朝は、必ずやってくる。ー産後うつを乗り越え、ASDっ子と生きる再挑戦ママの記録ー

朝は、必ずやってくる。ー産後うつを乗り越え、ASDっ子と生きる再挑戦ママの記録ー

「陽キャ/フッ軽」女が、出産を機に重度のうつに。
さらに、誕生した娘はクセ強可愛い自閉っ子。
涙したり試行錯誤したりな日々を、局アナ時代に鍛えた「言葉の力」で笑いと希望に変えていくリアルな記録。

ちょっぴりセンシティブな話題かもしれませんが、赤裸々に書きますね。

“フライング検査”の結果は・・・

今月の生理周期、なんだかいつもより体調がすぐれない。
頭痛、吐き気、気分の落ち込み・・・これらの症状がこぞって普段の生理周期よりも強いと感じ、
アプリで算出された生理予定日よりも2日前に、家に残っていた妊娠検査薬を使った。
いわゆるフライング検査というものか。

すると、
(検査薬の写真が出るので、見たくない方は読み飛ばすが、ここでストップしてくださいね。)






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画像
本当にうっすら、ピンクの線

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かすかに現れた、判定線。

「うぉうぉうぉ!!???」

期待は一気に高まった。

数ヶ月前にも同じことが

が、その後すぐに、冷静な自分が戻ってきた。
というのも、数ヶ月前にも同じことが起きた後、日に日に線が薄くなり、予定日より少し遅れて生理が来たからだ。
いわゆる化学流産というものを見てしまったのかもしれない、と、この時はとても落ち込んだ。

だから、フライング検査はもうしないと決めていたのに。
また見てしまったと、今度は後悔の念が押し寄せた。

39歳、もう遅い?  

50回超にわたって記事にもまとめたが、私は2019年に長女を出産後、重度の産後うつになった。“最悪”を考えたことも何度もあった。

その後1年は自分自身の生活を立て直すのに精一杯。その後「医師になる」という新たな夢を見つけて医学部再受験に挑戦、3年連続で失敗。貯金が減ったため働きに出るも、娘の発達障がいが分かり、仕事を辞めて療育通いのサポート。幼稚園の行き渋りにも毎朝一苦労・・・という日々の中で、「第2子を迎える」という考えはほとんど浮かばなかった。

娘は6歳になった。春には小学校入学を控えている。
最近、困りごとも減ってきた。と、いうより、娘自身も私たち家族も、娘の特性に慣れてきたのかもしれない。
ぐんと逞しくなった娘の姿を見て、思った。

お姉ちゃんになった娘を見てみたい。

一方で振り返ってみると、2回目の妊娠の兆しは、上に書いた数ヶ月前の出来事以外全くなかった。

もう39歳。遅すぎるのだろうか。
再受験への挑戦なんてはじめから後回しにすればよかったのだろうか。考えてもしょうがない「たられば」ばかりが脳裏に浮かぶ。

そんな時、先日会った助産師の友人の言葉を思い出した。

「産後うつ」からの解放

私が産後うつになった時、一番近くで支えてくれた彼女。

娘と3人でご飯を食べに行った際、数ヶ月前の、検査薬で判定線らしきものが見えた後薄くなっていってしまった話をした。

すると彼女は

「2人目を意識できるようになったんだね。そこまで回復できたってことだね。それが私は嬉しい。」

こう言ってくれたのだ。

確かに、第2子のことなんて、これまでは意識すらできなかった。
それは、自分の夢が、とか、長女のサポートが、とかいうものではなく
初めての出産でしんどい思いをした自分が、本能的に避けていたものだったのかもしれない。

だから、今こうして第2子が来るのか来ないのかに一喜一憂“できている”自分は、もしかしたら産後うつのしがらみ、苦しみから解放された新しい自分の姿なのかもしれない、と。

そんな友人の言葉を思い出し、
「希望があるのなら、喜んで迎えたい。」
今回、微かにそんな気持ちが芽生えた自分を、嬉しく思えた。

すべてはベストなタイミング

で起こると、私は思っている。
今回、新たな命が無事宿ってくれたとしても、そうでなかったとしても
ご縁は必ずやってくると信じている。というか、信じたい。

何より、
そう思えるまでに、私は回復した。
その事実を、今は大切に噛み締めたいと思う。