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すみれ日記

生活あれこれ。。。


全っ然行きたくもない、新婚旅行の行き先が決まりました。
沖縄・宮古島4日間だそうです。
ヨーロッパ10日間より短くなって安心したけど、
何のために新婚旅行に行くのか、さっぱり理解できません。

わざわざ知らない土地で喧嘩するため?
耐久性を測りたかったら、入籍前にしとけよ!
って心底毒づいてしまうのです。
新婚旅行なんかよりももっと考えるべきことがあるだろ!って。

私はいつか爆発する。

その日ももう近いのかもしれない。。。

一昨日、ドレス選びいって来ました。
あんまり種類無いんだな、というのが正直な感想。
オークラだから、もっと何百着とあるのかとおもいきや、
せいぜい30くらい?
その中でも、着てみようかな、と思うのは2着程度。。。
うーん、難しい、

しかも連れてった義理の母がまったくとんちんかんな、
あたしの趣味をまったく理解していないドレスを勧めて来るから、
ほんとうに、疲れました。
着替え室の中で、こっそり担当のお姉さんに愚痴っちゃいましたもん。
その方は、本当に良い方で、さりげなく、私の好きなものを
勧めてくださったりして、あぁ、プロだなあ、と思いました。


そんなこんなで、もうすっかりテンションは下がり、
もうどうでもええわ!!と全て投げ出したくなっている私です。

唯一の収穫は、エステに行こう!と思い立ったこと!

早速予約しました。

うふ。
昨日、退院してきました。
もう身体は楽になりましたが、気は張っている状態で、落ち着きません。

手術の経過を、ここに残しておきたいとおもいます。

■8月13日金曜日
1人で、最終確認のため、病院に診察に行く。
診察台に上ってから、一生懸命、パパにもらった結婚指輪を凝視して、
なんとか育っていて!!
って心の限り、祈っていました。
しかし、現実は厳しく、カーテンの向こう側の先生からは一言も言葉はなく、
ダメだったんだと、悟りました。
悲しかったけれど、先生の前で大泣きすることはできなかったので、
一生懸命クールに装っていました。ちょびっとはないてしまいましたが。。

その後、手術担当の先生へ引き渡され、
心電図や、呼吸機能の検査など、病院内をぐるぐる回り、
長い半日を終えました。。。

午後は、仕事に戻り、
まず真っ先に、パパにSkypeをして、結果をお知らせしました。
遠くボストンにいるのだから、あまり心配かけてはいけないと思い、
気丈に振舞っていましたが、
同僚から、「大丈夫だったでしょう?」とニコニコして聞かれたときに、
涙が決壊してしまいました。
その一部始終をみていたパパは、すぐに次の日の便で帰国する段取りをつけ、
チケットのてはいをしてくれていたのです。
たった一日の帰国のために。。。

■8月15日日曜日

パパと過ごした1日間は、とっても心穏やかに過ごすことができました。
空港に迎えにいった際も、泣かずに我慢したし、当たらずに過ごすことができましたw。
部屋に戻って、いつものようにベッドでギュッってして貰った時には、
さすがにボロボロないてしまいましたが。

その後、新婚旅行と称して、
木更津の温泉旅館へ向かいました。
奮発して、お部屋に露天風呂がついてる所に泊まりました~
パパは時差ぼけして、ひたすら眠りこけて、
私が何をしても起きないので、幸せそうな寝顔をいっぱい写真に収めておきました。


■8月19日木曜日
いよいよ入院の日。
ドキドキしながらも、いろいろ荷物に積め、徒歩で病院へ向かいました。
入院手続きを済ませ、病棟に行ったら、まだ前のヒトの準備が終わっていない、とのことで、
30分近く待たされました。
その後、荷物を整え、パジャマに着替え、
看護士さんからの話しがあり、
「キュウシュウだね?」と言われ、
はっ???
九州なまりになってたか?吸収よさそうなパジャマきてるからか?
キュウシュウ、キュウシュウ、キュウシュウ、、、、
!!!赤ちゃん!あたしの赤ちゃん!そうなんです!九週目なの!!
それまで、自分の手術のことしか考えてなかった自分に気付かされました。
ゴメンね。そうだよね、今貴方は9周なんだよね、2ヶ月以上もママと一緒に繋がってたんだよね、
ママは本当に幸せだったよー。

色んなことを教えて貰ったよ。
幸せ過ぎるくらい、幸せだったよ。
パパがいなくても、一人じゃないって思えたし、
何をしていても、貴方を感じながら生きてきた2ヶ月だったんだー。
ありがとう、ほんとうに。

お医者さんからの手術の説明を受け、
夕方から、ダイラパンという、子宮口をひろげる棒をいれると言う。
夕方までは、パパに電話したり、職場に顔出したりして、
ひろひろ遊んでいたんだ。
しかし、その夕方からの処置が死ぬほど痛かった。。。。
息ができないくらいで、過呼吸になり、手先が痺れ、
殺してくれーって感じでした。

何度も、叫んでようやく夜中に点滴してくださいました。
長いながい一晩でした。


■8月20日金曜日

いよいよ手術の日。
朝から、義理の母が来てくれ、
寝たり起きたりしながら手術の時間を待ちました。

ようやく2時から、手術室に運ばれ、
麻酔をかけられたら、もうあとは何も覚えていませんでした。
何度か、先生に話しかけられ、眠いのにー!って不機嫌に応答したのを覚えています。


その後は、なんの痛みもなく、一晩過ごし、
次の日に退院しました。



以上が私の入院記録です。

この子のこと、一生忘れない。
きっとまた、私達のところに戻って来てくれるって、
信じています。

たくさんの幸せをありがとうね。
元気に産んであげられなくてゴメンね。
ママはいっぱい反省しました。許しておくれ。


また、必ずあおうね!

早くはやく会えるよに、心待ちにしています。

待っててね!