急にこの本のことを思い出した。
そういえば、あの本の主人公って、夫を亡くした人だったな・・・と。

「昨夜のカレー、明日のパン」
この本を初めて読んだのはストックホルムに住んでいた時だ。
王立図書館に併設されて東洋の書籍を扱う別館があった。そこにほんの少し、日本語の本、主に小説があって、時間があった私は片っ端から借りて読んでいた。その中の一つがこの「昨夜のカレー、明日のパン」だった。
すごく面白くて一気に読んだのを覚えている。

あれから約10年後、急にこの本のことを思い出した。
確か、夫を病気でなくした女性が、夫が亡くなった後もかわらず義父と一緒に生活している・・・といった内容だったような。。。
すぐにアマゾンで探して、購入した。
10年前とは異なる状況で、そして、主人公と同じ境遇で、この本を読んでみたいと思った。
でも、正直、10年前、この本を読んだと時、どんな気持ちだったか?あんまり覚えていない。ただ、面白かった、ということだけ覚えていた。

突き刺さるセリフがいくつもあって、電車の中で読みながら泣きそうになるのを何度もこらえた。
驚くようなな展開もなければ、がっかりすることもない。
遺された人たちが、淡々と生きている日常が描かれていた。
すべての現実と、どんな気持ちも、すべて受け入れて「まあ、いいんじゃない。」と生きていく。

この本は、きっと生涯、何回も読み返すんだろうな、私、と思った。



読書記録:リボルバー 原田マハ

先週やっと読み終わりました。
通勤時間は、一日の中で唯一、私に与えられた読書時間。

この時間だけは、子供からも仕事からも邪魔されない、私だけの時間です。

とは言え、地下鉄に乗っている時間は、乗換もあったりで、実質読める時間は20分くらい。ものすごく混んでると本さえ開けないこともあるし。。

 

私は西洋美術、とりわけ1800年代後半から1900年前半の印象派前後の美術史が好きで、原田マハさんは、その頃の絵画を主役にしたアート・サスペンスをたくさん書いている。今回もその一つ。

現在の調査では、自殺したと思われているファン・ゴッホが、実は同時期活躍したゴーギャンに殺されたのではないか?という仮説を主人公が解いていくもの。

フランスを舞台にして描かれているので、思い出しながら読んだり、行ったことがない場所であれば、いつか行ってみたなーと思いながら読んだり。

現実とは違う、自分だけの好きな空間に行けることが最大の楽しみかも。

 

 

今朝明け方、久しぶりに夫が夢に出てきました。本当に久しぶり。半年ぶりぐらい。

目が覚めてから、内容を覚えていたくて、何回もどんな夢だったかベッドの上で思い出してました。

始めは、姉とご飯食べなら絶版になった料理本をメルカリで購入できた!とか、そんな感じの夢で(笑)

そのあと風景が変わって、私が一人で大きな荷物を肩から掛けていて、それはどうやら何か買い物をして、そのあとに、急いで誰かとの待ち合わせ場所に向かっていました。
歩いている道中におにぎり?ちまき?のようなものを無人販売しているお店があって、入れ替わり立ち代わり、人が蒸し器のようなモノを開けて購入していきました。
へー!おいしそう!こっちにあんまり来ないから、私も買っていこーと思い、蒸し器に近づくと、前の人が5個ぐらい購入してしまい、売り切れてしまいました。。

あー、ざんねん・・・と思い、待ち合わせ場所に向かうと、そこはラーメン屋さん?のよう。
お店の外の席にもたくさんの人が座って、何かを食べていました。そのお店の入り口に夫がいました。当時被っていたハンティング帽を被り、見たことがない白っぽいジャケット?を着てました。

でも・・夫はラーメン食べれないよなぁ(胃ろうだった)と思い「私、食べなくていいよ。」と言うと、夫に「そうなの?せっかく来たのに?」と言われたので「じゃあ・・・(夫は)スープだけのむ?」と聞いて、お店の中に入りました。

お店はラーメン屋だったはずなのに、店の入り口を入ってすぐの場所に窓口のようなものがあり、そこで夫が白っぽい手袋?マフラー?みたいなものをクレジットカードで購入しようとしてました。見慣れた黒っぽい?紺色っぽい?色のクレジットカードでした。
「今日はポイントデーだから(割引デーだったか?)このクレジットカードで支払いたいんだ。」と夫が言ってました。
夫がやりそうな言動です(笑)
しかし、お店側はクレジットカードで支払いをする人に慣れておらず、対応に時間がかかりました。

無事に夫の買い物も終わり、店を出て歩きました。久しぶりに夫の腕を触りました。

そのお店の隣にはヨネックスのお店がありました。
「へー。ヨネックスのお店かー。(ウィンドーガラスから見えた品物を見て)かわいいー」と私がぼやいてました。

夫が「今はバレーボールとテニスに興味があるみたいだね。」と。息子のことです。
息子はアニメの影響で、今年の初めごろからバレーボールとテニスが大好きです。でも習い事としては、まだやらなくていいと、本人は言います。遊びで楽しんでいる感じ。

「そうなんだよー。どっちでもいいからやればいいと思うし。どっちもやればいいと思うし。」と私が答えると、夫に「良いんじゃない。」と言われたところで、目が覚めました。

いつも見ててくれているんだなと思いました。
これからもいつも見ててね。





 

夫が亡くなって一年が経ちました。


早かったように思います。日々、息子の世話と自分の仕事に追われ、悲しんでいる時間がなかったのは良かったのかもしれない。1年間、ずーっと走ってきた感じ。


 夫の知り合い2人から一年経ちましたね、と連絡をいただいた。

 家のお墓を新しくする関係で、まだお墓に入れてやれてないのが、良いような申し訳ないやら。夫の友人からお墓をお参りしたい、と申しでされるたびに申し訳なく思い、反面、いざ納骨をすると少し寂しい気もする。なんとなく2回目のお別れのような感じがする。


 思い出さない日は一日もない。


 息子の保育園で仲の良さそうな夫婦を見ると、単純に羨ましく思うし、何度も通ったがんセンターへ行く道を通れば、当時の自分の気持ちを思い出し、涙が溢れる。


 夫は度々、私の夢に出てくる。

今朝の明け方も見たが、内容は忘れてしまった。これは私の深層意識が反映しているだけなのだろうと言い聞かせている反面、夫が本当に来てくれていると思いたい自分もいる。


 私は現在の仕事で、契約職員から試験を受けて、正規の職員になれた。子供は小学校へ新入学し、おそらくかなり多忙な一年となるだろう。

 今年も、これからもとりあえず息子が一人前になるまで、私は走り続けなければならない。伴走してくれる人はもういなくなってしまったが、応援してくれる人はたくさんいるから頑張りたい。

 

夫が夢に出てきました。

昨夜、寝る前に息子と昔の写真を見たからかしら・・?いやいや、結構、頻繁に見てるから、それは関係ないか・・

 夫がどこかへ出かけていて、その間に部屋を整理していると、なにやらラッピングされたモノが置いてあって開けて見ると、ピンク色刺繡のあるクッションでした。

 夫がいつの間にか帰宅していて、「クッション、汚しっちゃったから。(新しいのだよ)」と。

 息子へのプレゼントもあって、パジャマだったんだけど、サイズが120センチで「入るかなぁ・・」とぼやいていた私。

 息子は最近、120センチの服がきつくなっていました。夫に「先生と話し合って、薬は年末まででもう止めることにしたから。」と言われ、その後は緩和ケアだけになるということか・・・じゃあ、ミネラルサプリ飲んだりとか、アロマオイルを体に塗ってマッサージすると癌が消えるってSNSで読んだから、それをやってみようか・・などど考えていて、目が覚めました。

 朝、起きてから、あのクッションの柄、見覚えがあるのだけど、なかなか思い出せず、白湯を飲みながらずっと一生懸命思い出していました。

 たしか・・・デンマークに住んでいた時に使っていたキッチン用のミトンがあって、それがピンク色で女の子の刺繍がしてあって、もうボロボロになったから捨てちゃったんだけど、あれに似てるな・・・と思いました。

 夫が言った「クッション汚しちゃった」というのは、抗がん剤の副作用で頭皮からよく出血していて、それでクッションを汚したことが確かにありました。きっとその件だけでなく、いろいろ自分が汚してしまった、申し訳ないという気持ちで、今もいるのかな、と。

 大丈夫だよ。夢にでてきてくれてありがとう。また来てね。