昨日、久々刺激の多く、大きかった一日で、そのためになかなか寝つけないくらいだった。

昨日は大阪南港にあるサントリー美術館に展示を観に行き、そしてその足で京都に向かった。
京都のギャラリーを巡って、京都市美術館に行き、そして京都アートフェアーに行った。

今の時期はどこも卒展シーズンで、作品の量がどっとあった。

久しぶりの、作品見回りにしては、なかなかハードで、わたしの中にも何かどっときた。
色んな情報が一気にきたっ!て感じだった。

そんな中、わたしはこゆいふたりと会ってお茶をし、ご飯を食べた。

そのふたりは本当にこゆい。
40代入ってなお、制作しているからだろう。
作品を造り出すことを一時でも止めずに作り続けたこのふたりは、何かが違う。
とにかくこゆい。
自分のことを「変人」と軽く言う。
とにかくこゆい。

わたしはそんなこゆいふたりに挟まれて会食したあの時間に、その日観て来た作品以上に、膨大な情報プラス知識が自分の中に流れ込んできたのを凄く感じた。
で、その日の夜は寝つけなく、今日に至るというわけですな。

あのこゆいふたりは、わたしに今後の制作に対する姿勢をどうしていくか、どういう意識でむかえるか…という良い機会をくれたように感じます。
こゆいふたりは何もそんなこと話さなかったんだけど。

しかし、やはり上には上がいるな~…と、
こゆいふたりを思い出してはそう思う、今日この頃でした。
今まさに、お昼の時間まっただ中、わたしは定食を買いに行きました。

仕事場には、食堂が1食2食とふたつの食堂があって、1食の日替わり定食が今日、ミンチカツ定食でした。
これはわたしの好物で、早速迷わずにその定食を買いました。
今日はわけあって、自分の研究室でご飯を食べるので、定食をお持ち帰りにしてもらいました。

この食堂は、こうやってお持ち帰りができるということが、なかなかいい。
…なんだけど、今日もこのお持ち帰りでまたやられてしまった。


そう、ミンチカツにデミグラスソースをかけてくれないこと……


ものすごーーーーーくテンション下がります。
もっとダダ下げにするのは、ミンチカツの上にむなしく「ミニソース」をのっけられるの。
これは本当にムナシイです。

というのも、ついこの間までは、ミンチカツのお持ち帰りにもちゃんとデミグラスソースをかけてくれてたのに、この数カ月の間に、いつもの伝説を塗り替えられてしまった…

じゃあ食堂のおばちゃんに、「デミグラスソースをかけてください。」っていやーいいじゃん?!ってなる。
それが言えないから余計にむなしくなる!!

お持ち帰りの用意をしているその刹那に「あ、デミグラスソースっ!」って、言えれば、この今日の午後からのわたしのテンションは上昇し続けるだろうに…

そこでどうしても言えない。
何故か言えない。

で、結局おばさんの目の前でこれ見よがしに、あまり好きではないカツ用のソースをいっぱいかけてみる。
「あんたがデミグラスソースをかけてくれないからじゃん!!」みたいな気持ちで。


…デミグラスソースひとつで、ここまで落ち込むこと事態がむなしくなってきたから、もう諦めて食べることにします。
でもくやしいから、誰かに言ってから食べよう。

人生はまさに、デミグラスソース、有りきだ!!!!!!
先週、わたしの所属するところで忘年会をひらいてみました。
職場でわたしと同じ立場の人、ふたりを巻き込んで、初の手作り忘年会を決行。

まず買い出しということで、約50人分を目安に、鍋とカレーとシチューの具材を激安スーパーで買いあさり、そこで足りない分をまた違うスーパーに行って買いあさり、そんなこんなで2時間かけて買い物を済ませたところで、「これはなかなかしんどいな。この忘年会きっと疲れるかも…」という不安が過る。
がしかし、もう後戻りは出来ない。
で、忘年会の当日、朝早くから職場に来て、2時間かけて買い揃えた食材をテキパキと切っていく。
まるで、動物園の飼育係が動物に与える餌を切るようなさばき方。
半端じゃない野菜の量は、もちろん皿一枚に置き納めることは出来ないから、15ℓ入りのゴミ袋に切った食材を入れて保管。袋は3袋にもなった。

おやつの時間帯から調理を始め、あらかじめカレーシチューの具材を切って炒めたものに水をいれ、ルーを入れ、煮込みだすと、もちろん臭いが出てくる。
次々と今日の忘年会に参加する子たちが「あ、カレーや。シチューや。」などと当てていく。
鍋だけ公表してたのに、黙ってた意味なし。
空しくバレバレで、作り上げたカレーとシチューは、その後も順調良く煮込んでいき、おいしそうな物が出来上がった。
で、主役の鍋も、当初は鍋のルーを買って、そこに具材を放り込んだら早いのではと言ってたのが、思いの他、ルー自体が安くなく、しかも10人以上の単位になると明らかにルーが足りないし高いしで、結局味噌買って自分らでダシを作ろう…となって作った味噌鍋。

…今思えば、それは単なる味噌汁を、大きな鍋で作った物で、普通の味噌汁になってしまった…と思う。

けど、その時は作るのに必死で、『とにかくこれは鍋や』という意識のもと作り上げたから、とにかく味噌鍋が仕上がった。
食材は大体出来たところで、今度は会場設置まで手を出してみた。
というのも、わたしの上司がなかなかおちゃめな人で、自分家にあるクリスマスで使う電色を今日のためにわざわざ持ってきてくれたのだ。
これは使わない訳がないってことで、その電色を会場の壁に巻き付けて、そこにキラキラモールをさらに巻き付けて、忘年会なのにクリスマス会場が出来上がった。

食材を乗せる机を用意して、鍋やカレーやシチューを用意して、おかしや飲み物までも用意して、いざ忘年会始まり!

っと、ここまでで、わたしの役目は全て終了するものだと、当初企画した時は思ってたのが、なんのことはない、忘年会始まったら、その場の司会進行、盛り上げ役等々…そういえばそんなものをやるのも企画者の仕事だった、てなことを思い出して、言われるがまま、乗せられるがままに、やってみた。
気付けば、けっこう苦労して作ったカレーにシチューに味噌鍋…始まって30分過ぎるまでにはもうないじゃん、みたいな。
作った本人たちは、あまり食べれなかったりする。
わたしは特に、カレーを我が子のように担当して作り上げたのに、一口も食べれなかった。
賢い子が、「こういう場では、作った人の分を残して取っておくといいんよ。」と教えてくれた。
もっと早くに教えてほしかった。

と、そんなこんなで、あれよという間になくなった。
若い子の食欲は大盛だった。
当たり前だけど。

そんなこんなで、漸く会も一段落して、わたしと共にこの会をやり通してくれた同僚達と、軽く打ち上げがてら、残りの味噌鍋をつついて、酒を呑んだ。
これが一番おいしかったし、一番わたしたちにとって意味のあるヒトトキだったように思えた。

ま、今にして思えば、やっぱ忘年会を企画してやるには、店借りてやるのがいいかもね~ってこと。
このしんどさは、再びやりたいっとは思えないってこと。
このふたつが教訓になると思う。

今度はゆったり飲み会をして、ゆったりまったり酔いがしたいです。
幹事はもういいです。もうお腹いっぱいです。
こういうのは、こういうのに適した人に任せるべきなのだと思う、今日この頃でした。
昨日家へ帰ると、10月の末に締めきりであった陶芸公募の結果通知が届いていた。
中身を見るまでもなく、超薄い紙が物語っていた。
封を開ける前から分かってしまうあの手紙はおもしろくない。
でも開けて中身をちゃんと確かめないと…と思い、開けて確かめてみて、やっぱり落選通知。

くそ~っとの思い。

落選知らせの紙を、いつもならきぃ~っと言いながら破るのだけれども、最近は愛犬が一役かってくれる。
愛犬に落選紙を渡すと、うれしそうに喰わえてビリビリ噛み破るのだ。
その姿はあまりにも楽しそうなもんだから、「なんか…ま、これでいっか。次ぎがんばろうっと。」と思える。
でも、そのビリビリに破いて、愛犬のよだれと細かくなった紙の後始末をしていると、「くそ…次こそは…」と思える。


落選するだけの内容でしかない自分の作品を、こういう時にきっちり見直す必要があるのに、プライドの高いわたしはなかなか見つめようとしない。
っと、今も逃げる傾向は大いにあるけど、すぐ逃げてしまう自分だと認められたのがちょっとした進歩。
年をとったからか、はたまた創る環境が変わったからか、それは分からないけど、でもま、前向き思考で考えたいから、いい傾向であるということにしようと思う。


公募で賞がすべてではない。
公募に出すまでの作品創りが大切なんだと思う。
そのプロセスの中で、例えば賞を取るためにはどんな感じの作品を創るのがいいかとか、作品をどうアピールしたらいいのかとか、そういったことも勿論大切だと思う。
そんな様々な考えが自分を通して出来上がるのが作品だし、それが積み重なって出来る物が、また自分にしか創れない唯一の作品になっていくんじゃないかな~っと感じる。

ま、ともあれ、そんな能弁はここまでにして、言うがごとく行えで、今からまた制作に励みます。
いつかなんかの賞を取りたいな~と思うのは、素直な思いやけどね~~
今日がいつもの日常火曜日。
やっと日常火曜日を向かえたな~…と実感する今。
ここ数週間は怒濤の毎日だった。   …と思う。

まとまった休みの期間があったけど、その期間は韓国で展示をするために使用して、この間あった3連休は仕事があって、そして昨日から、長い休みは終わり、いつもの毎日が始まっている。
わたしとしては、連休やら休みやらあった感覚がない。
まぁ殆ど出っぱなしだから、仕方がないことなんだけど。

なんでこんなに忙しいんだろうかと思う。
忙しくしているのは自分なんだけど。


わたしは小さい頃、大きくなったら忙しくなくなるものだと思っていた。

わたしの小学校時代は、まだ週休二日制ではなく、一週間学校があった。
その頃、毎日忙しいな~っと、子供ながら思っていた。
歳の離れた兄や姉の話を聞いていると、大きくなれば忙しさはどんどん少なくなるのではないかと思っていた。
っていうのも、単純な考えで、小学校を卒業したら小学校にはもう通わなくていい。つまりそれは毎日出される宿題をしなくてすむから、忙しさは半減される…と考えたから。
確かに中学校に上がると、小学校の毎日宿題物というのはなくなったけど、そのかわり「自主性」が問われ、授業の予習などをしなくてはならなかったりする。
でも、だんだんと悪知恵は働くから、頭のいいやつの予習ノートを借りたりする技術を取得して、なんとか凌ぐ。

そんなことはどうでもいいけど、今気付けば、中学校から高校、大学と上がっていくにつれ、わたしの幼い思惑とは裏腹に忙しさは増していったと思う。

幼い日に思った思惑が、こんなはずじゃなかったのに…っと思わせる。

大きくなることは忙しくなること。
単なる忙しいとかじゃなく、色んなものが追加された「忙しい」感覚。

でも未だに幼い日に思ったその思いは拭うことが出来ずにいる。
そしてまた思う。

「大きくなるにつれ、楽にはならん。忙しくてしんどいわ…」

この先、どんどんやることが増え、忙しさはヒートアップするだろう。
その時わたしはこう思おうと思う。

「やっぱ小さい頃の方が、まだ、忙しくなかったな。」
と…
今わたしは韓国で展示をするための荷造りをしている最中。
がしかし、なかなかまとまらなくて、荷造りを決行している部屋は荒廃としてきた。

何がいけないんだろうか…と考える。

まず始めに、器を割れずに持っていくための、木の箱を作ってみた。
すると寸法ミスで、四角を縁取る四枚の壁の最後の一枚に、両端1センチの隙間ができた。
底にあたる板の寸法ミスから響いた当たり前の結果で、でもここまで作ったのに、箱にならないのは悔しいから、無理矢理ガムテープでつけてやった。
そしたら、肝心の作品が入らなかった。

ここで、一気に荷造り気が下がって、さっきまで奮闘していた箱作りの残骸と工具が床を汚して、その場所を占領してしまった。

次に気を取り直して、段ボール箱作戦に乗り出してみた。
段ボールの箱の中にコンパネを切って入れて、そうすると丈夫になると聞いたからやってみた。
すると、これはなかなか良いようになった。
これならいけると思ったら、次に作品の梱包が気になって、梱包材を探しにいった。
見つけたから梱包しようとしたら、段ボールはまだ中途半端な状態で、先にこっちを片付けないといけない。
そうそう、その段ボールの上に作品の写真張らないといけないから、先に作品の写真を……

…っと、こんな風にしていたら、荒廃な部屋になったというわけ。

大体にして、わたしは元々荷造りや整理整頓が苦手であった。
それに輪をかけて、末っ子のわたしは、修学旅行とかの旅行の荷造りを、母と姉にやってもらったぐらいだし。
もたもたするわたしの作業を見兼ねての母姉の行動が、今ここでこんな風に響くとは…


とにかく、今からまた気を取り直して荷造りに再チャレンジしようと思う。
出来ることなら、母や姉みたいな小人が夜中にこっそりと荷造ってたら、わたしは手をたたいて賞賛するだろう…
朝晩と、秋の寒さを感じるのに、昼だけまだ夏を感じさせるこの季節。
腹立たしさがなきにしもあらずとゆーとる間に、気付けば10月の半ばまできてたりする。

そしてまたもや気付けば、この間手作りギョウザを作った呑み会は、もう一週間前になってしまってる。
はやい…
ちなみに、このギョウザ祭はタイソウ賑わいだ。
と、この話を友人にはなしたら、わたしは呑み会に命をかけてる風に思われていると聞いた。
そんなバカな。
わたしは只、楽しく呑めたらいいな~との思いでやってきたこの大袈裟な行動。これが、「命かけてる」風貌に繋がるんだろうと思う。

宴会部長でなにがわるい!!

もうこうなったら、宴会街道出世コースまっしぐらにつき進んでやる!
部長の次は社長だ!!
わたしの職場の宴会は、わたしナシでは宴会とはいわせないっと言われるまで、上りつめてやる。

とにかくそんな勢いを胸に秘めて、今日も働いてきます。
ま、今はしなければならない事が沢山あって、ひとつひとつ確実にこなしていかないとね。
お金も底をついて、とても呑みにいける状態じゃないし。

さて、今から洗濯物を干すことから始めるか~
今日は、仕事仲間との親睦会をする予定。

名付けて「ギョウザMATSURI」
一心不乱にギョウザしかないからギョウザだけを食べまくる会の… 「MATSURI」
3時くらいから、メインのギョウザを仕込む予定。
そう、手作りギョウザだったりする。

わたしの予想では、ギョウザしかないかも…と思いきや、実は何か違う食材を仲間の誰かが持ってきてくれるはず。
だから、今日は意外と盛大なお食事とおいしい酒呑みが出来るのではないかな…と、胸膨らましている。

大体にして、今回の企画を言いだしたのはやっぱりわたしだけど、思いのほか、仲間の反応がよくて、やろやろ~っと活気づいたりした。
意外だった。
もっと、ノリが悪いかな~…と思っていたから。


さて…第一回親睦会は、どうなるのだろう…
乞うご期待。
我が家の愛犬が今、半おとなになっている。


我が家の愛犬、ただ今想像妊娠中。


これがまた、いつそうなって、何が原因なのかが分からない。
気がついたら、急にこっちにかまってこなくなって、ソファーの上で丸くなってる時間が長くて、そして乳が張っていた。
いつもはあまり使わない鼻で鳴く声が、やたらと聞こえてくるし、挙げ句の果てには、お気に入りの音がでるゴムボールをあかちゃんだと思っているのか、自分のお腹らへんにずっと置いていて、そいつをペロペロぺロペロなめる。

ついこの間まで、わたしの足下にまとわり付いていたのに、今じゃさっぱり相手にされない。
それどころか、愛犬を撫でようとすると、例の鼻声を出す。

そんなにわたしが嫌いか?!!

って、思わせる態度。


……愛犬よ、どうかおとなにならないでほしい…かも。
また、元に戻って、いつものように足下まとわりついてきたら、逆を思うかもしれないけどね~
昨日、まちにまったコリアンパーティーを開催した。

この「まちにまった」が、あまりにも大きすぎたために、わたしの中では不発に終わってしまった飲み会だった。
不発というのは、わたしのエネルギーがお酒とともに発散されるのが、マックスではなかっただけの話し。
パーティー事態はほのぼのとしていて良かった。
韓国ノリはおいしいし、キムチ鍋に韓国のじゃがいもインスタントをいれて、はくさいと大根を煮込んだら、これまたおいしい鍋になっておいしくいただいた。

マッコルリもおいしいし、なんといってもキリンのクラシックラガーはもう最高だった。マジおいしい!
キリンクラシックラガーの後に、アサヒのグビナマを飲んでしまったのは、選抜ミス。
やはり、おいしいビールの後に発泡酒を飲んではいけない。
アサヒグビナマはおいしいビールだと聞いてるし、実際飲みやすくておいしいんだけど、クラシックラガーの濃い麦芽に舌が慣れてしまった後は、発泡酒は甘く感じてしまい、話にならない。

これは本当にわたしの選抜ミスで、アサヒグビナマに対して失礼な態度をとってしまった。
アサヒグビナマさん、ほんとすいません。

さて、お酒の話でこんなにも語ってしまうほど、わたしはお酒が好きになってしまっているらしい。
わたしはお酒は好きだけど、やっぱり誰かと一緒に飲むほうがさらにおいしいし、好きになるもの。
で、昨日のパーティーは色んな人とお酒でわいわい…じゃなかったりする。

案外静かで、特に場所を借りたとこがこれまた静かで、回りの空気がわたしのお酒を余計にすすめた。
ウイスキーを飲んで、マッコルリを飲んで、ビールを飲んで、気付けばチャンポンしてるではないか。
だから、昨日はいつもより少し悪い酔いかたをしていたと思う。
その証拠に、今朝軽く二日酔いで、目と頭の奥が重かった。そして咽が渇いた。

今思えば、わたしの回りで一緒にお酒を飲む人に、静かな人はいなかったりする。
例えわたしと誰かさんとふたり飲みしても、ずっと喋っていて、静かになることはあまりなかったと思う。
喋るのがヒートして、お酒もヒートして、これが始めに言った「お酒とともに発散」術。
これをすると、確かに今日と同じく朝は軽く二日酔いになるけど、脱力感が違う。
エネルギーを発散しつくして、気分はすっきりだけど、たまらない脱力感になる。
でも気分がすっきりだから、あまり脱力感は気にならない。

なんだけど、昨日はそうじゃなかった。
今日は中途半端な脱力感だった。

でも思うのは、この術が成り立つのはお互いお酒が好きなモノ同士ってのが、一番のキーポイントかもしれない。
その点、昨日は飲むのは嫌いじゃないけど、お酒が好きってな人が少なかったかな?

ま、そんなこんなで、お酒とわたしと回りの空気は一身同体。
どれが欠けてもおもしろくない。

昨日のコリアンパーティーは、そういった意味ではおもしろくなかったけど、でもあれはあれで、ほのぼの食事会で楽しかった。

ということで、次はエネルギー発散のみ会をくり出そう!!
次回、こうご期待!!!