8月15日、
お盆の送り火をしたちょうどその時、
18年間を共に過ごした愛猫のタラちゃんが、
静かに空へ旅立ちました。


今年の1月に癌が見つかり、
それから8か月。


以前飼っていた猫(アサ)のときと
同じ様に、
治療方針を悩みに悩み、


今回は、年齢を考えて、
大きな手術などは
しない決断をしました。


ここ数か月は
見ているだけでも辛そうで、

自分の決断が良かったのかもわからなくなり、
胸が痛くて、苦しくて。


それでも仕事も子供の看護も、
自分の持病も変わらずある日々の中、
なかなか手が回りきれず。

痛々しいタラの身体を拭きながら、
『ごめんね』と、
無力感に泣いた夜もありました。


見かねた亡き父が、
空へと連れて行ってくれたのかもしれないって
思います。


ペットとは言え
弱っていく家族を
数か月見守るという日々により、

日常のかけがえなさ、
大切な存在を失う怖さ、
自分の弱さを
改めて思い知りました。


今回は、
生まれたときから一緒に過ごしてきた
息子が大変悲しみました。


「なくなる前日の夜、
いつものように鉛筆をねこじゃらしのようにして
遊ぼうとしたのに、
遊んでくれないから、おかしいと思ってたんだ」

「ちゅーるをあげたらほんの少し食べてくれたんだ」

そういいながら、
こらえきれずに大泣きする息子と
一緒に大泣きしました。


「悲しいね、さみしいね」

って、一緒にさんざん泣いたあと、

「だけど、タラはアサがいるから、さみしくないよね?」

「またお盆に帰ってきてくれるんだよね?」


そう言って、
仏壇のタラの写真にお線香とチュールをあげていました。

 



特に宗教を信奉しているとかではないのですし、
霊が見えるとかもないのですけど、


自分の人生に不思議な事が多いので(九死に一生得がち)、
うまく説明はつかないけれど、
自分を守ってくださる存在については、
信じるというより、感じています。


目に見えなくとも
亡くなった存在が帰ってくる日がある、
という風習は、


見送った存在が多くなるほどに
わたしにとって、
存在感を増す日となりました。


日々を大切に、
命を大切に、
周りの人を大切に、

空へと旅立った大切な存在たちが、

私たちの日々をそっと見守ってくれているのかもしれません。


そう信じて、これからも一日一日を大切に生きていきたいと思います。

 

 

タラ、ありがとう。

 

 

 

 

    

最後まで読んでくださり、

ありがとうございました🌷

 

皆様にとっても

素敵な一日となりますように🌈