 「春秋」(日経新聞):核戦略
 動物行動学者のコンラート・ローレンツによれば、人間は種内での殺し合いが他の動物に比べてずぬけて多い。「閉じた同族の間では社交的に平和に暮らそうとするが、自分の党派ではない仲間に対しては、文字通り悪魔になるのだ」。角、牙などを備えた動物は、仲間内のいさかいで抑制がきくが、人間には抑制が働かず、戦争はより悲惨・陰惨になっていった。きのう9日、長崎市長は平和宣言で米国を名指しして批判。北朝鮮をめぐる6カ国協議は難航、イランはウランの転換作業を準備中。「核に心を動かす指導者も、核ボタンを握る核保有国の首脳も、ぜひ広島と長崎を訪れて欲しい」と。◆国家の指導者が核兵器に魅力を感じるのは、広島や長崎で行われたような巨大な破壊を可能にする兵器だからだという側面があるような気もする。やっかいだ。
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20050809MS3M0900609082005.html


第3位 「天声人語」(朝日新聞):「被爆マリア像」
 9日午前11時2分、長崎市の「原子爆弾落下中心地」の碑の下から空を見上げ、当時の状況を想像した。しかし十分に想像できたとは言えない。「人間の想像をはるかに超えるおぞましい行為が人間によってなされた現場というしかないのか」。8日、慰霊碑の前で花に水をやる女性がいた。「60年間、父は行方不明のままだ」。9日、浦上天主堂で公開された「被爆マリア」は、眼球が抜け落ち、いたましい姿だが、「不思議な生命力を感じさせる」。マリア像の失われた部分は、長崎であり、広島であり、像は、「その記憶を未来に伝えようとしているように思われた」と。◆原子爆弾が爆発したらたいへんなことになる。これは分かり切っている。問題は、核を持ちたいと思う人間のメンタリティではないのかという気がする。
http://www.asahi.com/paper/column20050810.html


第4位 「編集手帳」(読売新聞):日本殉職船員顕彰会
 日本殉職船員顕彰会は、先の大戦で軍部に徴用された戦没船員の慰霊と功績を伝える活動をしている。先月の遺族の集いには290人が集まった。「顕彰会には今も、肉親の最期の状況を知りたいという問い合わせが絶えない」。「軍人の遺族からの依頼もある」。「戦死日から、その日に沈没した船や乗船していた所属部隊を調べれば、個々の軍人が乗っていた船名もほぼ特定できる」と。◆軍人だけが戦争をしていたわけではないということだろう。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20050809ig15.htm


第5位 「産経抄」(産経新聞):毎日新聞社の「おわび」
 毎日新聞社面の「おわび」によれば、「六日付夕刊に『広島球児の黙とう 他校への提案阻む 高野連関係者』の見出しで掲載された記事が、日本高野連に迷惑をかけたというのだ」。朝日新聞社の連絡ミスが原因だったことがあとで明らかになった。記事中、高野連関係者が「原爆は広島だけのこと。みんなを巻き込むのは良くない」と発言している部分があるが、実際はそんな発言はなかったらしい。「『平和』『核廃絶』を訴えるためだったら、少々の“演出”は許される。よもや、そんなおごりはなかったとは思うが」と。◆たとえ連絡ミスでも、その場の判断で他校の選手たちもいっしょに黙とうしてよかったのでは。
http://www.sankei.co.jp/news/050810/morning/column.htm


★テレビのニュースで、投票箱を販売している会社の社長さんが、「おかげさまで解散総選挙になりまして、今年は夏休みがありません」と発言していたのが、笑えました。

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