





それから半年後に震災が起きてしまい、
その時、宿泊したり観光した場所がどうなってしまったのか?
そして同じ福島県内で何度かドライブに行った
相馬の松川浦あたりの津波の被害はどだったのか?
1年が経ち自分も、いろいろな悩みを抱えながら、
薄っぺらい紙芝居のようなTVから受ける感情では無く
実際に起きている現実の中に身を置いて、
何が起きて、どうなって居るのか目に心に焼き付けなければと思い、
20日から22日まで相馬~新地町~仙台~松島~奥松島~石巻~
女川~南三陸~気仙沼~陸前高田~大船渡と北上して来ました。
いろいろな物を見て書きつくせない事を感じてきました。
天国と地獄、不条理な不公平、
丁度お彼岸で花が供えられたコンクリート基礎だけの町並みから
5分も走れば巨大ショッピングセンターに笑顔が溢れています。
全てを失って、また津波が来そうな仮設に暮らす人たちも居れば
お世話になったお店には新車の高級外車…。
震災格差が生まれて居るのでは?…同じ土地に住んでいる方々に
いがみ合いなど起きなければ良いのですが…。
善意の絆の後に利権を前にしたときの絆が試されそうです。
昨晩帰って来てから、なぜかすぐまた行きたくなりました。
心残りは大川小学校の場所に気付かずお祈りできなかった事です…。
方向を確認するために、たまたま駐車した橋のたもとのが
児童たちが目指した、避難場所だったと後で知りました。
また近いうちに必ずお邪魔させて頂きたいです。
この一年自分の事が精一杯でいろいろ悩み考えてきましたが
これからは少しでも心からの行動が、
できたらと遅ればせながら考えています。
2010年10月20日ブログに書いた時の美しい東北が戻る日まで
重い十字架を日本人全員で背負って行かなければなりません…合掌…。