スッと何かが切り替わる。ここからは数日間練りに練った通りに会話を進めて行けばいい。まさしく役者になるのだ。
「揃いましたね。では、本題に入りましょうか。」
そう言って私は数枚のペーパー(https://med.sawai.co.jp/file/pr1_4568.pdf)を担当医と薬剤師に手渡す。
「お渡しした書面は特に薬剤師さんはご存知かと思いますが、3月10日に私に処方されたアリピプラゾールの添付文書です。本文の頭に赤い字で【警告】というのがありますね。念のため読みます。
1) 糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡等の死亡に至ることもある重大な副作用が発現するおそれがあるので、本剤投与中は高血糖の徴候・症状に注意すること。特に、糖尿病又はその既往歴もしくはその危険因子を有する患者には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合のみ投与することとし、投与にあたっては、血糖値の測定等の観察を十分に行うこと。
2) 投与にあたっては、あらかじめ上記副作用が発現する場合があることを、患者及びその家族に十分に説明し、口渇、多飲、多尿、頻尿、多食、脱力感等の異常に注意し、この
ような症状があらわれた場合には、直ちに投与を中断し、医師の診察を受けるよう、指導すること。
私ね、受けてないんですよ。この2)の副作用が出たら飲むのやめて診察受けろって指導。先生からも薬剤師さんからも。その結果倒れて入院する事態になったんですよ。私が倒れたのってここに書かれてる糖尿病性ケトアシドーシスと糖尿病性昏睡なんじゃないんですか。」
数秒の間。担当医が口を開く。
「すみませんでした。」
また数秒の間。今度は薬剤師が口を開く。
「すみませんでした。」
勝った。完。
なんてそうは簡単に許す訳がない。今日の基本コンセプトは「相手のうちの誰かの心を折る」だ。
再び担当医が口を開く。
「大変申し訳ありませんでした。今回の件は薬の副作用によるものだと思いますので、医薬品副作用被害救済制度(http://www.pmda.go.jp/kenkouhigai_camp/index.html)というのがありますのでこちらの申請を……。」
掛かった。
「その制度については知っています。しかし、今回の件は「適正な使用」に該当しないからこの制度は使えないんじゃないですか。」
しばしの間。
「「適正な使用」に該当しないかは問い合わせてみないと何とも言えないと思います。」
「添付文書の【警告】を守ってないんですよ。これってあなたたちの仕事にとってイロハのイなんじゃないですか。」
沈黙。薬剤師に視線を向ける。
「はい。そうだと思います。」
意外とあっさり答えたよこの人。
「薬剤師さんもこう言ってますよ。イロハのイだって。それでも問い合わせないと分からないと。」
「問い合わせてみないと……。」
会話の途中でおもむろにスマホをいじり出す私。失礼には当たらないと思う。と言うかこっちが気を使う必要は端から無い。
「今調べました。その制度のホームページです。Q&A(https://www.pmda.go.jp/relief-services/adr-sufferers/0034.html)があります。読みますね。
「適正な使用」とは、原則的には医薬品等の容器あるいは添付文書に記載されている用法・用量及び使用上の注意に従って使用されることが基本となります
基本ですって。先生。」
この制度については昨日家族が調べて教えてくれていたのだ。だから淀みなく対応できた。家族GJ。
一つため息をつく。この間を作ることも計算づくである。
「私はね、あなたたちのせいで死にかけたんだよ。私は怒っているんだ。」
そして薬剤師に視線を向けて。
「薬剤師さんこの場に来て話を聞いて良かったでしょ。」
「……はい。」
言ってやった。電話口の態度が気に入らなかったんだ。気持ちいいぞ。
長い沈黙。
ようやく先生が事の重大さに気づいたようだ。
「◇◇さんは命がけで私に教えてくださったんですね。ありがとうございます。」
泣いた。先生を泣かせたよ。
ミッション達成。
後のことはどうでもいい。謝罪してもらって、貰えるもの貰ってこいつらと縁が切れればそれでいい。
「とりあえず入院費用と会社を休んだことによる休業補償。これについては病院の領収書があるのでコピーして金額を確認してくれ。給料は月額○○万で休業期間は薬を処方された3月10日から復帰予定がゴールデンウイーク明けなので約2か月。具体的に請求できるのはこれくらいかな。後は何が必要かはあんたらの顧問弁護士と相談すれば出せるでしょ。」
勝った。だがまだ笑うな。
「ではお話は終わった。失礼しました。」
そして病院の外には家族と談笑する私の姿があったとさ。