中野に住んでいるので、早稲田大学が四つ駅で着き。
往復320円しか、掛からないので。
よく、暇さえあれば、早稲田の中央図書館を利用しに行っている。
図書館に向かう途中、インドのカレー屋があり。
此処、午前八時から十一時の間は全品半額なので。
本格的なインドカレーがナン付きで500円弱で食べる事が可能だ。
本当に美味いので是非、みなに紹介したい。
で、今月から一単位だけ早稲田のエクステンションセンターにて。
シェイクスピア再発見という講義を取って、擬似早稲田生をやっているのだが。
やっぱり、本当に好きな事を勉強しているのが一番、充実する事の一つだ。
この講義、毎回、講師が変わるのだが。
今回は、冬木ひろみ氏の講義で。
シェイクスピア劇の劇場、劇の舞台がどのような形で行われていたかを教えて貰った。
当時は劇が一番の娯楽になっており。
ビール一杯分の金額でグローブ座という劇場に入れて。
女王陛下からホームレスまで劇を見る事が出来たらしい。
それにしても、やはり受講生はそれなりに年齢を重ねている方が多く。
シェイクスピアの劇を見ている方も多かった。
昔、大学通っていた頃、文学の教授にハムレットやマクベスを教えてくれたのだが。
早稲田大学の教授の方が更に上を行っていて。
柄谷行人のマクベス窿hストエフスキーのシェイクスピアの影響の事も話せてよかった。
自分が地元で通っていた講師の話だと、ハムレットは鬱病では無い、との事だったが。
今回の講義にて、冬木氏との話した時。
ハムレットはやはり、鬱病で。
むしろ、オフィーリアに対する態度は境界例なんじゃないのかと思う、など。
よく劇に出てくる道化は劇作家自身のメタの立場という視唐烽烽驍カゃないかなど。
リア王がデミウルゴスと一体化したという描写は、当時は人間自体が一つの小宇宙であり。
それを現しているだの。
ハムレットは明らかに。
キャラクターの構築としてドストエフスキーのラスコーリニコフやスタヴローギンに影響を与えているなど。
マクベスの魔女は柄谷行人の意味という病を持ち出せるけれども。
むしろ、あの当時は普通にジプシーなどの、魔女のような存在がいたなど。
タイタスアンドロニカスなど、もう残虐性を通り越して、ブラックユーモアになっているだの。
それから、他にもどの作品が、どのようにシェイクスピアの心情に影響を与えたんじゃないか。
という考察がもろもろあったのだが。
もう、まとめてシェイクスピアの全37作品はあると言われている本を。
片っ端から手に入れてみようかと思う。
それから、実はソネットなるものを最近、書いてみたいなあと思っているので。
何とか、また詩なるものを書けないかと考えている。
その後は、あかねに向かって。
何か、早稲田の学生が水煙草というものを使っていたので。
試しに、ちょっとだけ使わせて貰った。
昼あかねというものが此処、二年くらいに出来て。
早稲田学生の溜まり場になっているらしい。
夜になると哲学を語れる人達が来たので。
色々と哲学の話をして。
ハイデガーの話から始まって。
何故、ハイデガーはヘルーリンやトラークルなどの詩人。
特に、明らかにメンヘラーとしか思えない奴ばっかり評価しているのかを聞くと。
知性や理性の限界を超えるのが、詩で。
精枢a患者の芸術家や哲学者ばかりハイデガーが評価しているのは、その辺りと関係してくるんじゃないのかとか。
後は、ゴッホの舶vの靴の絵は、存在おいて大地と繋がるハイデガーの哲学に密接に関係しているとか。
まあ、そんな話から始まって。
ハイデガーの存在ヘ日本においては、誤読で本出されているなど。
誤読の問題に繋がっていった。
それから、哲学が誤読しやすいのは当たり前の話で。
文学もかもしれないそれぞれの立場、環境、性別、時代などなど、様々な差異が生まれてくるから。
どうしても、個人個人によって捻じ曲がって解釈していくhttp://www.eromanga-next.info/。
また、根本的に哲学者自体が自分自身の哲学をどれだけ理解しているのかという命題があって。
分かりやすい例が、マルクスやニーチェ辺りだろうと。
マルクスは資本主義を分析し続けているだけに止まり、資本ヘエンゲルスが再編したもので。
他の人間が拡大解釈しまくっているし。
ニーチェはそもそもトランスしながら書いているとしか思えない電波ポエムな文章だし。
そもそも、その時代時代の科学や文化の領域でしか哲学者は哲学を語れない。
時間こそが、人間存在そのもの。
時間おいては、人間はつねに未来を生きていない。
人間は過去を生きている。
人間は過去の痕跡によって生きているのであって、人間は未来を生きていると錯覚している。
ドゥルーズのニーチェと哲学などは、反復、差異などのルサンチマンによって時間が形成されている。
デリはその辺りを亡霊と呼ぶ。
自分がレヴィナスばかり持ち出すのは。
フーコーの精枢a理なんて完全に飛び越えて、現代が強制収容所になっているから。
それ、理解しているんでしょう、と言われる。
別にフッサールとかハイデガーとか読んでいなくても。
レヴィナス理解していたでしょう、と的を射た事も指摘される。
それで、レヴィナスの実存から実存者へのテキストはレヴィナスの著作で一番、素晴らしいという話で盛り上がる。
それから、レヴィナスの文章は明らかに小説の形式になっていて。
搓築を超えたものでしか語れない部分が哲学の課題で出てきているんじゃないのか、という意見も一致する。
後、何か哲学書で良い物あるかと聞くと。
シェリングとアルチュセールは是非、買って読んでおくといいよ、と言われた。
