初めに言っておくが
僕は宗教を、これまで人々が生きてきた中で生きる為の知恵や考え方が練り込まれた愛と歴史のある素晴らしいものだと認識している。
もちろん全ての宗教をそう認識しているわけでは無いが。
それを踏まえた上で読んでほしい。
宗教も占いも、利用するもの。
風習や、迷信なんかも同じ類かもしれない。
これらの存在意義の尺度は「当たる」とか「正しいか」とかではなく、「利用しやすいか」なんじゃないかと思う。
つまり信じない人よりも、信じる人の方が生きやすいと言うこと。
人は不安や後悔、受け入れ難い残酷な現実を乗り越えて生きていかなければならない。
これら負の感情を飲み込んで受け入れる手助けをしてくれるのが占いや宗教だと考える。
「お薬飲めたね」みたいなもん。
例えば将来が不安で悩んでいるとしよう。
長いこと答えの出ないような事を悩んでいると、ネガティブな感情に頭を支配されてしまう事がある。できる事ならさっさと今の自分なりの答えを出して、それに伴う行動をしたいものだ。
こんな時、占いや宗教は答えを出す手助けをしてくれる。
占いの結果や宗教の教えを自分なりに解釈をし受け入れる。そして「その為にどうすれば良いか」といった将来に向かった具体的な行動について考える段階に進むことが出来るのだ。
もう一つ例を出そう。
受け入れ難い現実に直面した時。例えば、、財布を無くしたとしよう。
どこを探しても見つからない、クレジットカードや免許証等再発行がめんどくさい物が入っている。
こんな面倒くさい現実を素直に受け入れる事は難しい。ダメな自分を責めたりして深く落ち込んでしまうかもしれない。
そんな時は厄年や、蠍座を12位にした目覚まし占いのせいにしてしまえば良いのだ。
誰にだってついてない日はある、そう思うとダメな自分も受け入れやすい。
「神からの試練」そう捉えるかもしれない。
いずれも原因を自分の内から外へ向けて、現実を受け入れる事の手助けになるのでは無いだろうか。
それともう一つの側面として、自分の行動を正当化しやすいことも挙げられる。
占いでこう言われたから、こう行動することが良いこととされているから。
信じる事で行動は正当化される。
その結果後悔や失敗したとしても、失敗を恐れて何も行動出来ないよりかは遥かに成長できるはずだ。
これが僕の言う占いや宗教を利用するものだと言う事。
ここまで述べた上で留意しておきたいのが、何も盲目的に信じるべきと言っているのではないとい。
胡散臭いと突っぱねる人より、自分の解釈として頭に置いておく方が人生気楽に生きれるよねって話。
だろうが!!