私情でそれどころではなかったです。
やっと四十九日も終わり
実感が増しています。
生まれた時からおばあちゃんっ子だった
わたしには
未だに1人になると思い出してしまい
会社帰り泣いてしまいます
ここまで祖母の存在が大きかったんだと
日に日に実感するのとまだ祖母を探している
自分がいます。
亡くなった当日は、私は仕事でした。
母からの電話とメールで気づき
慌てて帰宅し、祖母の亡骸と対面
実感が沸かず
涙も出なかった
出棺の日
祖母が自宅から離れる日
今までの思い出が込み上げ
泣き崩れてしまい
耐えられなかった
棺の中には祖母宛に手紙をいれさせて
もらいました
ホントに感謝しかないです。
生前
最後は自宅がいい、自宅で看取ってほしいと
祖母に言われたので、家族でみてました。
祖母もだんだん、出来ていたことしていた事が
出来なくなっていくことに恐怖もあったと思います
夜中に何度か転倒し、その度に
ごめんねごめんね、迷惑かけてごめんね
という祖母が毎回涙を流し、夜中涙してしまいました
お風呂も入れなくなってしまい
最後にお風呂に入ったのは私が介助し
入浴したのが最後でした。
その度に
ごめんね、ごめんね
ありがとうね
といつも言ってました。
いつも家族のことを誰よりも
心配し見守ってくれて
保育園、小学校の時は
両親は共働きでほぼ祖母がみてくれてました
祖父もいましたが遊んでくれたのは祖母でした
毎日のように褒めてくれてました。
雨が降った日には、迎えに来てくれて
一緒に帰ってました。
私が中学の頃、不登校の時も唯一味方でいてくれ
カウンセラーの方に言われた通りに
色々なところに連れ出してくれましたし
高校は、市外だった為
初めてだったため乗り方と駅まで
着いてきてくれました
思い出は尽きず
その場所にいくと思い出してしまい
祖母がいないと気付いてしまう
私と祖母しか知らない約束
小さい頃、20際になったら渡すと
覚えてくれてた事にまた涙してしまい
形見を身につけてます。
身に付けると祖母がいる気がして安心する
最後に、まだ祖母と約束したことがある
それを糧に、前へ進むしかないと
思ってます。
祖母にはホント感謝しかないです
今までお疲れ様
長い闘病生活お疲れ様でした。
お姉さんと弟さん、育てのお姉さんと
毎日、会話してることでしょう
思い出話をしてね。