あんま言うとあれなんですけど、



僕もともと卓球部だったんですよ。

今は帰宅部ですけど。




卓球部がまあ、とある大会を控えておりましてですね。




すごい、不安なんだよね。僕。





まるで、僕が出場するかの如く。



錯覚起こしてるんだよ。

大会っていう死にゲーが待ち構えてるっていう事実だけで。





やめた理由は色々です。自分の病気だったり、卓球との相性だったり、親への迷惑だったりです。
こう書いてみると、ありきたりな理由ですけどね。ありきたりな苦痛ほどありきたりじゃないものはないです。
主観と客観が入れ替わるだけで、まるで別物になる。





怖いわぁ。

病みそうな時、僕はふとロサンゼルスに行きたくなります。

僕が一番病んでいた頃に1度行ったんです。
そこは夢のような世界でね。
何もかもがリセットされて、全てのものが新たに構築されたエリアだったんだよね。

意思疎通こそままならなかったけれども、だんだん言葉が分かるようになるんだよね。
いや、理解はできないんだよ。でも、わかるの。

なんだろう。

多分、今のみんなと同じ気持ちだと思う。
言葉を認知できるんだよ。そして、相手の感情のニュアンスとか、持つべき感情はわかるの。

ただ、理解できないの。
ほら、今の君と一緒。(くだらねぇ...w)


とにかく、凄いんだから。そこら辺に生えてる木の質感が違うんだから。

一番後悔してるのは、本を買いたかったんだよなぁ。
英語でギッシリ書かれてる本。
バーコードが4から始まってない裏表紙。

これほどリセットされてるものはないよね。

本ってのは、形が本体じゃない。

本体はメッセージの媒介となる言の葉。

英語は毎日1時間の英語の授業でしか喋らないから、まるで自分が3歳児のような感覚に陥るんだよね。

辛うじて何が書かれているかわかる。

だから、昔に戻れたっていう錯覚に陥るんだよ。







将来は何になろっかな〜。

本音を言えば先生になりたい気がする。僕は。


でも、僕は人生に形式を求めるタイプなんだよねぇ。
我が子に否が応でも勉強させて東大行かせて自分の叶えられなかった夢を叶えさせる親みたいな気持ちを自分自身に持ってる部分がちょっとあるの。



どーなればいいのかなぁ。

一般論をいえば「いや、先生になれよ」ってなるんだろうけど、違うんだよね。