あけましておめでとうございます。

西田、むた、たま、性ちゃんです。


最近の体育の授業でバスケットボールをしているけど、ボールを一度も持たずに終わることもしばしばあり本当にいる意味が無いから、苦痛だ。

わたしが苦手なのは誰にも必要とされていないのにその場にいなければならないことだが、かといって期待されすぎると重荷すぎて辛くなる。(面倒くさい)わたしが一番幸せな環境は少人数のグループorひとりで好きなことについて淡々と屁理屈を述べている時だけな気がする。

わたしがよくアカウントを消すメカニズムもこれに沿っていて、グループ内で誰にも必要とされていなくてそこにいる必要がなくなったらすぐ消えようとする。そして消えたことに対して反応してもらうことで自分の周りからの存在認知度を認識している。とんだかまって野郎である。

ていうのをその時間に考えてた。

未知数→ボールをもらう→失敗→信用されない→ご厚意でボールもらう→失敗

⬆️これを続けていてわたしに存在意義がなさすぎるから屁理屈考えることでしか時間を潰せないのだ。

ご厚意でボールもらったりわたしがやりやすいようにしてくれるのはその人の純粋な優しさだしそれを正しく受け取りたいけど、わたしが偏屈なせいで正しく受け取れず頑張る気にもなれず1人だけ幼稚園のおゆうぎやらされてる感や疎外感で泣きたくなる。

わたしがバスケットボールが苦手なのは単純にわたしの運動神経が悪いからというのは勿論だが、誰にも頼りにされないことにより自信が削がれ続けその結果消極的になってしまうからだとも思う。また、誰にも頼りにされないことで単純な経験値が足りないというのもあるだろう。わたしを未熟なままで受け入れて育ててくれる場所がないのだ。

あまり他人のせいにすると本当にひどい人間になってしまうので、ここで終わりにする。