先月から今月に掛けて、チャイコフスキーの3大交響曲の素晴らしい生演奏を聴く事が出来た。いずれもザ・シンフォニーホールにて。

 まずは2月23日の大フィル定期。この日は、本当は大植の指揮でマーラーの9番を演奏する予定だったのだが、大植の怪我により、代役でクラウス・ペーター・フロールという指揮者に変更になり、曲目も入れ替えられた。ちょっとがっかりだったのだが、このフロールがやり手だった。チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」をやったのだが、これまで度々聴いてきた生の「悲愴」の中では最もベストな出来栄えだった。1~3楽章まで猛烈なスピードで突進!!特筆すべきは第3楽章。異常なスピードに加え、大フィル特有の大爆発!!!こんなに爽快な3楽章は初めてだ。そして一転して第4楽章は悲愴感漂う演奏で、最後は静かに閉じた。このフロール、超一流の指揮者である。大植のマーラーの9番を聴けなかった不満は少なからず解消した。


 次に、2月25日のオランダ・アーネムフィルとコバケン(小林研一郎)でチャイ5。この曲はコバケンの十八番中の十八番で、これまでにもCDや生で数々の名演を聴いてきたが、この日は素晴らしく感動的な演奏だった。この名門オケとコバケンの愛称はぴったりで、情熱的な演奏が第1楽章から繰り広げられる。クライマックスはやはり第4楽章。後半、最後の雄大に旋律が歌われる部分、コバケンは指揮を止めた。客席を向いて、どうぞ聴いて下さいのポーズ。異常なほどの感動が会場を包み込む。この曲って、こんなに感動的な曲だったんんだと初めて知った。そして最後、コバケンが再び指揮を始めて最後の追い込みを掛けて、曲を閉じた。最高のチャイ5だった。こうなると、曲が凄いのか、作曲家が凄いのか、指揮者が凄いのか、ホールが凄いのか、客が凄いのか分けが分からない。


 そして、3月17日に大フィルとコバケンでチャイ4。1楽章は悪くはなかったが、コバケンにしては何か抑えているというか、無難にまとめた感じ。第2楽章は冒頭のオーボエは最高だったが、後はやはりコバケンとしては普通。第3楽章も普通としかいいようがない。どうも今日はコバケンの調子がイマイチと思ってちょっとがっかりしていた。第4楽章。さすがにエンジンが少しかかってきて、熱演の様相になってきた。まあ、さすがに巧くまとめてきたなと思って聴いていたのだが、最後の追い込みで突然ギアチェンジした。大フィルがついに爆発した!!テンポが異様に速まっていく。最後は異常なアッチェランドとホールを揺るがす音の洪水で曲を閉じた。圧巻というか興奮して記憶が吹っ飛びそうになった。なるほど、これがやりたかったわけだ。しかし、これは大フィルならではかも。最後、おおくの弦楽器奏者の弦が切れていた。みんな何かに取り付かれたように熱狂的に最後は演奏していた。終わってみれば、やはりこの曲屈指の名演奏を聴いたのだと我に返る。

 初めてクラシックのコンサートに行く人は、いつ拍手をしたらいいのか戸惑うかもしれない。基本的に、曲が終わった後に拍手をする。注意されたいのは、交響曲など複数の楽章で構成される曲を演奏する場合、楽章ごとではなく、全ての楽章が終わってからまとめて拍手をする。


 ベルリオーズの幻想の4楽章やチャイコフスキーの悲愴の3楽章の後でたまに拍手が起こってしまう事が、どちらもまだ1楽章残っている。どちらもまるでフィナーレのように盛り上がるからだが、最後の曲が終わるまで拍手はガマン!


 最後の曲が終わっても、すぐに拍手をするのはマナーが悪い。幻想のように盛り上がって終わる曲ならいいが、悲愴は曲が終わってから指揮者が手を下ろすまでは絶対に拍手は厳禁。みんなで最後の余韻を味わおう!!


 とにかく、拍手は急ぐ必要がない。某アマオケで、チャイ5の4楽章の途中の休止で拍手が起きてしまい、せっかくの演奏が台無しになってしまった悲劇はもういらない・・。

 日本のオケは下手だから聴かないという人達がいる。勿体無い事である。確かに、ベルリン・フィルやウィーン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ管等の超一流のオケと比べたら、日本のオケは歯が立たないが、これらのオケは海外の一流オケでも全く太刀打ち出来ないわけで、海外のオケよりも日本のオケが下手とはいえない。


 日本のオケは、世界的に見ればトップクラスには入らないが、十分、並の実力は有している。少なくとも、曲がちゃんと演奏出来ないとかいうようなヘボではない。


 ただの先入観によるところが大きい。