今日は、何も決めなかった。考えもまとまらなかった。だから、ここに置いています。同じような日は、どうぞ。
画面を一度閉じた。書きかけの白さだけが、少し残った。キーボードには触れていたし、書く時間も確保していた。それなのに、文章は一行も増えていない。増えていない、というより、始まらなかった。頭の中には、いくつも言葉があった。テーマも、感情も、言い方の候補も。どれか一つを選べばよかったはずなのに…選ぶ前に、全部が同時に出てきた。外から見たら、ただ画面を見て止まっている人だったと思う。考えているようにも、サボっているようにも見える、あの感じ。考えが多い状態って、本当に「書く準備ができている状態」なんだろうか?減らせば書ける。整理すれば進む。そういう話はよく聞く。でも今日は、減らそうとするたびに、別の考えが割り込んできた。メモを開く手前で、一瞬だけ迷う。今ここで書き始めたら、たぶん形にはなる。でも、その形が、今の自分より先に出てしまう気がした。書かない、という判断はしていない。書けない、と決めたわけでもない。ただ、書くところに体が向かなかった。こういうとき、「考えすぎだよ」と言われたら、たぶん少し嫌だ。当たっているかもしれないけど、今日の感触とは、少しズレる。 ここで、一度、席を立った。戻ってきても、状況は変わってなかったけど。でも、不思議と焦りは減っていた。書けなかった事実だけが、静かに残っている。考えが多すぎる日は、何も形にしないほうが近いこともあるんだろうか?それとも、形にしないまま終わらせることで、何かを逃しているんだろうか。書けなかった一日を、失敗として閉じるのか、途中として残すのか。どちらも、今日はしっくりこない。考えが多すぎて、何も書けなかった。それ以上を足そうとすると、また考えが増えそうだし。この夜を、何も書かなかった夜として終わらせることは、本当に何も残さないことなんだろうか?ボクはまだ、その問いを置いたまま、画面を閉じている。
ボクは、返事をしないという選択が、いちばん分かりにくいと思っている。既読はついていた。内容も読んだ。考えた。どう返すかも、頭の中では何通りか浮かんだ。それなのに、指は動かなかった。返せなかった、ではない。返さなかった、でも少し違う。返さないままにした 、がいちばん近い。急ぎじゃないのは分かっていた。今日じゃなくても困らない。相手も、たぶん気にしていない。そういう前提は、ちゃんとそろっていた。それでも――返さないまま時間が過ぎていくのが、少しだけ気になっていた。言葉を選ぶのが面倒だったわけじゃない。傷つけたくないとか、誤解されたくないとか、そういう大きな理由も見当たらない。ただ、今この気持ちで返すとあとで自分が読み返したときに、「ああ、違うな」と思いそうだった。それだけ。ここで、一度、画面を伏せた。 返さないことを正当化する言葉は、いくらでも思いつく。でも今日は、そのどれも使いたくなかった。返せば、それなりにきれいな言葉は出てくると思う。たぶん無難で、角の立たないやつ。でも今日は、その「ちゃんとした返事」を先に出すのが、少しだけ違う気がした。 夜になって…まだ返していないことに気づく。罪悪感というほど重くはない。でも、完全に忘れているわけでもない。返さないままにした気持ちが、自分の中に残っている感じ。返事よりも、そっちのほうが先にあった。これを後回しと呼ぶのか、保留と呼ぶのかそれとも、今は触らないという判断なのか。考え始めると、きれいに整理できそうで、やめた。今日は、返さなかった。それだけで一日が終わってしまった感じが、まだ手元に残っている。
「選択肢が多いほど自由だ」――本当にそうだろうか?今日は朝から、選べる状態にはあった。条件も情報も揃っていたし、時間も一応あった。なのに、決める前の準備だけが延々と続いた。候補を並べる。一つずつ眺める。悪くない、でも決め手に欠ける、という評価を全員に与える。この時点で、もう怪しい。ここで「もう少し考えよう」という判断が出た。冷静で賢そうな判断。実際、何も間違っていない。…ただ、その判断を出した瞬間、時間の流れが鈍くなった。比較が始まる。違いを探して、共通点に戻って、また違いを探す。気づくと、選択肢が増えている。減らすために考えていたはずなのに。 ここで、思考が一度止まった。止まったというより、どれを取っても同じ気がしてきた。同じ、というより、選んだ自分に納得できる想像ができなくなった。「そんなに悩むこと?」もし誰かにそう言われたら、少し嫌だ。大したことじゃないのは、分かっているから。選ばない、という選択肢が浮かぶ。それを選択肢に入れた瞬間、全部が一段楽になる。この楽さが、少し怖い。決めない理由は説明できる。でも、決めなかった理由を説明しようとすると、どれも言い訳っぽくなる。だから、説明しないことにした。 夕方になって、まだどれも選んでいないことに気づく。焦りはない。でも、達成感もない。どこにも移動していない感じだけが残る。考えすぎた、という言い方もできる。慎重だった、とも言える。どちらもしっくりこない。結局、選択肢はそのまま――日だけが進んだ。この感じを失敗と呼ぶほど大げさでもないし、必要だったと持ち上げるほど美しくもない。今日は、考えすぎて、どれも選ばなかった。それ以上の整理は、今はしないでおく。
ボクは、決断を先延ばしにすること自体が悪いとは思っていないです。ただ、今日みたいに、先延ばしにした「まま」日が終わると、少しだけ引っかかりが残る。決めなきゃいけないことは、分かっていた。大きな決断でも、人生が変わる話でもない。今日決めなくても、たぶん明日も残っている。その程度のこと。だから、急がなかった。理由を考えれば、いくらでも作れた。今日は判断材料が足りないとか、今はタイミングじゃないとか。どれも嘘じゃないけど、本当とも言い切れない。先延ばしにしている間、別のことはしていた。画面も見ていたし、考えていない時間があったわけでもない。それでも…決断だけが手つかずのまま残った。この状態を「慎重」と呼ぶ人もいると思う。逆に「逃げ」と言う人もいる。どちらも、今日は少し遠い。これ言うと感じ悪いかもしれないけど、決断しない時間って、意外と体力を使う。何もしていない顔をして、内側ではずっと保留中だから。 夕方になって、今日も決めなかったな、と気づいた。焦るほどじゃない。でも、安心もしない。この中途半端な感触が、一番説明しづらい。「じゃあ、明日決めればいいじゃん」そう言われたら、たぶん正しい。正しすぎて、今日の感触とは噛み合わない。決断を先延ばしにした、という事実と、先延ばしにした理由が、まだ結びついていない感じ。無理に結びつけようとすると、きれいな話になりそうで、やめた。 結局、決断はそのまま。日だけが終わった。これを「何も起きなかった日」と呼ぶのか、「決めなかった日」と呼ぶのか、それとも、まだ名前をつけないほうが近いのか。ボクは今、決断を先延ばしにしたまま終わった一日を、どこに置けばいいのかまだ決めていない。
今日は、終わってみたら何も進んでいなかった。最初からそうなる予定ではなかったと思う。たぶん。でも、終わったあとに残った感触は、それだけだった。画面は何度も開いた。考えごとも、していないわけじゃない。やろうとした形跡は、点々と残っている。それなのに…「進んだ」と言えるものが一つもない。この言い切れなさが、地味に重い。――進んでいない一日って、どこに置けばいいんだろう?無駄だった、と切るには雑すぎるし必要だった、と言うには根拠が薄い。どちらにも寄せきれないまま、夜だけが普通にやってくる。 「それ、時間の使い方が下手なだけかも?」そう思うこともあるけれど、人に言われるのは好きじゃない。今日は、判断もしなかったし、決断もしていない。動いた形跡がない分、自分が見えなくなる感じがある。何か一つでも終わらせていれば、今日の扱いは変わったんだろうか?それとも…進まなかった、という事実そのものが、もう一つの出来事なんだろうか。考え始めた瞬間、話がきれいになりそうで、やめた。進んでいない日は、振り返りもしづらい。反省もできないし、次につなげる言葉も見つからない。ただ、何も残っていない感じだけがある。でも本当に、何も残っていないんだろうか?疲れだけが残る日もあるし、手応えだけが残る日もある。今日は、進まなかったという感覚だけが残った。それを「だけ」と呼んでいいのかも、分からない。この一日を、そっと閉じればいいのか、もう一度開いて眺めるべきなのか。それとも、進まなかった日として、名前もつけずに置いておくのが一番近いのか。ボクはまだ、進まなかったことが残る夜を、どう扱えばいいのか分からない。
書こうと思えば書けた、と思っている。「じゃあ、なんで書かなかったの?」向かいに座っている人が聞く。責める感じじゃない。ただの疑問。うーん、と一瞬だけ間が空いた。メモは開いたんです。画面も白だったし、指もそこにあった。「それで?」それで、閉じました。「意味分からないね」まあ、そうですよね。書く内容がなかったわけじゃない。言いたいことも、散らばったままだけど、確かにあった。でも、書き始めた瞬間に、これは今じゃないな、という感じがした。「今じゃない、って便利な言い訳じゃない?」確かに、言い訳にも聞こえる。自分でもそう思う。でも、書く準備ができていない、とは違う。「じゃあ何がダメだったの?」何が、って聞かれると困る。ダメだった感覚がないから。言葉が軽くなる予感、みたいなもの。書いた瞬間に、ちゃんとしたことを書いてる“ふり”になる感じ。あ、今それやると薄くなるな、って。「それ、贅沢じゃない?」そうかもしれない。進めばいいじゃん、って話でもある。でも・・・進んだ形だけ残るのが、今日はちょっと違った。形は欲しいけど、形だけ欲しいわけじゃなかった。「難しい人だね」うん、そうだと思う。メモを閉じたあと、何かスッキリしたわけでもない。むしろ、少しだけ居心地が悪い。やることを一つ放置した感覚。「結局、何も進んでないじゃん」それも、事実。でも、無理に進まなかった、という事実も残っている。どっちが良かったのかは、まだ分からない。「明日は書くの?」――分からない。また開いて、また閉じるかもしれない。そのやり取りが、もう一度起きる気もしている。意味があるかどうかは、考えないことにした。一度は開いたメモを、そのまま閉じた。理由を説明しようとすると、たぶん嘘っぽくなる。だから今日は、閉じた、というところまでで止めている。
ボクは、やる気があれば手は動く、という考えをあまり信じていないです。今日は、やる気自体はあった。やらなきゃいけないことも分かっていたし、やれば進むことも、たぶん想像できていた。――それなのに、手だけが動かなかった。体が重いわけでもない。眠いわけでもない。気分が沈んでいる感じとも、少し違う。ただ、始めるところに手が行かない。この状態を説明しようとすると、だいたいどこかでズレる。集中力が足りないとか、優先順位が曖昧とか…そういう言葉に当てはめると、一応それっぽくなるけど、実感とは少し距離がある。やる気がないんじゃない、という言い方もやる気がある、という言い方も、どちらもしっくりこない。この中間、という言葉も、逃げている感じがして好きじゃない。手が動かない時間が続くと、自分を観察し始める癖が出る。今、何を怖がってる?どこで引っかかってる?そうやって内側を探る。探ったところで、はっきりした理由は出てこない。ここで、一度、諦めかけた。「やる気がないなら休めばいい」こう言われると、少し嫌だ。休みたいわけじゃない。何もしない正当化を探しているわけでもない。ただ、動けないだけ。逆に、「甘えてるだけじゃない?」これも、刺さる。完全には否定できないから、なおさら。やる気があるのに手が動かない状態って、どこにも置き場がない。怠けでもなく、頑張っているとも言い切れない。評価しづらいし、説明もしづらい。結局、今日はほとんど進まなかった。やろうとはしていたし、やる準備もしていた。でも、結果として残ったのは、手が動かなかった、という事実だけ。これを「今日はダメだった」と呼ぶのも違うし、「必要な停滞だった」と持ち上げる気にもなれない。どちらも、今の感触から少し離れている。やる気と行動が、必ずしもセットじゃない日がある。それをどう扱えばいいのか、ボクはまだ、うまく分かっていない。今日は、やる気がないわけじゃなかった。でも、手は動かなかった。この違和感を、今はそのまま置いている。
なんとなく、落ち着かないまま時間が進んでいた。何かに追われているわけじゃない。急ぎの連絡があるわけでもない。それなのに、頭の中だけがずっと騒がしい。言葉にならない音が、いくつも同時に鳴っている感じ。ボクは今日は、前に進むことよりも、このうるささをどうにかしたいと思っていた。何を考えているのかを整理しようとして、逆に考えが増える。一つ潰せば静かになると思ったのに、潰した瞬間、別の声が出てくる。ああ、これ、よくあるやつだなと思う。そもそも、頭の中がうるさいときって、何を解決したいんだろう?答えを出したいのか、納得したいのか、それとも、ただ黙ってほしいだけなのか。この違いを考え始めた時点で、もう静かじゃなくなっている。ややこしい。自分で自分にツッコミ。スマホを置いてみたり、コーヒーを飲んだり、何もしない時間を作ろうとしたり。どれも、効果があったような、なかったような。「考えすぎじゃない?」もし誰かにそう言われたら、たぶん少し嫌だ。分かってるけど、今それを言われると雑に扱われた気がする。静かにしよう、と思うほど、考えてはいけないことを探してしまう。探している時点で、もう考えている。このループ、誰に教わったわけでもないのに、やけに上手い。ここでふと、静かにする必要って、本当にあるんだっけ?という疑問が出てきた。うるさい状態を、無理に整えようとするから疲れるのか。それとも、うるさいままではダメだと思い込んでいるから、余計に音が増えるのか。考えをまとめる気力もなくて、決断する元気もなくて。今日はただ、静かになればいいなと思っていた。何も解決していないし、何も片付いていない。それでも、「今日はこれ以上やらない」と決めるほどの明確さもない。頭の中がうるさいまま夜になることって、そんなに悪いことなんだろうか?ボクはまだ、静かにするべきなのか、うるさいままにしておくべきなのか、それとも、この問い自体がもう一つの雑音なのか、分からないままでいる。
一日が終わるとき、つい「何を決めたか」を数えてしまう癖がある。決めたことが多いほど、今日はちゃんとやった日、みたいな顔をして終われる。逆に、何も決めていないと、一日そのものが薄くなった気がする。今日は、その薄さが残ったまま夜になった。別に、何もしていなかったわけじゃない。画面は見ていたし、考えごともしていた。連絡も返したし、やるべきことに触れてはいた。でも、決断という形では、何も置いていない。「それって、時間を無駄にしたってことじゃない?」頭のどこかで、そう言う声がした。それ言われると、少し嫌だな、と思った。反論できないから、なおさら。 夜になると、決めなかったことが浮かび上がってくる。決められなかった予定。保留にした返事。先送りにした考え。一つひとつは小さいのに、まとめて見ると、ちゃんとした重さになるから厄介だ。何か一つでも決めておけばよかったかな、と思いかけて…でも、その「何か」が分からない。分からないまま決めるのも、今日は違う気がした。ここで、少しだけ止まった。 夜の静けさのせいか、決めなかった自分を責める気力も、正当化する元気も、どちらもなかった。ただ、何も決めていない、って事実だけがある。「決めないのも選択だよ」こう言われると、ちょっときれいすぎる気がする。救われる感じがして、逆に落ち着かない。かといって、「何も決めなかった=ダメな日」と切り捨てるほど、今日は乱暴にもなれなかった。 夜になっただけ。決めないまま、ここまで来ただけ。それ以上の意味を乗せる気もない。この感じを、静かに受け取ればいいのか、明日への宿題にすればいいのか、それとも、ただ通り過ぎさせればいいのか。ボクはまだ、その扱い方を決めていない。今日は、何も決めないまま夜になった。それだけが、今ここに残っている。
ボクは、考えをまとめれば少しは楽になる、という考えを、あまり信用していないです。一応、ノートは開いた。頭の中にあるものを出せば、何か形になる気がしたから。こういうの、よくあるやつ。最初は順調だった。断片的な言葉がいくつか出てきて。ああ、意外とちゃんと考えてたんだな、と思いかけた。思いかけただけで、すぐに怪しくなる。整理しようとした瞬間、言葉が増え始めた。減らすつもりだったのに、増える。分類しようとすると、どれも違う気がしてくる。ここ、たぶん多くの人が「もう少し頑張ればまとまる」と思うところ。ボクもそう思った。だから続けた。結果、前より散らかった。 考えが浅いとか、足りないとか、そういう話ではない気がしている。むしろ、ちゃんと触れてしまった感じ。触れた結果、形にできなかった。これ言うと感じ悪いかもしれないけど、「考えがまとまらない=怠けてる」って見方、ボクは結構雑だと思っている。一生懸命やって、余計に分からなくなることもある。今日がそれだっただけ。途中で、「分かりやすくまとめよう」という判断が出た。ああ、これ危ないな、と思った。分かりやすくした瞬間に、一番引っかかっている部分を削りそうだったから。ここで、一回、手が止まった。 ノートを閉じて、何が残ったかと言えば…「まとまっていない」という感覚だけ。でも不思議と、失敗した感じはあまりなかった。成功したとも思っていない。ただ、散らかったまま終わった。この状態を「今日はダメだった」と呼ぶこともできるし、「考えた痕跡はある」と言うこともできる。どっちも、今日はしっくりこない。 考えをまとめる、という行為自体が、今の自分には少し早かったのかもしれない。かもしれない、で止めておく。きれいに終わらせないといけない理由もないし、このまま放っておくのが正解かどうかも分からない。ただ…まとめようとして散らかった、という事実だけが残っている。ボクはまだ、この散らかりを「途中」と呼ぶかどうか、決めてない。