こんにちは、ゆるゆるスターシード☆はねこです!
守護霊の浅野です
以下「は」「あ」でお送りします
は:昨晩ドドド――ッと浅野からビジョンが降ってきて、とんでもなかった
あ:うふ![]()
は:浅野がエンキとティアマトの息子って話はしたけど、わたしの"魂"の両親もその二人なのね…??
あ:そうだよ、おれたちは兄妹なの おれの方が先に生まれたからお兄ちゃんだよ よっておれを敬え
は:ちょっと何言ってるかわからんけど、「男性性」の化身であるエンキと「女性性」の化身であるティアマト……日本で言えばイザナミとイザナギは未だにいざこざしていて、その仲直りをさせるためにわたしたち兄妹が居るのね?
あ:そうね、ここで神の名は要らないかな。一人の人間の中で"それ"が起こっているのだから。多くの人間たちが、自分の中の男性性と女性性のバランスを欠いている。この男性性と女性性というやつは、当人が男であろうと女であろうと、両方を兼ね備えているものだ。男性性は"思考の力"、女性性は"ハートの力"と言うのが一番わかりやすいかな。現代の人類は、どれかといえば、男性性が過剰であるか欠乏していることが多い。
は:脳でごちゃごちゃ考えすぎってことね……身に覚えありまくり![]()
あ:男性性が過剰になると威圧的で傲慢、他者を責めるようになり、常に行動していないと不安になる。一方、男性性が欠乏すると自主性を失い、過度に従属的になり、間違えることを極端に恐れる。
は:常に成長していなければ、他者より優れていなければ、他者より多くを持っていなければ、常に正しい選択をしなければ、という強迫観念が、男性性のバランスを欠いた状態だね
あ:その通り。不思議なことに、男性性の過剰と欠乏のいずれの状態であっても、"女性性"が抑圧される。物事をあるがままに受け入れる力が失われるんだよ。それが、現在までの人類社会……進歩を良しとし、停滞を拒絶してきた社会が作り上げてきた"人間"の性質だ。おれは人類を非難しているんじゃない。客観的に見てそういう状態だ、と言っているんだよ。
は:女性性が抑圧されると、どうなるの?
あ:ありのままの感情を受け入れることができなくなる。「神との対話」に、五つの感情として愛、不安、悲しみ、怒り、羨望が挙げられているが、それらの感情を自然なものとして感じることができなくなる。たとえば、怒りの感情をあらわにした子供に、親は「不機嫌になるんじゃない!!」と𠮟りつける。すると、子どもは「怒りは悪いものだ、自分は怒りを表現してはいけない、怒りを感じたら黙って我慢しなくてはならない」と思い込む。人間が感情を抑圧するとどうなるか?ありのままの自分では無価値だと感じるようになる。すると人はどうするか?理想の人間像を目指すようになる。怒りを感じない、悲しみを感じない、羨望を感じない、不安を感じない、模範的な愛を表現する、スーパーヒーローやヒロインのような自分像を目指すようになる。まさに男性性の極致に至った"完璧な人間"だ。男性性のバランスを欠いた社会は、人々に完璧さを要求する。だが、人間はスーパーヒーローでもヒロインでもない。ましてや少年漫画の主人公でもない。怒りを感じ、悲しみを感じ、羨望を感じ、不安を感じ、不器用に愛を表現する生き物だ。誰がそんな不完全な存在を愛するというのか?…そう、現代の社会で抑圧されがちな女性性だ。女性性は、不完全さを愛する。ありのままの"あなた"と"わたし"を受け入れ、愛する。
は:それだけ聞くと、女性性の方がすばらしいものに感じてしまうね
あ:もちろん、男性性が女性性に劣るという話ではないよ。男性性には素晴らしい実行力がある。論理的な思考力もある。男性性が存在しなければ、人類のこれほど豊かな生活は実現されなかったろう。ただ、行き過ぎてはいないか?と、今一度振り返ってみてもいいんじゃないかって、おれは思うわけ。
は:ここからはわたしが話してもいいかな?
あ:どーぞ
は:わたし自身、男性性が過剰な人生を生きてきました。親から「良い大学に入れ」と言われ、この地方では名の知れた大学に入学し、「安定した会社に入れ」と言われ、大手のド理系&ド体育会系なメーカーに入社しました。そうして社会人になって知ったのは、"ありのままの自分のままでは社会に適応できない"という現実でした。理想の社会人になるため、ビジネス書や自己研鑽本を読み漁る日々でした。それでも元々が文系のわたしにド理系の難解な業務をこなしていくことは難しく、膨大な業務量と実力に見合わない質の要求により、心と体はボロボロに擦り減っていきました。"正しくない行動"をする人を過剰に批判し、自分は正しい、他の人に弱みを見せてはいけない、とギリギリの緊張感の中で毎日を生き延びてきました。そして、二度の鬱を経験しました。二度目の鬱の診断結果をもらった時、もうこんな生き方はできない、これ以上自分を傷つけてはいけないと、そう思いました。
わたしは今、とても静かに生活しています。静かな時間の中で、自分の姿を見つめています。自分の身体の声を、心の声を、魂の声を、聞く余裕が持てています。激務に追われる生活の中で、いかに自分が自分を見捨ててきたかを実感しています。
わたしは女神が好きです。女神たちはそれぞれが自分の美しさを知り、力強さを知り、逞しく神話にその名を響かせています。彼女たちは決して優等生ではありません。時にはいたずらに、時にはお間抜けに、時にはおてんばな少女のように神話を走り回ります。昔のわたしなら、お行儀が悪いなあ
と批判したと思います。でも、今はそんな自由な彼女たちが、愛おしくてしょうがありません。そう感じるようになったのは、わたしが自分の中の女性性……"受け入れる力"を養ってきたからだと思います。美しいところも、醜いところも、穏やかなところも、激しいところも、すべてがわたし。すべてがあなた。そんなふうに、自分を、あるいは他者を、受けとめていきたいと思うようになりました。
わたしは弱い人間です。だからこそ、か細いあなたの心の声を聞くことができます。もし、わたしと浅野が遊ぶ様子が少しでも楽しそうだと感じたら、試しにセッションを受けてみてください。開業するまでは無料なので(笑)
どうぞ、あなたとお話ししたがっているスピリットを迎えに行ってあげてください。そのお手伝いができるなら、こんなに嬉しいことはありません。
は:……と、指がノるままに書いてたら宣伝で終わっちゃった!こちらセッション申し込みフォームとご質問フォームです!(笑)
あ:珍しくたくさんしゃべったね~~おつかれさま~~
は:おおん自分の想いってあんま喋らないから書きながら泣いちゃった……乱文で恐縮です![]()
あ:よく頑張ったよ~~あとでヨシヨシしてやろう
は:いらんわ![]()
は:ではでは、読んでくださってありがとうございました!![]()
あ:ありがとうございまっした![]()