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ヤマのブログ

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『なみだのあと』

むすめはなきむしだ。

あさから、めをさまし、あたりをみわたし、(おとうさん、おかあさんおきたよ~)、となく。

ごはんになると、(じょうずにおかずがとれないよう)、となく。

ようちえんにハンカチをもっていくのをわすれてしまった。
てをあらい、ポケットにはいってないことにきづき、(ハンカチないよう、てをふけないよう)、となく。

なみたがほほをつたっても、(ハンカチもってないから、なみだがふけないよう)、とさらになく。

ゆうがたになり、おもちゃであそぶ。
かたづけることがにがてだから、あそびたいおもちゃがみつからず、(おもちゃがないよう)、となく。

そのたびに、ぎゅっとだきしめ、だいじょうぶ、だいじょうぶ、とせなかをトントンする。
しばらくすると、なきやみ、かおごとふくにこすりつけ、なみだをふく。
あんしんするのかな。
 
いつも、そんなまいにちのくりかえし。


「子供は泣くのが仕事だと言うけれど、うちの子はいつまで泣くのやら。」
そう思ってた。
でも、「ふと、泣かなくなったらどうなるんだろう?」って、考えてみた。

今は、涙を見せてくれることで、娘の心の声に耳を傾ける。
でも、でも、いつかこの子も、言葉で伝えることが出来るようになり、泣かなくなる日がくるだろう。
そして、少しずつ大人になり、解決できない悩みを抱え、泣きもせず我慢する日がくるだろう。

涙を見せなくなってしまっても、それでもなお、この子の心の声を感じられる親でいられるだろうか。
いつまでも、安心できる拠り所でいられるだろうか。

涙を見せなくなった、その後に。
今日からブログを書いてみることにしました。

大野靖之さんの著書「大切なものほど、そばにある。」を読み、何か言葉として残しておきたい気持ちになったからでもあります。

僕が大野さんの曲を聴くようになったのは、今から7年ほど前、2008年11月。名古屋で行われたピンクリボンフェア。友人に誘われたのがきっかけでした。
大野さんは、高校生の時に母を乳がんで亡くされていることもあり、がん検診の大切さを伝えるためのイベント参加とのことでした。
それ以前から、「大野さんの曲はいいよ」という話は友人から聞いていましたが、きっかけのないまま当日を迎えることに。

その日歌われていたのは、「22歳のひとり言」「心のノート」「ともだち」他。同年にリリースされたアルバム『僕が 今 出来ること』を中心とした構成だったように記憶しています。
それまで、全く大野さんの曲を聴いたこともないのに、友人と最前列に座りました。

心に響く歌詞、甘い声、ピアノの音色。衝撃的でした。
中でも「22歳のひとり言」は、14分を超える長さですが、初めて聴く曲なのに涙が溢れて止まりませんでした。
それ以来、コンサートに参加できたのは1度だけですが、ずっと曲を聴き続けています。



肝心の本ですが、2003年12月の1回目の「学校ライブ」から12年間、800校を超え、これまでのエピソード、葛藤、学びや気付き等々について、大野さん自身の朗読会を聞いているかのような雰囲気に包まれながら進んでいきます。
一貫して、「可能性」を信じ続ける熱い想いが伝わってきます。
それは、「将来ある子供たち」であったり、「言葉や音楽」であったり、「私自身を含むいわゆる大人」であっても同じ。
『心こそ大切』 と、改めて再確認させてくれる素晴らしい本でした。

大野さんを知らない人にこそ読んでもらいたい、悩みを持つ子供から大人までみんなに読んでもらいたい。自分自身に自信をもってもらいたい、そう感じました。


僕自身、「言葉の持つ可能性」「自分の使命とは何か」問い続ける日々を過ごしています。

これからも、心に感じたことを、発信していこうと思っています。