ふと、道を歩いている時に一年前のことを思い出した。こんな季節だった。日中は暑くて夜は寒い。上着を持ち出してなかったものだから毎日半袖でその時働いていた古着屋さんへ出勤していた。
"死んでしまいたい"
毎日思った。今でもしつこく思い出すのは、それだけあの時が自分にとっての重要な分岐点だったからだ。音楽も仕事も恋人も居場所も、今まで自分を支えていた、自尊心がまとめて自分のそばから離れた。何も持ってない。何もできない。誰の役にも立てない。僕には友達がいなかった。いや、今となっては友達をつくる必要性を感じていなかった。バンドがあれば、誇りを持てる仕事があれば、大好きな人が近くにいれば、それで良かった。他の誰かと分かり合う必要なんてなかった。
いてもいなくても何も変わらない存在になってしまった、と本気で自分を追い込んだ。
そんな時、多くはない自分のことを話せる人に毎日縋った。その一人の人と先日電話で話した時に、その時の僕はひたすら申し訳ないと言っていたと言われた。こんな僕なんかと話してくれて、と。
何もないなら、また一から積み上げていこう。それがこれからの僕の全てだ。そう思ってやりたいと思うこと、話したいと思う人、今まであった栓が抜けたかのように片っ端から話したり会ったりした。その間も高校時代の友達と偶然再会し、その友達の友達が友達になり、結局その繋がりからバイト先の店長の家と友達の友達の家でお世話になり、少しずつ笑えるようになっていった。
それからも仕事が上手くいかなかったり何だかんだ色んな躓きはあったけど、今、僕は生きていて良かったと感じた。あの時投げ出さずに良かった、と。この気持ちを残すためにこれを書いた。顔が変わったねと何人かに言われた。毎日少しは見てるから自分ではあんまり気付かないけどたぶんそうなんだろう。少なくとも一年前よりかはしっかり"生きた"顔をしていると自分でも思う。
人は一人で生きていくものだと思う。それは自分のことは自分で出来、自分の行動・言動に責任を持つことだと思う。いつかまであった一人が寂しいという感情も今ではほぼ皆無だ。でも、いつか同じように一人で生きている人と一緒になってみたいという願望はある。とてもある。結婚したいし自分の子供が欲しい。切実に。
話は戻って、ただどれだけ一人で生きていると思っていても必ず誰かに生かされているんだとも今では思う。誰かの中に、という意味合いもあるが、"最近は元気にしてるかな" "ごはんはちゃんと食べてるかな" "考え込んだり落ち込んではいないかな" と、気にかけてくれている人はきっといるはずだ。"自分は独りだ"と思うこと、それは自分が自分を独りにしているだけだ。壁を創っているのは自分自身だ。この一年、自分のことを気にかけてくれる人が何人か居てくれて、僕はその人たちに生かされていた。居て良いんだよ。そのままで良いんだよ。ありのままを沢山肯定してもらったような気持ちです。本当にありがとうと言いたい。
自分のために生きようね。人生は一回きり、って単純な言葉だけどいつ終わるかなんて分からないしちょっとしたことで終わってしまうことがある。それはあなただけじゃなくて、あなたの周りの人たちも同じ。いつ居なくなってもおかしいことじゃないのです。人間なんてあっけないんだよ。でも、だから大事にできるものもあるんだよ。
あなたにも、
ただ幸せが一日でも多く側にありますように。