その7を書いてから半年以上経ってしまいました〜😓💦
息子が中学2年の時に赴任してきた
K校長先生に言われたことで、いまだに思い出す言葉があります。
それは「本人が動く気になるまで
待ちましょう。」
でした。
とにかく学校に行かない息子に対して
モヤモヤしていた私は、親としてきちんと
説得しなければならないのでは…?
と思っていました。
それなのに待ちましょう、だなんて。
なんだか肩肘張っていた自分がおかしくて、
少し力が抜けました。
そして中学3年生になり相変わらず教室には
行けませんでしたが、「心の教室」に週2回
通うようになりました。
いわゆる昔で言う「保健室登校」ですね。
「心の教室」では勉強を見てくれる
サポーターさんや他の生徒さんと楽しく
過ごすことが出来たようでした。
サポーターさんは年配の女性で、息子に穏やかに接してくださいました。
そのサポーターさんに息子は、不登校になった
きっかけは覚えていない。と話したそうです。
学校に行かなくなった6年生の時に、
不登校の理由がどうしても
知りたかった私。
息子の気持ちが分からず責めてしまった事を
後悔しました。
K校長先生に言われた「本人が動く気になるまで待つ」ことを少しずつ受け入れてみよう、と思うようになりました。
結局、中学校のクラスの教室へは一度も足を踏み入れる事なく卒業の日を迎えます。
息子も私も卒業式には出席しませんでしたが、
卒業式の後、K校長先生と担任のT先生が
自宅のマンションまで燕尾服を着たまま
来て下さり、狭い玄関先で
卒業証書授与をしてくれました。
息子も笑顔で卒業証書を受け取りました。
お世話になった先生方との
別れは寂しかったですが、
息子も先生方も私も笑顔で
お別れ出来ました。
つづく