昨日は21年前阪神大震災があった日。
うちで相方とふたり夕食を食べながら、テレビで震災関連のドキュメンタリー番組を見ていました。

彼は、50歳すぎて転職し大阪へ引っ越してくるまで、子供の頃からずっと神戸で暮らしてきた人。
住んでいたのは震災の被害が最も激しかった地区で、まだローンの残る家は全壊しました。
昔のことはあまり話したがらなかった彼ですが、ゆうべはなぜか当時のことをいろいろ話してくれました。

彼にとって震災の記憶とは、いろんなものに対する「怒り」とともにあります。
綺麗なスーツでハイヒールを履いて視察に来た女性の国会議員に、
壊れた神戸の街を観光バスで見物にやってきた野次馬に、
自分たちは真っ先に復興住宅に入っておいて、被災者には「天災なのだから復興は自力で」と突き放した役人に。

彼の口癖は
「東京も地震で壊れてしまえばいい」
そうすればほんとにどんなものかわかる、政治家も役人も本気になって動くと。

震災がなければ今頃は家のローンも終わってた、
離婚することもなかったやろ、とぽつんと言ったことのある彼。

震災をきっかけに人生ががらりと変わってしまった彼のような人は、きっとたくさんいるでしょう。
彼の感じた人生の理不尽を共有することは出来ないけれど、これからは少しでも楽しく健やかに過ごせたら、と思う7年めの1月17日でした。


縁ある人が亡くなり、お通夜に行ってきた。
面倒見のいい人だったから、たくさんの人が集まって、涙を流し別れを惜しんでいる。

その光景を見ていて、私のお葬式はどんなふうになるんだろうとふと思う。

もう来年は50になる。
最近こんなことをよく考える。
過ぎて行った時間よりも、残された時間の方がうんと短い。自分ではまだまだ先だと思っているが、ひょっとしたらもう来月にはこの世にいないかもしれない。
かと言って、何か準備してるわけでもないんだけど。

もうたぶん違う仕事を始めることもないだろうし、
全然知らない土地で新しい生活に飛び込む、
なーんてことも今更考えられない。

少しずつ変化はあるだろうけど、きっとこのまま、今住んでいる場所で、同じような仕事をし、変わらない日常を積み重ねていくんだろう。

人生の残り時間が見えてきたように思える今日この頃。
どんなふうに暮らしていこうかとよく思う。
若いときにいろいろ思い巡らしていた「将来」とか「夢」といったものとは違う。

いっそ、あと何年、ってどこかに表示でもしてくれたら、計画も立てやすいのに。(^_^;)
本日の体重60.8kg。
2・3日ごとにプールでウォーキングを続けている。
体重はあまり変わらないけど、だんだん身体が締まってきた気がする。
(あくまで『気がする』 笑)
じゅうやく(どくだみ)とセンナをブレンドした麦茶を飲むので、むくみや便秘が解消されたせいかも。

そういえば最近会ったうちのおっさんの弟も、以前に比べて痩せたように見えた。
兄弟揃って糖尿病で、最近HbA1cが上がったんでしばらくジムに通って身体を動かしたら、体重は変わらないけど痩せたって言われるようになったって言ってた。

ちなみにおっさんは半年ほど前にエアロバイクを買って毎日30分から1時間漕いでたら、体重が落ちて血糖値も安定した。
やっぱり身体を動かすこと、運動するって大切だなーってハナシ。(^^)